第37話 思わぬ提案
「魔物肉の柔らかさな。いいぜ、よく聞けよ、兄ちゃん。まず、魔物肉の部位を選んだんだ。ホーンラビットなら、もも肉は筋肉がすごく発達していて、一番硬かったから避けた」
ユリウスの質問にファルトが答えている。昨日、今日でユーリと試行錯誤した内容だ。
ユリウスはうなずいた。
「確かに。ホーンラビットは角を突き出して突進してくるが、その突進力は脚力に支えられている。太ももは発達しているだろう」
「それで、肩ロースが一番硬さがマシだったから、使うことにした。それから、肩ロースをヨーグルトに漬け込んでおいた」
「ヨーグルトに? どうして?」
ファルトがユーリを見たので、答えることにする。
「ヨーグルトにはお肉を柔らかくする効果があるの」
肉は基本的に弱酸性。弱酸性は水分を逃がしやすい性質なので、さらに酸性かもしくは反対のアルカリ性に傾けてやると、保水力がアップして柔らかくなる。
「そういえば、昔、料理人にそんなレシピがあると聞いたことがある……」
ユリウスが考えながら言った。
「あら、ユピテル帝国にも同じようなレシピがあるのね。ヨーグルトの他にも、ワインでもいいと思うわ。他にはパイナップルとか」
「パイナップル。ユピテル帝国の首都に行ったときに見かけたよ。南国のフルーツだね」
と、ユリウスが言ったので、ユーリは意外さに目をまたたかせた。ユリウスは冒険者のはずだが、ずいぶん見識が広い。
案の定、ユリウス以外の人々は「パイナップル?」と不思議そうにしている。
「物知りなのね」
「ユーリほどじゃないさ。しかし、なるほど。ヨーグルトで下準備をして、これだけのスパイスを使ってカレーを作るのか。まさか魔物肉をおいしいと思う日が来るとは思わなかった」
「いいえ、まだまだよ。昼間も言ったけど、これは試作品なの。完成させるには、足りないものがある」
「これでまだ未完成なのか。足りないものとは?」
「黄色マンドラゴラ」
ユーリが言うと、ユリウスは目を見開いた。
「……! それで、採集の依頼を出そうとしていたんだね」
「ええ、そうなの」
ユーリはうなずいた。ユリウスは続ける。
「護衛を頼もうとしていたのは、どうしてだい?」
「私がこの目で、黄色マンドラゴラが生えているのを見てみたくて。私、魔物がいない国から来たのよ。だから本物の魔物を見たことがない。料理を作る以上、食材をちゃんと確かめたかった」
予算の問題で無理だけど……と、ユーリは呟いた。
ナナが言う。
「生えているところを見られなくても、新鮮なものを冒険者に採ってきてもらいましょう。それでじゅうぶんですよ」
「ん。そうね」
ユーリが残念そうにうなずいた、そのとき。
「いいや、諦めなくていい。ユーリの料理にかける情熱はしかと受け取ったよ。護衛代金は僕が肩代わりしよう。だから、一緒に魔の森まで行って黄色マンドラゴラを採ってこようじゃないか」
ユリウスが言った。ユーリは戸惑う。
「え? でも、護衛代金はかなりの高額よね。それにユリウス一人じゃ危ないでしょう。他の護衛の代金を払う余裕は、私にはないの」
「もちろん仲間を集めるけど、お金は心配しなくていい。彼らの分まで僕が持とう。僕はけっこうお金持ちなんだ」
カレーの皿を抱えてウィンク一つ。
ユーリは驚くやら呆れるやらで声が出ない。
そんな彼女に、ユリウスはいたずらっぽい笑みを向けた。
「その代わり、一つだけ条件を出させてくれ。――カレーが完成したら、一番に僕にごちそうすること」
「それは、もちろんだけど。そんなことでいいの?」
「いいとも。正直、僕は感動したよ。マズくて捨てるばかりだった魔物肉が、ちゃんとした料理になるなんて。カレーは冒険者たちの助けになる。硬い干し肉よりも、味気ない麦粥よりも、その場で狩れる魔物肉をカレーにして食べるほうがずっといい。おいしい料理は体力と気力を回復させてくれる。そうだろう?」
ユリウスが周りを見渡すと、冒険者たちが「そうだ、そうだ」と声を上げた。
「ほらね。みんな、ユーリとカレーに期待しているんだ。他ならぬきみが魔の森に行きたいと言うのなら、可能な限り協力するよ」
「……分かった。ありがとう。その代わり私も頑張るわ。携帯用のカレールウを作って、遠征先でもおいしく食べられるようにするから」
ユーリの言葉に、周囲はわっと沸き立った。ユリウスが笑顔で言う。
「よし、契約成立だ! 僕は三日後以降なら、いつでもいいよ。どうする?」
「私も仕事を調整するのに、三日程度かしら。片付けられるものは片付けて……そうだ、アウレリウス様にこの件を報告しないと」
「え」
するとユリウスは急に渋い顔になった。
「アウレリウスと知り合いなのかい……?」
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