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お忍び【5・終】

──町から戻った後、私は執務室で変装を解いて普段の格好に着替えると、終始うつむいたままトッドから話を聞いていた。

「……私は何度も申し上げたはずですよね? バレたら困るのはルーク様だと」

「すまなかった」

「カフェでエマ様たちの話は全然聞こえない体でいて下さいね、とあれだけ忠告したにも関わらず、耳をすませて聞いていた会話に勝手に興奮して、急に立ち上がろうとするわ発言なさろうとするわ……エマ様とレイチェル様には何とかごまかせたからいいようなものですが、ベティーには気づかれましたし」

「──え?」

「え? じゃありませんよ。私が馬車に乗り込む前にベティーに呼ばれたのご存じじゃありませんか。肝が冷えたとはあのことですよ! 『わたくしに何の事前報告もなしに無茶なことをしないで下さい。エマ様は疑うことを知らない方なので良かったですが、もしご自身の感情がルーク様に駄々洩れになっていたことを知られたら、エマ様の羞恥心が爆発して大変なことになりますし、対処する羽目になるのはわたくしなのですよ』と散々怒られました」

 トッドが深いため息を吐いた。

「……事前報告があれば協力もあると言うことだろうか?」

「今重要なのはそこじゃありません」

「申し訳ない。……だが、私のためにマグカップを、それもペアのマグカップを買ってくれたんだぞエマが! 嬉しくて感情が昂っても仕方ないじゃないか。毛布や枕も私のためだったし」

「そこは湧き上がる喜びに耐えて我慢するところでしょうが! 変装って意味、ちゃんと分かっておられますかルーク様?」

「──反省している」

「反省するだけならそこらの犬でも出来るんですよ。後から反省するようなことをしないでくれという話なのです。お分かりですか?」

 トッドの説教は至極もっともで反論の余地もない。

 だが、私に対してクールな部分をほとんど崩さないエマが、実は私を気遣い、並々ならぬ好意を抱いていると知れたことは、私の中では何よりも重要な事なのだ。

 現在の私の優先順位は一にエマ二もエマ、三、四もエマで五に仕事なのだから。

「だがなトッド……私にはどうしても分からないことがあるんだ」

「何ですか?」

「エマがあれだけ自分を卑下していることがだよ」

「……それは私も感じましたが」

「三歳程度は年上のうちにも入らないと思うし、むしろゴツい私よりもエマの方が年下に見えるだろう? それに色々と欠点があると言っていたが、エマは誰よりも美人に見えるし、肉付きこそ細すぎるとは思うが、一般的にはスタイル抜群と言われる体型だ。教養もあるしマナーも完璧だ。何より性格も可愛いし、声も可愛いし、仕草も何もかも全てが可愛いだろう?」

 トッドが少し引きつったような顔つきで私を見たが、私は無視して続ける。

「そんなエマが自分で欠点と言うのであれば、何か相手が嫌がると思うような……例えばだが見えない部分に目立つ火傷の痕が残っているとか、女性として知られたくない秘密を抱えていたりすることで引け目を感じて、私や他の人間の前では完璧な女性であろうとしている……つまりクールビューティーと呼ばれている自分を保とうとしているんじゃないかとも思うんだよ」

「それはあくまでも推測でしかありませんけどね」

「私は別に彼女が火傷があろうが気にしないし、人柄含めて全部が好きなんだ。だから態度が変わるなんてこともあり得ないんだが……エマに心から信頼してもらわないと打ち明けてはくれないんだろうな。自分から欠点なんて言いたくないだろうし。……これもまた時間がかかりそうだな」

 未だにトカゲの話も思い出せないガサツな私が、エマが隠し事を打ち明けてくれるまで信頼してもらうのはどれだけ掛かるのだろうか、と思うと目の前が暗くなり、立っているのがしんどくなったのでソファーにゴロンと横になった。

