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襲撃

「エマ、あそこに丘が見えるだろう? あそこは私が子供の頃にピクニックに行ったところでね。ちょっと隠れてこちらからだと分からないだろうが、綺麗な小川が流れていて、景色も素晴らしいんだ」

「まあ素敵ですわね! 私もいつかご一緒させていただきたいですわ。こっ……」

「こっ……?」

「いえ、こっ、こーんな素敵な風景ばかりですと、目移りしてしまいそうだなあって」

「ああ、確かにね。エマに案内したいところは沢山あるんだよ」

 ──危ない危ない。子供が産まれたら皆で一緒にとか言いそうになってたわ。

 そもそも子作りすら出来ていないのに私ったら。

 揺られる馬車の中で一人反省をする。


 現在は夕方近く、オレンジ色の空を見ていると平穏な日常そのものである。

 だが子作りはいったん置いといて、もうそろそろ王宮でも一緒のベッドで眠るようにしてはどうか、と今夜あたりルークに提案するつもりだった。

 一日一日と過ごしていくうちに、彼に対して以前ほど緊張で言葉もまともに出ない、なんてこともなくなったし、趣味とダイエットも兼ねてベティーが手配してくれた畑でせっせと農作業にも精を出しているので、ストレスも大分発散出来ているためか体調もすこぶる良い。

 今は農作業の疲れで夜ベッドに横たわると即座に眠りについてしまうぐらいなので、ルークに対して緊張したり細かく神経使うほどの体力が残っていないのも事実。

 彼の存在に慣れる、という意味ではベストタイミングなのではないかと思っている。

 今だって後ろからトッドやベティーたちが乗った馬車は離れてついて来ているけれど、この馬車の中には私とルークだけ。

 向かい合っていると顔が近すぎて若干視線を逸らすことはあるけれど、口ごもることもなく会話は出来ているじゃないの。

 国王陛下夫妻や大臣たちはまだオープンまでに必要な打ち合わせがあるとかで先に戻られたが、陛下も王妃も私の立ち居振る舞いを褒めていたとルークから聞き、天にも昇るような高揚感である。

(嫁いでからしばらくは神経が休まらない毎日で、別の意味でクタクタになっていたけれど、王宮内も歩き回って大分把握出来たから、そうそう転んだりする危険もなくなったし。それに畑仕事で体力使うからって、ベティーがお昼にたまに気遣ってお菓子を出してくれたりするので、私のスイーツ食べたい願望も少しは満たせてるもの。隠し事するのって気苦労も多いけど、頑張って来てよかったわ)

 気合と根性はウェブスター家譲りだ。

 これからも私は油断せずにルークに相応しい妻でいる努力は惜しまないわ。

 そう強く決意を固めていると、ルークが窓の外を見て、

「んん?」

 と首を捻った。

「ルーク様、どうされました?」

「いや、道路が閉鎖されているみたいだな……」

 ゆっくりと馬車が速度を落として止まる。

 私も一緒に外を眺めると、確かに材木を組み合わせ、屋根のような形をしたものが道の真ん中にいくつも置いてある。

 御者が馬車を降り、近くに立っていた麦わら帽子を被った農夫と少し話をすると、こちらに戻ってきた。

「失礼します、ルーク様」

「どうした?」

「申し訳ありませんが、この先で荷馬車が岩に車輪を取られて横転したそうで、道に散らばった商品を集めたりケガをした商人の手当をしているそうで、しばらくは通れないだろうとのことでございます。少々道は荒れておりますし回り道で恐縮ですが、森の中を通り抜けてよろしいでしょうか?」

「仕方ないね。エマだって疲れただろうし、夕食前に汗でも流してサッパリする時間も欲しいだろう?」

「お気遣いありがとうございます。ルーク様もひと休みされたいでしょうし。多少でこぼこ道でも早く戻れた方がよろしいですわよね?」

「エマといる時間も癒しの時間だけどね。分かった、後ろの馬車にもそう伝えてもらえるかい?」

「かしこまりました」

 足早に少し離れた位置で停車している馬車へ向かう御者をさり気なく眺めながら、

(……相変わらずいきなり殺し文句を投げ込む方なんだから)

 と私はドキドキした心臓を宥めていた。


 だが、実は道路の閉鎖は突発的なものではなく、計画的なものであった。

 森の中の道を抜けていく最中に、私たちの馬車は反体制派組織の襲撃にあったのだ。

「ラングフォード王国が独占している鉱山を国民に解放しろ!」

「貧富の格差をこれ以上広げるな!」

「王族が私腹を肥やすだけの国など滅びてしまえっ!」

 私が馬車の外から叫ぶ怒声に、ただただ体を震わせていた。

 トッドたち騎士団の人間も馬車から飛び降り応戦しているようで、時折剣がぶつかるような音が響いている。ベティーは大丈夫だろうか? 他のみんなは?

 そう思っていても体が思うように動かない。私は護衛はベティーに任せきりで、剣術などもちろんやったことがないし、せいぜい畑で使うクワかスコップぐらいしか握ったこともないのだ。

 こんな時に、私は本当に何の役にも立てないんだわ。

「エマ、落ち着いて。決して馬車から出てはいけないよ。私が出たらすぐ扉を閉めるんだ。この馬車は丈夫だから、ちょっとやそっとの攻撃では壊れないから安心しておくれ」

 ルークは私の肩を抱き小声で囁くと、馬車の中に置いてあった剣をつかみ表へ出ようとする。

「ルーク様! 危ないですわ!」

「トッドたちも危ない目に遭っている。それに私だってだてに鍛えているわけじゃないからね。腕の立つ味方が一人増えるだけで戦況は変わるもんだよ。大丈夫だから」

 素早く扉を開くと彼は馬車から飛び降り走って行った。

 震える手で扉の鍵を閉めた私は、どうしようどうしよう、と溢れる涙を拭うのも忘れてただ膝を抱えていた。

 分かっている。私は卑怯者だ。

 いくら何も出来ないからって、じっと隠れているなんて。本当に最低だ。

 ただそう考えつつも、役立たずの私が出て行ってもし逆に人質にされてしまったら、戦っているルークたちが自由に動けなくであろうことも想像できる。こればかりは気合や根性でどうなるものでもない。私は単なる足手まといな存在なのである。

「ルーク様……ベティー……トッドたちみんな無事でいて……」

 私にできるのはただ祈ることだけだった。





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