世界がファンタジーに乗っ取られそうなので対抗して魔法が発現するゲーム作る
世界がファンタジーに乗っ取られそうなので対抗してゲーム作る
短編にしては結構長めなので注意
「すまん。脳が受け付けるのを拒否した。もう一度言ってくれないか?」
通話の相手は去年までクラスメイトだった奴。
この学校で俺が友と呼ぶ唯一の人間だ。
「だから、一般人巻き込んじゃった」
……。
クソまずい。
慌てて結界の確認をするが無理矢理突破された形跡はない。
ただ、詳しく調べてみると確かにすり抜けられた跡があった。
正直これができる人間を一般人と認めたくはない。
「で、さらにまずいことに」
「怪我でもしたか?」
「いや、僕も彼女も無事。ただ、マモノを取り逃した」
その辺は結界調べた時に分かっていたからダメージはそれほどない。人避けだけじゃなくて今度からマモノを閉じ込める結界も張ろう。観測できるだけじゃ少し弱い。
「とりあえずマーカーはつけた。こっちで始末しておく。その場所で待機しつつ事情説明してやれ」
足で逃げた程度で補足から外れることはできない。
この位置だと俺の方が近いし今貴一は身軽に動けない。
「……良いのかよ」
「こっちもいくつか訊きたい事がある。一方的に問いただすことも不可能じゃないが、そっちの方が好みか?」
「いや、できれば僕も穏便にいきたい」
通話しながら動かしていた足を止める。
対象を見つけた。
「確認だが、お前が相手していたのは隻腕のオーガか?」
ここは学校の校舎内。
ただし、俺の目には貴一に言った通り鬼が見える。
ファンタジーの生き物であるはずのマモノがミスマッチだが、ここはしっかり現実世界だ。
できれば逃避したい。
平日の放課後で人がまだいそうな時間帯だがそれは人避けの結界でご退場いただいている。マモノが現れることを察知し出現する場所と時間を少し操作したが、残念ながらコストの兼ね合いで人が完全にいなくなる時間を指定できなかった。
真昼間でなかったことを喜ぶべきか、それとも人がいた不幸を嘆くべきか。
「そうだよ。右腕は僕が切り落とした」
学校の廊下をながらスマホで通話しながらオーガを秒で片付ける。
光弾をぶつけて核を穿ち、完全に消滅したことを確認する。この程度で不覚をとるとかまだまだだな。
「なら終わった。すぐにそっちへ向かう」
「はっや」
「当たり前だ。誰がお前を鍛えたと思っている」
「はいはい。今僕の教室いるから」
「……2-Cだったか?」
「まだ四月とはいえ忘れる?」
そして2-Cの教室はどこだ。
「まぁ結界のログ辿ればいいか」
「便利な技術は人を堕落させるってホントなんだな」
「さて帰るか」
「待って隼人。取り逃したのは悪かった。というか結界が機能しなかった説明は僕にも欲しい」
それは俺も聞きたい。
誰だよ俺の結界すり抜けた奴。新入生に魔法の素質を持ってそうな奴はそれなりにいたが能動的に使えるほど修練積んだ人間はいなかったぞ。特異体質持ちもいなかったし、起こるはずないと思っていた。
「名前は篠宮結夢。学年変わると同時に2-Fに転入して来たんだって」
転入生は盲点だった。
学校に息のかかった人間がいない事がここまで面倒なこととは思わなかった。というか2-Fは隣のクラス。完全に灯台下暗しだ。
「だいたい分かった」
「私は全然飲み込めてないんだけど」
スマホに似せた計測機器で一通り調べてみた結果、やはり篠宮結夢は特異体質持ち。しかもかなり珍しいタイプだ。
占術師と呼ばれるタイプで鍛えれば未来予知すら可能になるだろう。
「この世に魔法が存在する。さっきの鬼はそっち側の存在。俺と貴一はこの辺りの安定のために動いてる人間だ」
「魔法……」
「信じられないならそれで良い。全て忘れて日常に戻るか?」
