表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/114

第103話 終わりの始まり


 高度を下げた白竜の背から、アウレリウスが跳んだ。

 空中に作った風の土台を足場にして、魔王竜に肉薄する。

 黒の触手を魔法で跳ね除け、防いで、鎌首をもたげた頭部に着地。


(あそこか)


 ユリウスが一撃を加えた場所、ウロコを弾き飛ばした首の一点を見つけた。

 確かにそこは、頚椎の繋ぎ目。刃を入れるには最適の場所だ。

 アウレリウスはその場所に、氷の楔を打ち込んだ。氷は彼が最も得意とする属性。かつて魔王竜の翼を撃ち抜いた魔法も、氷だった。


 小さな痛みに魔王竜が身動きした。

 アウレリウスは魔王竜の首に魔力の道を通す。氷の楔を起点として、骨の隙間を通して。

 魔法の攻撃ではなく、魔力そのものの貫通である。

 黒竜の体内魔力とぶつかって、ねじれそうになるのを抑え込み、ただまっすぐに。無銘の一太刀を導く光となるように。

 今や彼の魔力は一本の糸のようにぴんと張られている。


 同時にユリウスも白竜の背を蹴った。

 両手に握った無銘が、金と銀との光に包まれる。

 目指すは魔物の首筋。一度は刃が弾かれた場所。今は楔が打ち込まれた場所。


 渾身の力に落下の速度を加えて、ユリウスは一点だけを見ている。まるで吸い寄せられるように。

 彼の目にははっきりと、金と紫の魔力が視える。ひとすじの光となって、魔王竜の首を断てと呼んでいる。

 だから彼は呼ばれるままに刃を振るった。

 全身全霊の攻撃。迷いは微塵もなかった。

 銀の魔力に包まれて、まばゆく輝く彗星のような一撃だった。


 無銘の刃がウロコを砕き、肉に食い込む。骨の繋ぎ目を斬り飛ばす。

 気管を食道を断ち切り、まっすぐに。

 一筋の閃光めいて、首筋に光が走る。


 魔王竜は叫ばなかった。気管と声帯が断ち切られたせいで、声が出なかったのだ。

 ズズ、と鈍い音がする。

 断面がゆっくりとずれてゆく。

 やがて半ば以上のずれになって――頭が落ちた。地響きが起きるほどの重量感だった。


 頭部を失った巨躯(きょく)が崩れ落ちる。

 首の断面からどす黒い血があふれ出て、雪の地面を黒く染めた。


 魔王竜はそれきり動かなかった。







「やった、のか……?」


 地上、雪の積もる地面に膝をついて、アウレリウスが呟いた。

 目の前には、頭をなくした魔王竜の巨体。首からはとめどめもなく黒い血が流れ出ている。

 アウレリウスは従弟を探す。

 ユリウスは黒い血を浴びながら、抜き身の無銘を支えにしてかろうじて立っていた。

 銀の髪は黒く染まり、ムーンストーンの瞳は虚ろ。すべての力を出し切って半ば意識を失っていた。


「ユリウス。しっかりしろ」


 アウレリウスが肩を支えれば、彼はようやく目を上げた。


「終わった、かな……」


「ああ、終わった。お前が終わらせたんだ」


「いいや、僕らが、だよ」


 微かな笑みがユリウスの顔に浮かぶ。大きな怪我もなく、生気が徐々に戻ってきている。

 アウレリウスは安堵の息を吐いた。


 白竜がユーリたちを乗せて、すぐ近くに舞い降りた。

 ロビンとヴィーが飛び降りて、ユリウスを支えた。

 ユーリも降りてアウレリウスに駆け寄る。


「勝ったのね。二人とも無事で良かった……」


「ああ、ついに悲願を果たせたよ。これでようやく、父と伯父も安らかに眠れるだろう――」


 アウレリウスは軽く目を閉じ、すぐに開いた。

 ユーリは彼を見上げて驚いた。

 その紫の瞳は勝利の高揚ではなく、警戒と不審に染まっていたのだ。


「どうしたの?」


「何かがおかしい。魔王竜は死んだはずなのに」


 アウレリウスは魔王竜の死体を見る。しばらく視線を巡らせて、やがて一点で止めた。心臓の近くだった。

 みなが身を強張らせて注視する中、異変は起きた。

 魔王竜の死体がまるで腐敗するかのように崩れ始めたのだ。

 流れる血は相変わらず地を染め続けているのに、肉だけがぐずぐずと溶けていく。


 心臓の部分が盛り上がった。菌糸類の萌芽を思わせるふくらみだった。

 ごぽり。腐肉の弾ける音がして、崩れた肉の中から何かが現れる。


 最初に目についたのは、漆黒。魔王竜のウロコよりもなお黒いそれ。

 それが人の髪の毛だと気づいたのは、ユーリが最初だった。

 次いで人の頭部が、身体があらわになる。


 長い髪。細い体。不思議な光沢を放つ真珠色の肌。身にまとうのは、不自然に白いワンピース。

 胎児のように折りたたんだ体を、ゆっくりと伸ばしていく。


 崩れ行く魔物の肉の上に、一人の女性が立っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【アラサー女子の異世界就職記 ~雑学スキルで挑むお仕事改革!~】書籍第1巻、2025年7月11日発売!

書籍版は全体的に手直しして読みやすくなっています。さらに書き下ろしの短編付きです!


アラサー女子の異世界就職記

Amazonで購入
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 よっしゃ勝ったー!カレーで祝勝会じゃー!……としたかったのに、なんかまだ全然終わらせてくれない模様。やっぱりシロ=白い龍とも関係あるのかな、この謎ウーマン? それで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