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王子は背中を叩かれる

「──大人げないですよルーク様」

「……何がだい?」

「愛する妻が可愛い従妹と外出するぐらい良いではありませんか」

「だから寛大に許したじゃないか」

「じゃあその寛大なルーク様の眉間にあるシワは何ですか」

 エマとの昼食後ほどなくして私は執務室に戻ったが、目を通さなければならない申請書類の内容がいつまでも頭に入って来ずにイライラしていると、近くに控えていたトッドが見かねたように声を掛けて来た。

「……私はエマを王宮に閉じ込めたい訳じゃないし、気分転換になるなら外出だって望ましいことだろうと思っているのは本心だよ」

「では何故?」

「単にレイチェルの方が先に仲良くなるのが腹立たしいだけなんだ」

「ですからそれが大人げないと申しているのです。お身内が仲良くなることは素晴らしいではありませんか。王女とはいえ隣国から来たエマ様を快く思っていない貴族連中もいるのです。自分の味方が増えることはエマ様にだって嬉しいでしょう」

 私はムッとしてトッドに言い返す。

「そんなことは分かっているよ。私だってエマがレイチェルと仲良くなったのは嬉しいし、心細いエマをレイチェルが支えてくれるならありがたいと思っているんだ。だけどね」

 言いながら少しため息がこぼれる。

「私はエマと普通にはい、いいえ、そうですね以外の会話が出来るようになるまで結構かかった。だけどレイチェルは会って数日で昔からの知己のようにエマと接しているんだぞ?」

「気の合う女性同士と言うのはそういうものではございませんか?」

「その上、私といる時には見せない満面の笑みを向けたりしているんだ。……なあトッド、私はやはり威圧感があるのだろうか? このゴツい体がエマを怖がらせているのかな?」

「……まあエマ様は大変華奢でおられますし、私やルーク様が抱き締めたら折れてしまいそうですからね」

 トッドの意見に頷く。

「やはりこの身長と筋肉が問題か……だが、鍛えてしまったものは今更どうにもならないし、対外的にも貧弱な体より鍛えている方が舐められにくいのもまた事実だ」

「今後エマ様がふくよかになられた時にも備えられますしね」

「そうだよ、そうなんだ。それに少しずつではあるが、間違いなく関係は改善している。だけど、今一歩踏み込めないんだ。踏み込ませてもらえないと言うか……何故だと思う?」

「いや私に聞かれましても」

「そうだよね……」

 自分がエマとの距離を縮めかねているのに、レイチェルはやすやすと距離を縮め、エマの笑顔を欲しいままにしているのだ。レイチェルに恨みはないが、恨めしい気持ちを持ってしまってもしょうがないではないか。

「私だって近くで彼女の屈託のない笑みをみたいんだ。外出だって一緒にしたいさ。……でも、まだ完全に気心が知れた訳でもない私が近くにいたら、レイチェルがいたってやはり緊張するんだろうしさ。……まあないものねだりで素直に頼みを聞けなかったところは反省しないとね」

 確かにあの態度は大人げなかったな、と自分でも思う。

 気は長いつもりだったが、出口が見えないような不安で焦りがあるのかも知れない。

 黙ったままの私に、同じように沈黙していたトッドが「あの」と口を開いた。

「──ん?」

「確か……レイチェル様がいらっしゃるのは三日後でしたか?」

「ああ、そうだけど?」

「そうですか……」

 少し考えている様子のトッドが気になり、

「何が言いたいんだ?」

 と思わず急かしてしまった。

 すると真剣な顔になったトッドが声を潜めて続ける。

「ベティーは付き添いのメイドとして、私や部下二名は御者や荷物持ちとして目立たないように動く予定です。騎士団の格好をして行ったら確実に王族であることがバレますので」

「ああ──それが?」

 私はトッドが何を言いたいのかまだ理解出来ていない。

「ルーク様が変装してお供の中に加わるのはいかがです? エマ様に隠れて行動するのはあまり良い行いではないと思いますが、自然なエマ様の姿も観察出来ますし、もしかしたら本音みたいなものも少しは分かるかも知れません。ただし、そこで見聞きしたことは絶対に口外無用ですし、当然身バレもいけませんので完璧に変装して頂かねばなりませんが」

 私は思わず身を乗り出した。

「そ、それはエマへの裏切りにならないだろうか?」

「裏切りというかまあ、バレたら信頼度はぐぐっと下がるでしょうね。でも本気で関係を改善したいのならやるべきではないかと」

「いや、だが……」

「ルーク様」

 改まった口調でトッドは私を見る。

「私がゆっくり距離を縮めるべきだと進言したのは事実ですし、それで徐々に親しさを増したのは結構なことだと思います。ですがゆっくりにも限度がありますし、あなたは王族なのです。いずれは跡継ぎを設けなければならないでしょうし、仕事だって今後もっと忙しくなりこそすれ、暇になることなどありません。結果的にエマ様とゆっくり距離を縮める時間は失われて行くのです。ここは危険な道でも一歩踏み込むべきではないか、と思うのです」

「……」

「大体ですね、エマ様も歩み寄る努力をして下さらないからルーク様がこんなに悩んでいるのではありませんか。裏切りというより必要に迫られて致し方なく、というのが正しいのです」

「エマを悪く言うな」

「……申し訳ありません。ですが、ルーク様もいつまでもグダグダ悩んでいる時間はないのです。女性の本音など男には所詮分からないことだらけですから、少しでも理解出来るよう行動せねば。目指せラブラブ夫婦、なのでしょう? 今のような状態ですと、一年経ってもろくな変化は望めません」

「……そうだな。やるしかないな」

 私は覚悟を決めた。これは裏切りではないのだ。心配りの一環なのだ。

「お気持ちが定まったようで何よりです。衣装やカツラなど私が用意しますが、ルーク様にはまず三日後までにコレを片付けて頂きませんと」

 トッドが笑みを浮かべ、山のように積まれた書類を指差した。

「──自由時間を作るのは大変だなトッド」

「エマ様のためです。陰ながら応援致しますよ」

「本当に陰ながらじゃないか。やるのは全部私なんだよ?」

「当たり前じゃないですか。それが王族のお仕事なのですから。私はあくまでも護衛ですから」

「……だよね」

 我ながら情けない声が出たが、そのまま上から書類を取り上げると、先ほどまでにはなかった集中力で素早く書類を捌き出していた。





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