もっとも、信じられないという事はないだろう。
これほど特異な力を持っているんだ。魔法のような事象に心当たりの一つや二つ、あって当然。
「き、記憶を消すとかするの?」
「しても良いが、正直面倒だな。今日の事を忘れたいって言うなら同じ学校の生徒というよしみでいろいろ融通しても良い」
もっとも、こっちはわざわざ人避けしてたのにそれをスルーして勝手に踏み込んだこいつが悪い。
特に管理を任された土地でもないし俺に責任はない。
「え? 口封じとか、しないの?」
「誰かに話したところで信じてもらえるとは思わん」
仮に信じるやつがいたとして、それは一人か二人。特に何かできる訳でもない。
それより下手に口封じして【平和主義者】みたいな過激派組織に目をつけられる方がまずい。
「貴方達は、いつもこんな事をしてるの?」
「こんなヘマをしたのは流石に初めてだ」
苦虫を噛み潰す。
嫌味じゃないんだろうけど、あんまり追求されたくはない。
「今後、私の身に同じような危険が降りかかってくるの?」
「この学校にいる限り二度目はない。他は知らん」
「……。じゃあ、一つお願いがあるんだけど」
「言ってみろ」
「私に、魔法を教えてください」
……。
私利私欲に走るべきか、それとも……。いや、ここで退くくらいなら最初から野望を掲げてなんかいない。
篠宮結夢がその気なら、俺にとって好都合。
「これは魔法を発現するために作ったゲームだ」
「え、ゲーム?」
ポケットからさっきの計測機器とは別の機械を出す。
一般人に擬態できるように、こっちもスマホ型にしてある。
最近はスマホの二台持ちも珍しくないし擬態先に困らないのはいいことだ。
「俺は普通の人間でも魔法を使えるようにする方法を探っている。そのアプローチの方向性としてゲームという手段を選んだ」
「ゲームって。ホントにそれで魔法が使えるようになるの?」
「現状未完成だ。確かに貴一はこの方法で魔法を使えるようになったが、五百時間かかった」
ゲーム自体はアクション要素の強いRPG。
ただ、ラスボスと裏ボスを倒すだけなら何百時間もかからない。
魔法が発現するまでモチベーションを保つのは至難の業だろう。
「ごひゃ……。私◯◯スター◯◯ターとかでも二百時間くらいしかやってないよ」
充分やってる方。
というか具体名を出すな、反応しちゃう奴がすぐそばにいるんだよ。
「武器何使ってる?」
「その話は後にしろ」
貴一を牽制して話を続ける。
ランクがカンストしてないと気持ち悪いってなんだよ付き合ってられるか。
「まぁ、篠宮には稀有な才能が眠っている。そこまで時間がかかるとは思えないが、現在開発中の代物だから正直分からん。できれば魔法が発現するまでにかかったプレイ時間は報告して欲しい」
悪く言えば人体実験の被験体。
そもそも魔法とかいう怪しい物に手を出すハードルも高いし断られる可能性……
「最大五百時間。一日五時間で三ヶ月ちょい。うん。プレイ時間はゲーム内で確認できるタイプ? 他注意点とかあったら早めに教えて欲しいな」
即断。
しかも受け入れる事を前提に考えてる。
「プレイ時間は常に左上にある。後はヘルプを見ろ」
「この壺を買えばもっと早く発現できるって言われたら買いそう」
貴一の呟きに思わず同意。
簡単に騙せそうだ。
「平君、だっけ。平君も高校入ってから魔法の世界に来たんだよね。なら分かるでしょ。魔法には全てを賭ける価値がある」
篠宮が力強く宣言する。
ちょっと退いた。
「さっきチラッと聞いたけど、私の家系は魔法使いじゃないんでしょ。この機会を逃したら、私はもう一生無関係のままかもしれないんだよ」
たったそれだけの理由で危険に飛び込むか普通。
俺は魔法使いだけど、一般人の感性もちゃんと持ち合わせてると思ってたのは錯覚だったのか?