 その時控えめに執務室の扉がノックされ、声が掛けられた。

「ルーク様、ベティーでございます。エマ様が本日のお礼とご挨拶をとのことですが、今お時間の方はよろしいでしょうか?」

 私は慌てて執務机の椅子に戻ると、

「ああどうぞ」

 と声を上げた。

「失礼いたします」

 扉が開いてエマと荷物を抱えたベティーが入って来た。

「ルーク様、本日は外出を許可して頂いてありがとうございました。良い気分転換が出来て楽しかったですわ」

 淑女の礼を取ったエマはいつものようにすました顔だった。

「それは良かったね」

「それで……余計な気遣いかと思ったのですが、執務室でお休みになられるにはまだ冷え込む日もありますし、毛布と小さな枕を買って来ましたの。不要な時にはしまっておける小さな毛布袋もあるので、使って頂ければと思いまして……」

「やあそれはありがたいな! 助かるよエマ。喜んで使わせてもらう」

 ベティーから袋を受け取る。開けると私の好みの無地の濃紺の毛布と同じ色合いのコンパクトな枕が出て来た。

「まるで私の好みが分かるみたいだね。こういうシンプルな方が落ち着くんだ。ありがとう」

「レイチェルから教えて頂きましたの。気に入って下さって何よりですわ」

 ホッとしたようなエマが、自分の持っている小さな袋を持ったままもじもじしているので、私から声を掛ける。

「ところでそっちの袋は何だい?」

 わざとらしく聞こえないかと心配だったが、きっかけが出来たという感じでエマが話を続けた。

「こちらは、マグカップなんですの。少し可愛いデザインなのでお気に召して頂けるか分からないのですが、執務室で飲み物なども飲む時に大きいサイズの方が淹れる手間も減るかと」

 そっと差し出して来た袋を受け取り早速開ける。分かってはいたが黒猫のマグカップだ。

「猫は大好きだよ。……へえ、まるでエマみたいだね黒猫で瞳が青いなんて。とても可愛いじゃないか。大切にするよ」

 一瞬エマが固まったように思えたが、ありがとうございます、と頭を下げた。

 褒められた行動ではなかったが、今回の事でようやく彼女の気持ちが分かったのはありがたかった。

 これは気づいてくれたのが嬉しいのと、だが自分をイメージさせるものを渡してしまうのは果たしてマナー的に良かったのだろうかと考えているのではないかと予測出来る。

 そんなエマが可愛くて仕方がないが、私は彼女の本心は知らないことになっている。

 もどかしい気持ちはあるが、幼馴染み以上の好意を持たれていると分かっただけで心の平穏になったことは間違いない。

「仕事中にお邪魔して申し訳ございませんでした。それでは私どもはこれで──」

 頭を再び下げたエマが執務室を後にしようとして、「あ」と振り返る。

「トッド、マークはあれから大丈夫だったの? とても具合が悪そうだったけれど」

 いきなり話を振られたトッドは、恐らく動揺しただろうがだてに騎士団を率いている男ではない。

「ご心配下さりありがとうございます。戻ってからはすっかり元気になりまして」

 まあ具合が悪かったのは、マーク(私)を早急に止めるためトッドに脇腹を打たれたせいだが。

 あれでも手加減はしたし、タオルを巻いているので三割減だったはずだと言われた。自業自得ではあるが、油断していたとはいえ私はまだまだ鍛え方が足りないようだ。

「それは良かったわ。私のワガママで緊張させてしまってごめんなさいねと伝えて下さる?」

「はい。ですが、緊張感を持つのも騎士団の仕事のうちですからお気になさらずに」

「ありがとう」

 エマたちが出て行き、少し経ってから私はベルを鳴らした。

 やって来たメイドにエマからもらったマグカップに紅茶をたっぷりと淹れてもらう。

「エマからもらったカップを使っていると言うだけで紅茶の味も香りも五割増しだな」

 紅茶を味わいながらトッドに喜びを伝えるが、彼はそっけない。

「はあそうですか。良かったですね」

「冷たいな」

「……ルーク様、今回のような事はもう二度とゴメンですからね。命が縮む思いでしたよ」

「うん、私もだ。良心の呵責に苛まれたし、気持ちが分かっただけで良しとしよう」

 あとは私がどんなエマでも愛していると分かってもらい、彼女からの信頼を得るだけだ。

 ……その「だけ」というのが難しいんだけどねえ。





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