第34話 採集と護衛
ナナが声を上げたので、みんなが彼女を見た。
おとなしい彼女は普段であれば、大勢の視線を受けると恥ずかしそうにうつむいてしまう。けれど今日は注目を集めていると気づいていないようで、さらに続けた。
「ユーリさん、気軽に魔物が見たいなんて言ってはいけません! 北の魔の森では、武器や魔法の扱いに慣れた冒険者たちだって、少しの油断や不運が大事故につながるんです。ましてやあたしたちみたいな、力のない女性が行くだなんて!」
そこまで言って、ナナはようやくみんなが自分を見ていると気づいた。とたんに顔が真っ赤になる。
「と、とにかく! 黄色マンドラゴラは、冒険者に依頼を出して採集してきてもらいましょう。あたし、ユーリさんが心配なんです。危険なことはだめですからっ」
「……そうね。ナナの言うとおりだわ」
目を床に向けてユーリは言った。生きた魔物を見たい気持ちは強いが、危険と引き換えにはできない。
場の空気が微妙になってしまった。どうしたものかとユーリが考えていると、事務所のドアが開いてティララがやってきた。
「あら、みんな。ここにいたのね。そろそろ夕食だから、集まって」
「はい」
ティララも妙な空気には気づいたようだが、あえて見ぬふりをしてくれた。
みなで事務所を出る。外はすっかり夕暮れ時になっていた。
「じゃあ俺は帰るよ。魔物肉が売れるかもって思うと、すごくわくわくする。続きが楽しみだ」
ファルトが言う。ユーリは聞いてみた。
「ファルトはどこに住んでるの?」
「町外れの格安宿……の、馬小屋。掃除とか雑用をする代わりに、宿代と飯代をまけてもらってる」
「馬小屋」
ユーリは首を振った。ファルトはまだ幼い少年なのに、そんな環境で寝泊まりしているとは。
「それなら、ギルド宿舎に……」
言いかけたユーリの肩を、コッタが押さえた。
「よせ。ギルド職員でもないそいつを泊めてやるわけにはいかん。ファルトみたいなガキは、この町に大勢いるからな」
「ガキじゃないっての。もう十二歳だ。だから平気さ」
胸を張るファルトに、ユーリは言葉を飲み込んだ。
「分かった。何とかして魔物肉を売る算段、つけましょうね。それじゃあまた明日」
「はいよ! ユーリ姐さん、今日はありがとな!」
ファルトは七輪を荷車に乗せて、ガラガラと引いていった。
ユーリはその後姿を見送りながら、改めて思った。
――魔物肉、ちゃんと売れるようにカレーをもっと工夫しよう。
それは一つの決意である。
――そして、この町の人たち、ううん、ブリタニカ属州の人々がお腹いっぱいに食べられるようにしよう。今まで捨てられていた魔物肉を有効利用できれば、きっとうまくいくはず。ファルトの商売を応援して、暮らしていけるようにしよう。貧しくてその日の生活に困る人が一人でも減るように、新しい仕事を作っていくの……!
ユーリは胸に小さな炎が灯る。
なし崩し的に始まったカレー作りが、はっきりとした方向性を持った瞬間だった。
翌日、担当の仕事を手早く終わらせたユーリは、ティララに相談しに行った。
冒険者ギルドの受付は、いつも通りにぎわっている。ティララの手があいたときを見計らい、ユーリは話しかけた。
「……というわけで、冒険者に採集依頼を出したいんだ」
ユーリの説明にティララはうなずいた。
「なるほどね。そういうことであれば、個人枠で依頼を出すといいわよ」
「了解。手数料も正規のものを払うから」
「そこまでしなくていいんじゃない?」
「いいえ。悪い前例を作るわけにはいかないもの。ギルド職員であっても、依頼を出すときは正規ルートで」
「はいはい。真面目よねえ。でも、そこがユーリのいいところよね」
ティララはちょっと苦笑しながら、小さな紙切れを取り出した。あまり質の良くないパピルス紙である。
「じゃあこれに欲しい素材と、量と、期限を書いて」
「うん。……ところで、私も北の森に行くのは無理かしら。冒険者についていく形で」
ダメ元の気持ちで、ユーリは言ってみた。
「また無茶を言いだしたわね……」
ティララが苦笑の表情をはっきりと苦いものにした。
「やめておきなさい。北の魔の森は、浅いところでも思わぬ危険があるから。ユーリは戦うのはできないんでしょ?」
「うん、剣も魔法もからっきし。ナナにも同じことを言われたわ」
「当たり前よ。素人を護衛しながら採集だなんて、よほど腕のいい冒険者じゃなければ無理だもの」
「そっか……」
ユーリはがっかりした。図鑑でしか見ていない魔物たちと、ターメリックによく似ている黄色マンドラゴラの生きている姿を実際に見たい気持ちは強い。けれどこんなに周囲に心配をかけてまで、押し通すものではないだろう。
ため息を一つついて、大人しく紙に必要事項を書き始める。
と。
「護衛と採集だって? そういう難易度の高いクエストを、しっかりこなせる冒険者。ここにいるけれど?」
すぐ横で若い男性の声がした。いつの間に近づいていたのだろう、ユーリは全く気づかなかった。
ユーリの横で紙をのぞき込むようにして、一人の男性が微笑んでいる。銀の髪にムーンストーンのような瞳をした、涼やかな顔立ちの人だった。