「分かる」
貴一は分かるらしい。
なら、この場でおかしいのは俺の方か。
「それに私、昔から勘はいいんだ。二人は悪い人じゃない」
納得。
そりゃ篠宮の体質を考えれば勘がいいのは当然だ。
むしろその程度で一般人の中に普通に馴染めていたのなら幸運と言って良い。
「じゃあ篠宮さんが仲間になったって事で改めて自己紹介。僕の名前は平貴一郎。2-C。ゲームで分からない事があったら僕に聞いてくれてもいいよ。むしろ攻略情報とかなら隼人より詳しい自信あるね」
「園崎隼人。2-G。進行不能バグはないはずだがそれ以外は放置してる物も多い。後で発見済みのバグは共有しておく」
貴一に倣ってもう一度。
もう俺たちの関係は巻き込んだ者と巻き込まれた者じゃない。
今度は、この世界に自分の意志でこの世界に踏み込んだ者とそれを歓迎する者として
「篠宮結夢。2-F。いろいろ不安だったんだけど、転入早々こんなワクワクするような出来事に出逢えるだなんて思ってもなかった」
その日の夜。
というより次の日の午前三時過ぎ。
俺たちのグループチャットにて。
結夢「あの、魔法発現できたっぽい。記録は八時間五二分」
貴一「おめでとう。時間的にラスダンくらい? もうクリアした?」
隼人「話は学校で聞く。おまえら寝ろ」
次の日(?)の放課後。
人払いを済ませた2-C教室で貴一と一緒に篠宮の成果を見る。
「ほら見て、指先光ってる」
教室の明かりを全て消し、窓側のカーテンを締めても廊下から光は入ってくる。
少し薄暗い程度だけど、篠宮が作った魔力光ははっきり分かる。
「確かに魔法だ。そうか、篠宮ほどの才があれば一晩でここまでできるようになるのか」
訓練次第で俺よりよほど凄い魔法使いになれるな。
「ねぇねぇ、昨日みたいにマモノと戦ったりしないの? 私もマモノと戦ってみたいんだけど」
「今兆候はない。というか怖くないのか?」
「んー。そうだね。今怖いと思えない事はちょっと怖い、かな。でも昨日くらいの相手なら、二人はもう負けようがないんだよね。なら、このワクワクを遮るほどではないよ。私はとっても運が良い」
「そういうものか。じゃあこのまま魔法戦の訓練するか。職業は何にした?」
「ん? ゲームの話?」
「そうそう、このゲームって転職システムがそのまんま適正を読み込んでるんだ。僕の場合全然出なかったから隠し要素とばっかり思ってたんだよね」
「え、待って。私銃選んじゃったんだけど! せっかくならもっと魔法っぽい奴が良い。今から転職してくる」
「あー。すまん」
「できない。なんで!?」
「ある程度使いこなせないと危ない領域に踏み込んだらロックがかかる」
「それ僕初耳なんだけど」
「貴一は才能無さ過ぎるからな。魔力操作はだいたい効率よく動かすために癖みたいなものがつく。慣れないうちは右足を出してから左足を出す、慣れると歩く。さらに極めると走る、みたいな感じだ。歩く、という段階だと走れるようにならない限り転職はできない」
その癖が全くと言っていいほどつかない貴一を見ていると、才能の無さも一つの才能なんだなと感心する。
少なくとも、いつでも転職が可能ということは今篠宮が直面している問題を解決できる。
「短杖とか長杖だと初期値が微妙だったのは私の適正がない所為?」
「むしろ適性があったから選択肢にあがったんだろ」
「もう使えない?」
「そんなことはない。というか初期値が一番高いのを選んでなかったら流石に一晩で魔法の発現はなかったはずだ。むしろ一端銃で魔力操作覚えてからの方が習得が早いかもしれん」
「そうなんだ。ならまあいいかな」
とりあえず練習台として正八面体のクリスタルを教卓の上に浮遊させる。
