第36話 カレー試食会2回目
カレーに使う魔物肉は昨日と同じ、ホーンラビットの赤身肉だった。
昨日の味を踏まえてよりおいしく食べられるように、スパイスの種類や量を調整した。肉は血抜きをしっかりやって、その他の下処理も施した。
ユーリとしては、ターメリックのない現状ではそれなりの自信作である。
やがて鍋からスパイスの豊かな香りが漂ってくれば、周囲の人々は自然、鍋の周りに集まった。中にはしっかり自分用の皿を用意している者もいる。パンを持参している者までいた。
「よーし、出来上がりです! さあみなさん、並んで、並んで」
最後に味見をしたユーリが声を上げると、みなが並んだ。皿に盛ってもらい、口をつけている。
「おっ! 昨日より味がよくなってるな」
「これなら肉もだいぶいい感じだ」
人々の感想もなかなかの好感触である。
「おいしい、おいしい。パンにカレーをつけて食べると、とってもおいしい」
パンを持ってきていた女性が笑顔で食べている。周りから羨ましそうに見られて、「あげないから!」と言っていた。
ユーリがうなずく。
「やっぱりカレーには炭水化物が正義よね。私の故郷ではライスだったけど」
「ライス?」
ファルトが不思議そうにしている。
「お米という穀物で、小麦より粒が大きいの。カレーに混ぜて食べるととても合うのよ」
ユーリは久しく食べていない炊きたての白米を思い浮かべた。
カレーを作るとやはり、お米が恋しくなる。
「大きめの粒の小麦なら、スペルド小麦はどうでしょう。麦粥によく使われる種類です」
ナナがカレー皿とスプーンを持ちながら言った。ユーリは笑顔になる。
「そういう小麦があるのね!」
「はい。粒が大きすぎて小麦粉にするには向いていないですが、麦粥だとぷちぷちとした食感でおいしいですよ」
「それじゃあ、カレーに合うパンを探すのと一緒に、スペルド小麦を使ってみましょうか」
粒が大きい小麦で粥にできるくらいであれば、炊くのもいいだろう。
カレーに合うパンといえばナンだが、ナンであれば作るのも難しくない。カムロドゥヌムの町にはパン職人も複数いるので、彼らに相談してもいい。
「はーい!」
「楽しみです」
そんな話をしながらも、ユーリは試食の皿をどんどん盛っていった。ちゃっかり二杯目を食べようとした人は、ファルトとナナで追い払った。
「大盛況だね、ユーリ。こんなことなら僕ももっと早くから並べばよかった」
聞き覚えのある声にユーリが目を上げると、ユリウスが皿を持って立っていた。
彼の皿にカレーを盛ってやる。とろりとしたカレーが皿に広がる。
「はい、どうぞ」
「これがカレーか。変わった香りだね」
ユリウスはユーリの横に移動してカレーを食べ始めた。
「おぉ? 複雑な味がするね。けれどそれぞれの味がきちんとまとまっていて、一つの力強いハーモニーを奏でている。まるでスパイスの楽団だ。となると、ユーリは指揮者かな。可愛らしい指揮者だね」
(食レポまでキザったらしい言い方をしているわ)
ユーリは内心でちょっと呆れた。
「そして、これが魔物の肉か」
ユリウスがスプーンに肉片を乗せたので、ユーリは答えた。
「ええ。ホーンラビットの肉よ。部位はロース」
「ロース?」
「肩の部分ね」
「へえ、ユーリは何でも詳しいね。……さて、いただきます」
ユリウスは一瞬だけ間をおいた後、ぱくりと魔物肉を口に入れた。
ファルトやナナがそれとなく見守る中、ユリウスはしばし咀嚼して――カッと目を見開いた。
「こ、これは……! これがあの、硬くて臭いホーンラビットの肉!? スパイスの香りが臭みを消して、しっかりとカレーと調和している。それに硬さも改善されている。多少の噛みごたえはあるが、じゅうぶんに噛み千切れる程度のものだ。むしろ弾力が楽しい。繊維がぷりぷりとして、カレーを絡めて飲み込めばお腹まで温まる! ああ、おいしい!」
「すごい褒められた」
ユリウスの流れるような褒め言葉に、ファルトは喜ぶというよりも戸惑っている。
ユリウスはしっかりと味わいながらカレーを食べて、最後の一口を飲み込んでから言った。生真面目な顔である。
「ユーリ、それにそこの少年。この肉がこんなに美味しくなったのは、スパイスだけではないだろう。秘密を教えてくれないか?」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価で応援してもらえるととても嬉しいです!評価は画面下の広告下☆マークです。既に下さっている方は本当にありがとうございます。