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第13話 夜


 夕方、ティララは親切に宿舎を案内してくれた。


「ユーリの部屋はここ。本当は二人部屋なんだけど、今は相部屋になる人がいないから、ユーリだけの部屋になるわ。寂しかったらごめんね」


「ううん、平気よ。いろいろありがとう」


「どういたしまして」


 部屋に荷物を置く。荷物と言っても多少の着替えと、アウレリウスからもらった当面の生活資金くらいのものだ。

 部屋は狭くて、二台の寝台を置くともうほとんどスペースがない。

 寝台には羊毛のマットが敷かれていた。羊毛はよく干されていて、お日様の匂いがした。

 疲労続きの中で数少ない癒やしを見つけて、ユーリは微笑んだ。

 食事もティララが案内してくれた。基本、朝昼晩と宿舎の食堂で食べる。メニューは日本と比べると、ごく簡素なものだった。パンが一切れとチーズが少々、かぼちゃのサラダ。それにドリンク代わりのワインである。

 ユーリは思う。


(異世界召喚された日の夜のごはんは、かなり贅沢だったんだなあ)


 皇帝の息子セウェルスと共に食べた食事を思い出す。あのときは肉も海の幸もたっぷりだった。

 ワインも日本のものと遜色ないほどの味と香りだったが、ここのは妙に酸っぱい。


「今日はユーリ様の就職記念で、鶏肉団子のスープを用意しました」


 料理係の中年女性が言うと、周囲の職員たちが「おおーっ!」と歓声を上げた。

 ティララが言う。


「お肉はめったに食べられないから。取り合いになっちゃうわ。……こら、みんな! ユーリの記念なんだから、まずは彼女によそってあげて!」


「はいはい」


「俺の分も残しておいてくれよ」


 などなど、みなの羨望の眼差しを受けながらスープを皿に盛ってもらう。

 スープは塩の他にクミンが効いていて、辛味のある味だった。

 食事はにぎやかに進んで、ユーリは職員たちの自己紹介を聞いた。

 食事が終わってみなが散っていくと、辺りは急に静かになった。

 ユピテル帝国の夜は、基本的に早い。明かりは頼りないロウソクやランプで、ロウも油もタダではないからだ。

 その代わりにみな夜明けとともに起き出して、働き始める。


「それじゃ、おやすみ。また明日ね、ユーリ」


「うん、おやすみ」


 ティララと別れて自室へ行く。

 真っ暗な部屋にロウソクを灯すと、いかにも心もとない明かりが揺れた。安物の獣脂のロウソクであるようで、獣臭い臭いが漂ってくる。


「……はぁ。明日からどうしたらいいのかなあ……」


 寝台に腰掛けて、ユーリは独りごちた。

 仕事をするのは彼女の意志だった。けれどまさか、こんな状況に飛び込む羽目になるなんて。

 あまりにずさんな倉庫。質素な食事。……夜がとても暗いこと。日本とは何もかも違う。

 これまで北へ移動していたときは、旅のさなかだということもあり、あまり違和感に気づかなかった。

 それがこうして腰を落ち着けてみると、故郷との違いが浮き彫りになる。

 ティララやコッタは親切にしてくれた。でも、ギルド長のガルスは仕事を丸投げしてきて、同僚のナナは何を考えているのか分からない。


「…………」


 ユーリの心に、じわじわと寂しさと不安が忍び込んでくる。本当に異世界に来てしまって、もう帰れないのだと実感がこみ上げる。


(でも)


 暗い影を振り払うように、ユーリは思う。


(大変な仕事だけど、やりがいがあるとも言えるわ。それにどうしても困ったら、アウレリウスさんに相談してみよう。あの人、たぶん倉庫のことを承知の上で私を送り込んだのよね)


 それはユーリの能力を信頼したのか、それとも単なる厄介払いか。


(いいわ。やってやろうじゃない。しっかりすっきり倉庫整理をして、みんなをあっと驚かせてやる)


 枕を抱きしめて横になる。

 悩みは尽きなかったが、体は疲れていた。なにせ長い旅をしてきたのだ。

 ユーリはすぐに眠りに落ちて、安らかな寝息を立て始めた。


 窓の外から落ちかかる星影が、彼女の髪に淡い陰影を描いていた。







+++


ここまでお読みくださりありがとうございます。


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