魔法に憧れてるみたいだし、ちょっとそれっぽく演出するために蒼色に光らせる。
「少し実力を見たい。あの的に当てることを目標に練習してみろ」
篠宮の持っているゲーム機に手を翳し、中から銃を召喚、そのまま篠宮の手に握らせる。
いずれできるようになって貰うけど、今日は召喚はいい。
下手するとこれで一日終わってしまう。まずは使ってみること。
「おー。これが魔法銃。弾とかないの?」
「基本的にはゲームシステムと同じだ。チャージして放つ。貴一、手本」
「了解」
今更貴一が動かない的を外すことはない。
自分の魔法銃を取り出した貴一が即座に発砲。
八面体の真ん中に命中し、その色を蒼から赤に変える。
「おお! すごいすごい!」
篠宮とは別ベクトルだが確かにすごい。
俺がやると魔力操作のくせを魔法銃用に合わせるのに間があるから早打ちは無理。同じようなことを別の技術でやった方が早い。
生粋の銃使いなら少し不満ではあるけど、こいつホントなんでもできるからな。
「あ、色戻った」
「数秒で元に戻る。既に必要な基礎はある程度できてるはずだから習うより慣れよでやってみろ」
篠宮がゲームで上げたレベルは三七。
なら必要なものは粗方身についてるはずだ。
……成功例が少ない分断言はできない。
「チャージ! ショット!」
教室の一番後ろから教卓の上のクリスタルを狙うも、飛距離が半分も出ない。
上出来だ。
少し練習すればすぐ当てられるようになる。
「チャージ! ……ショット!!」
黒板に光弾がぶつかる。
もちろん防御系の魔法で覆っているから被害はゼロ。
まぁ素人に物理干渉が出来るとも思えないけど込められた魔力は申し分無し。
二回目の弾は遮らなかったら教室三つ分くらい跳んだはずだ。
「ごめん。大丈夫だった?」
「本物の銃じゃあるまいし、俺か貴一の前でなら好きにやれ。駄目なら既に止めている」
「これ反動なくて違和感強い。チャージ、ショット!」
今度はクリスタルまで三分のニ程度で光弾が消えた。
速度もさっきまでより遅い。
行き詰まるまでは好きにさせよう。
「ねぇ、聞きたい事があるんだけど良い?」
「ものによる。答えられるものなら答えよう」
次は右上に逸れたけど射程は充分。
教卓と黒板の間で弾が消えた。
器用な事をする。
「なんでこのゲーム作ったの? まるで、誰だろうと魔法を教えるためみたいなものを作って、園崎君は何をする気なの?」
「誰にでも魔法が使えるようにする気だ」
お、クリスタルに当たった。
赤い光が教卓を照らす。
「属性変換 : 火弾」
威力が倍くらいになって、射程が半分くらいになった。
ただ、これは意図的のようだ。
「今、魔法の資質を持つものが増えている。世界で魔法が一般的になるまでもう一歩だ」
今俺たちの学年で言えば、クラスに一人くらいの割合。
対して上の世代はほとんどいないが、十個下とかになるとクラスに四人くらいいる。
そのくらいバランスが崩れてる。
「そう、なの!? え。私生きてるうちに魔法の時代が来る?」
「俺は来ると思ってる。だから、来るべきその時を見据えて世界中の魔法使いが既に動き出している」
もっとも、無駄に終わる可能性も高い。
世界を巻き込む変革がそう簡単に為るはずもない。
地球上の魔力は確かに俺が小さい頃に比べても高くなってはいるが、この流れが今後どうなるかは分からない。
「じゃあこのゲームは、魔法の才能がない人が魔法の時代に取り残されないように、ってこと?」
火弾がクリスタルに命中し、炎のエフェクトを飛ばす。
篠宮が属性変換した時に追加した機能だ。
