第35話 ユリウス
銀の髪の彼を見て、ティララが声を上げた。
「ユリウス! 戻ってたのね」
「やあ、ティララ。相変わらず美しい。きみの旦那さんは幸せものだ、美人で働き者のきみを妻にしたのだから」
ユリウスと呼ばれた青年は爽やかな笑みを浮かべた。
キザったらしいセリフを滑らかに吐いて、あまり嫌味になっていない。この手のセリフに不慣れなユーリは、素直に感心してしまった。
(ああいう言葉、よくさらっと言えるものだわ)
「それで、こちらのお嬢さんが護衛を希望している、と」
ユリウスはユーリに向き直った。正面から見ると端正な顔立ちをした青年だった。年の頃は二十代半ばくらいだろうか。革の軽鎧と手甲、ブーツといった装いだ。
瞳の色も髪の色も違うが、ユーリはどこかアウレリウスを思い起こした。体格や雰囲気が何となく似ていると思ったのだ。
ユーリが『お嬢さん』を修正すべきか迷っていると、ユリウスは書きかけの依頼票をひょいと取り上げた。
「なになに。黄色マンドラゴラの採集か。いいと思うよ、黄色マンドラゴラがよく生えている場所は、魔の森の中でも危険が少ない。僕とあと二、三人の護衛がいれば、特に問題なくこなせるだろう」
「それは、ありがたいです。でも……」
ユーリはティララを見た。腕の良い冒険者の護衛料金は、いかほどだろうか。
冒険者ギルドのお給料は、可もなく不可もなくといった額だ。あまり高額であれば支払えない。
ユリウスが笑顔で答えた。
「料金の心配かな? 僕であれば、一日につき銀貨六枚。もう一ランク下の冒険者なら、一日四枚だね」
「うっ……」
採集するためには少なくとも数日が必要だろう。ユリウスとパーティメンバー三人で一日十八枚の銀貨。
銀貨一枚は、日本円に換算してざっくり一万円~二万円程度。銀貨十八枚は二十万円から三十万円の感覚になる。それを何日分ともなれば、完全に予算オーバーだった。
ユーリはそっと頭を下げる。
「ごめんなさい、予算が足りないです」
「ん、そっか。じゃあ仕方ないね。普通の採集依頼ならもっと安いから、そちらを頼むといい」
ユリウスがそう言ったとき、冒険者ギルドの扉が開いてファルトが入ってきた。
ファルトはきょろきょろと部屋を見渡して、ユーリを見つけると駆け寄ってくる。
「ユーリ、ここにいたのか。今日はカレー作りやらないの?」
「やるよ。もう少し後から始めて、夕方に終わるようにしましょう」
ユーリが答えていると、横からユリウスが口を出した。
「カレーとは何だい? 聞いたことがないけど」
「魔物の肉をおいしく食べる料理だぜ! スパイスをいっぱいいれて煮込むんだ」
ファルトが得意そうに答える。ユリウスは目を丸くした。
「あの臭くて食べられたものじゃない魔物の肉を? おいしく? 嘘だろう」
「嘘じゃないよ。嘘だと思うなら、ユーリのカレーを食べてみればいい」
「こら、ファルト。勝手に決めないで」
ユーリが注意するが、ユリウスは首を振った。
「いいんだ。僕もそのカレーとやら、興味が出てきたよ。味見させてもらうのは、できるかな?」
「構わないけど、まだ試作ですよ。そんなに期待しないでくださいね」
「うん、それでもいいよ」
「じゃあ、夕方に冒険者ギルドの倉庫の方へ来てください。そこで作っていますので」
「了解! ……あ、そうそう、お嬢さん。そんなに固い口調で喋らなくていいからね。僕のことは気軽にユリウスと呼んでくれ。可愛らしいお嬢さんは、自然体のほうが似合う」
「はあ」
ユリウスは勘違いしているが、ユーリのほうがおそらく年上である。しかしユーリは自分から実年齢を言って歩くのも何だと思ったので、黙っておいた。隣ではティララが笑いをかみ殺している。
「それじゃあ、また後で来るよ」
ユリウスはそう言って、さっそうとした足取りで冒険者ギルドを出ていった。
夕方、ユーリとファルトは昨日と同じように七輪を出して、カレーの鍋を煮込んでいた。ナナも手伝いに来てくれている。
周囲にはけっこうな人数の人々が集まっている。カレーの噂と香りに引かれてやってきた人々だ。冒険者ギルドの職員の他に、冒険者たちや行商人などもいる。
「思ったよりたくさん、人が来ているわね。カレー、足りるかしら」
ユーリが困ったように首をかしげると、ファルトが言った。
「昨日より多めに作ったから、だいじょうぶだろ。ていうか、こいつらに全部タダで食べさせてやる気? もったいない」
「いいのよ。こうしてカレーを評判にしてもらえば、完成して売り出すときに必ず役に立つから。試作品が完成に近づいたら、もっと人を集めてもいいくらいね」
口コミを期待してのことである。テレビもネットもない世界なので、情報といえば口コミ一択なのだ。
風変わりで初めて食べる料理、しかもマズイと定評のある魔物肉の料理だ。事前に良い風評を流しておかないと、いざ売る段階になっても人が集まらないだろう。
試食に使うスパイスくらいなら、ユーリのお給料でまかなえる。魔物肉はもともとタダ、ニンジンや玉ねぎも厨房から出たクズ野菜だから、広告費用と思えば安いものである。
ユーリの手元を見ていた見物人が言う。
「そんなにたくさんスパイスを混ぜるのか。味がごちゃごちゃにならないか?」
「いっぱい混ぜるから豊かな味になるんですよ」
「それが魔物の肉かい。見た目は案外普通だな」
「工夫次第で味も普通に、いえ、普通よりおいしくなりますからね」
「ふうん。本当かねえ」
「もちろんですとも。料理や下ごしらえ以外でも、お肉の味は、トドメの刺し方やその直後の処理でも変わってくるはず。血抜きの方法もいろいろあるしね。もし魔物肉の販売が軌道に乗ったら、納品する冒険者にその辺りの指導をした方がいいわね」
など、ユーリとファルトは周囲の人々と話をしながら料理を進めた。