目を丸くして驚き、続いて二発目、三発目を放つ。そして同じ数だけ炎のエフェクトが舞った。
「少し違う。この国が魔法時代に乗り遅れないように、だ」
変革の時が来たら、世界は魔法技術の取り合いになる。
そうした時、この国が取り残される可能性が少なからずある。
何せ若い世代ほど魔法を使える人が多い。
日本に愛着を持っている俺としてはなんとかしてなんとかできるならそれにこしたことはないと思っている。
「属性変換 : 水弾」
次のエフェクトはイルカ。
一発で当てた。
実際の火とか水を撃っているのではなく、魔法的に少し尖らせた弾を撃っているだけ。
例えば、火弾と水弾なら両者の実力差がよほど大きくない限り水弾が勝つ。
そういうふうに設計した。
「それ、一人でやる事じゃないよね。園崎君は、その組織のどのくらいの位置にいるの?」
「期待に沿えず申し訳ないが俺は無所属だ。外部協力者もいるにはいるが、貴一とコンビを組んでるくらいで組織とはとても呼べん」
縦のしがらみは無いが、横からの妨害を自力で対処しなきゃいけないのが面倒臭い。
支援もないし、そろそろ活動に限界がきてる。
だけどどこかに所属しようにも適当な組織が見当たらない。
「そんなものなんだ。被験体は私一人?」
「貴一を入れて二人目だな。間に何人かいるが、魔法が発現する前にゲームを辞めてしまった」
イルカのエフェクトが気に入ったのか、次は連射を試すようだ。
長めのチャージの後、連続で四つの水弾を放ち、三頭のイルカが宙を泳ぐ。
ラスト一発がクリスタルに届かなかった。
「結構よくできてると思ってたんだけどまだアルファ版ですらないんだね。私のモルモットとしての価値はどんな感じ?」
「優秀過ぎてサンプルにならん」
次の試行で四頭のイルカが踊る。
もう話しながらこれができるとか訳が分からん。
「ふふっ、褒められちゃった」
正直篠宮の力は欲しい。
才能が開花したらその分野のゲーム開発を担当して欲しいくらいだ。
「属性変換 : 風弾。
平君、それ貸して。ありがとう。
属性変換 : 地弾」
右手と左手で別の属性を扱って……ん? 失敗だな。
「これ難しいね。両方とも地弾になっちゃった」
「だね。右手と左手の魔力量が合って無い。揃えた方が楽だよ」
「なるほど。こう? んー? いいや、とりあえずエフェクト確認しよ」
クリスタルに二発の地弾が当たり、ルビーとサファイアが飛び出して地面に当り、砕けて消える。
もうこの距離なら苦もなく当てる事ができるようだ。
「それじゃあ結局、園崎君が私にやらせたいことって何? 私の目的ってだいたい叶ったし、お金とかは厳しいけど私で完結できる範囲なら協力するよ」
「篠宮の才能を開花させるのが最優先だな。現状篠宮でできる事は俺でもできる」
「なかなか険しい道のり。訓練の指定とかあるなら聞くよ」
「ゲームスタイルにとやかく注文する気はなかったが……。なら、命中とか回避上げるものを中心にスキルレベルをMAXにしてみろ」
「えー。あれ効果あるの?」
「普通はない」
「んー。りょーかい。意識して使ってみる」
効果はないと言ったのに素直に言うこと聞いてくれるらしい。貴一はその魔法、デバッグ用に管理者権限で無理矢理出して使わせたけど全然出来なかった。スキルレベルだって一つも上がらない。俺も碌にできないけど訓練方法としては合ってるはずだ。基礎の基礎しか無理だが、それ以上はゲームとして汎用性を保たせたままでは無理。
才能の壁は厚く、長い歴史の中でも系統化できるほどその魔法を使える人がいないほど。
まぁこの業界はそういうものばかりだ。
貴一にいたっては完全にオンリーワン。
魔法を使える人間が少ない現時点の知識がこれからの時代どれほど役に立つか知らんがないよりはマシだろう。
「ちなみにスキルレベルをMAXにできた実績はないからバグがあったら報告してくれ」
「え? いったい何千回使えば良いの?」
「これはゲームであると同時に魔法の発現装置だ。ゲーム内のスキルレベルを上げるには現実で技術を身につけることが必要になる。ゲーム内で使用すると魔力の流れを強制させるからその魔法を身につけやすくするというカラクリだ。つまりまぁ、何千回か知らんしできない可能性も高い」
あまり詳しく説明しなかったのは、篠宮がどこかで諦めると思っていたから。
でも、この様子を見るに大丈夫そうだ。あの後結局徹夜していたらしいし今すぐ興味を失う可能性も低いだろう。
「それができたら、もうちょっと私に価値が出てくるかな」
「できなかったら別の組織送りだ。眠らせておくのは惜しい力だし、その力が開花したらいろんな組織から引っ張りだこになる。紹介状の送り先を考えないとな」
「む。いいよ、一週間で身につけられなかったら私をどこにだろうと売り払って。フルバースト!!」
二丁の銃から放たれた計八発の風弾がクリスタルに中り、光の鳥がその周囲を駆け回る。
ハヤブサをイメージして仕掛けたけどどう見ても鳶だな。
あと、篠宮の魔法使い像が極悪過ぎてちょっと退く。
俺のことをハーメルンの笛吹きとでも思っているのか。
言い方が悪かったのは後で謝ろう。
……ちなみに
「どう? これでスキルマ七つ目」
たった五日で身につける天才がそこにいた。
縛りプレイ(ゲーム外)するタイプだったか。
「ほう? ちなみにゲーム内で効果あったか?」
「実感できなくはないけどわざわざコストとモーション消費するメリットは感じなかった。あ、命中は相手によっては必須だったよ」
補助系が極端になるのは制作者としてちょっと気になっている箇所だ。
役に立つのはごく一部だけど、ないと詰むレベルで欲しいものもある。
「回避高い敵いるよね。僕は銃で倒すの諦めた」
七時間かけて一ダメージも与えられなかった時は流石にクソゲーと言われてしまった(暇人と返した)。
貴一は今のところ篠宮みたいに個人の資質による固有魔法を一個も発現できていない。にも関わらずちょくちょく相性悪い武器で吶喊するのが趣味の奴はそのままデバッグ続けてくれ。
逆に倒せたらバグだバグ。
ゲームじゃなくてプレイヤーの方。
「現実では効果あったか?」
「うーん……。前より勘が鋭くなったような?」
効果あったのか。
「なんか、前は三回に一回くらい分かったことが、今は二回に一回分かる感じ? 上手く言えないんだけど」
まだ使いこなせてはいない。
とはいえ方向性は間違ってないらしいから、このまま上位スキルを実装すれば良い感じだな。
問題はどうやってこれ以上鍛えれば良いのか分からないからスキルを作りようがないこと。
「そういえば転職はもう試した? 篠宮さんは銃使い志望じゃないんだよね」
貴一の指摘で今更ながら最初そんなことを言っていたことを思い出す。
「んー。そうなんだけど。……なんか、今はちょっとでも弱くなるとまずい気がするの。少しでも強くなっておきたい。虫の知らせって感じかな」
……。
このゲームで転職によるメリットはあまり多くない。
戦略の幅が広がるのは確かにあるが、自分の適正にあったものに特化させた方がよほど強くなる。
武器相性によって倒せない敵も実装しているが別に倒す必要がない敵に限っているし一応救済アイテムも用意している。
とはいえこれはゲーム。
自分に一番向いているスタイルより自分のやりたいスタイルが優先されるのは理解できる。
「一応転職自体はできるようになったんだ。だけど使ってみたら銃も結構面白いから迷っちゃってて。仕様上他の武器種だと銃ほど成長の伸びも良くないだろうしどうしようかなぁと」
「ならしばらく銃を使え。必要になったら他の武器種も使ってもらうが今は良い」
もうそういう時期か。
今日は……。
大丈夫そうだな。
「篠宮、マモノを倒してみるか?」
「う、うん! やってみる!」
まだマモノを倒して一週間もしてないから魔素溜まりといえるほど魔力分布の偏りはない。
篠宮の成長速度にツッコミを入れるか迷いながら廊下に出る。
このくらいの広さで充分。
少し手間だが、核をこちらで用意して無理矢理マモノを作りあげる。
周り(つまり俺たち三人)のイメージを吸収して、魔素がそれっぽい外見を形作っていく。
「ゴブリン?」
「コレだと相手にならん。少し強化する」
この程度の魔力で篠宮の相手をできるようなマモノが生まれることなんてあり得ない。
篠宮のレベルでただのゴブリンを倒すことに意味は薄いから細工する必要がある。
「レッドキャップ?」
「敏捷を主に上げた。貴一、手伝ってやれ」
――キン――
レッドキャップのククリナイフと貴一の剣が衝突し鋭い金属音が鳴る。
篠宮は反応できていなかった。
ただ篠宮の成長速度を考えるとその内動けるようになるだろう。
「自分でやりなよ」
「耐久は元のまま変えていない。俺が気を向けるだけで消滅するような相手にやられるなよ」
手加減できなくもないがすごく面倒臭い。
それならレッドキャップの耐久も上げた方がまだ手間は少ないだろう。
それに、そろそろ貴一も守りながらの闘いを覚えて良い。
先日オーガを取り逃したのは守ることに慣れてない所為で、これを機に克服してもらう。
「あ、貴一は攻撃を当てるな。これも修行だ、全部篠宮にやらせろ」
「護衛クエストは嫌われるよ!」
篠宮が叫びながら四発の魔力弾をレッドキャップに撃ち込むが、いきなりでそれができるなら護衛クエストで嫌われるタイプではない。あと貴一は護衛クエスト嫌いじゃないぞ。
残念ながら篠宮の魔力弾はレッドキャップの持っている二本のククリナイフで全て弾かれてしまう。
教室で試射した時はもう少し威力があったが、流石の篠宮でもこの状況ではいつも通り動けないらしい。
せめてもう少し威力があったらレッドキャップの態勢を崩すくらいはできたはずだ。
護衛クエストにしては強いしどっちかというと共闘じゃないか?
……パワーレベリング感は強いから好き嫌いは分かれるだろうが。
「大丈夫。このゲーム専属のデバッカー舐めないで。味方キャラの思考ルーチン調べる時に散々やったから」
「言っとくがゲームと現実では動きに差があるからな」
あまりゲーム脳で対処されても困る。一応そいつら俺達を殺そうとしてくる敵だぞ。
ホントはゲームでも複雑な思考を実装したかったけど限界があった。
同じ攻撃は二度通じないくらいには頑張ったから大丈夫とは思うが。
「いや、どうして話しながらそんな動きができるの!?」
「え、クイックブートと思考加速使って空蝉構えつつ剣士の体捌きでレッドキャップの剣閃めがけてカウンターエッジすると……」
そんな思考で戦える奴はお前だけだ。
言葉にすると簡単そうだが実践するとなるとやはり勝手が違う。
「あ、こう!」
……。
なんでできるんだよ。
レッドキャップが篠宮の幻影を切り裂き、少し動きが止まった。幻影はミラージュシフトだとして、動きを止めていたのは縛鎖の蛇眼か。なかなか使いこなせるようになっている。そして属性も、初日に使っていた火弾の上位属性を使えるようになっていた。
「属性変換 : 獄炎弾
フルバースト!」
それにチャージの性能が上がって八発分の魔力弾を撃ち、レッドキャップをいとも容易く撃破。びっくりするくらいの成長速度だ。
余談だが貴一は獄炎属性を使えない。才能の壁は残酷だ。
「不服か?」
楽勝といえるほどあっさりとレッドキャップを片付けたにもかかわらず不満気な表情を浮かべる篠宮に話しかける。
護衛クエストの護衛役は確かに気持ち良いものじゃないだろうが、安全マージンをとるなら多かれ少なかれ同じような展開になるはずだが。
「無茶振りするならせめて最初から言っといて欲しかった」
声を発したのは貴一の方。
ただ、何を不満に思っているのか分からず疑問を返す。
「ん? 無茶だったか?」
いや待て。
これ貴一への無茶振りじゃなくて篠宮への無茶振りか。
紛らわしい言い方だ。
確かに、篠宮がいくら優秀とはいえ一週間前まで普通の女子高生だった。
悪意に晒されて平気だったのは結果論であって、それだけで動けなくなるほどの恐怖を感じても不思議はない。
「はいはい。なんでもないですよー。篠宮さんは初陣どうだった?」
「あー、ごめん。表情に出てたよね。完全に私の事情なんだ」
顔が曇った心当たりはあるようだ。
それがなんなのかは知らないが、篠宮にとっては重要なことらしい。
「思ってたよりだいぶゲームよりだったなぁと」
「ゲームの方をこっちに合わせたから当然だな」
「あー、うん。ゲームの出来の話じゃなくてね。もうちょっと魔法少女物っぽいの想像してたから」
「ん? まぁ確かに拳で戦うのはごく僅かだな。魔法弾くような特殊な体質持っている事が前提のスタイル」
「いや、肉弾戦なのはニチアサくらいだから。あれは独立ジャンルであって魔法少女って言われると首傾げちゃう」
これは面倒臭い奴かな?
「そんなあからさまに面倒そうな顔しないでよ」
「まあまあ篠宮さん。思い返してみてよ。最初練習した時はクリスタルに命中する度にエフェクト出てたでしょ。あれ全部隼人が作ったんだよ。上に行けばいくほど自由度は上がる」
「なるほど!」
「その領域に辿り着きたいならゲーマーではなくクリエイターとしての力を問うぞ」
「なるほど……」
ほぉ。
意気消沈できるのか。
自慢じゃないがたった一週間鍛えただけの初心者に底が見えるようなゲームではない。
……はずだったんだがな。
「これすごいね。強制的に体内の魔力を操られる感じ。自分の体内魔力すら碌に制御できないのに他人の魔力操るなんてどうするのか見当もつかない」
「初心者未満に体験してもらうために作ったものだからな。これを必要ないと言える頃には中級者卒業。その頃にはこんな玩具の魔力誘導くらい簡単に跳ね除けられる」
「でも僕知識とか全然ないよ」
貴一を中級者と呼べるかは微妙なところだな。
一応補助輪なくてもなんとかなるけどあった方が強い……いや、こいつを既存の尺度で測ることの方が愚かか。少なくともこのゲームで強くなれる上限は越えている訳だし一端中級者としておこう。
「お前日本語の知識どれだけ持ってるよ。擬情語とか知らなくても使ってるだろ」
「擬情語は確かに知らないけど言ってる意味はなんとなく分かった」
「めちゃくちゃな技術で作られてるのが私でもすぐわかる。魔法業界って園崎君みたい人がゴロゴロいるの?」
「あまりいない。が、トップ層同士での横のつながりは持っているから今後の篠宮次第でその言葉は事実となる」
まぁ一部は会う度に殺し合いをしているような気もするが、繋がりは繋がりだ。
一応応戦しながら情報交換とかするし問題ない。
というか篠宮は才能だけなら普通にトップ層と遜色ないんだよな。
流石に才能だけで生きていけるような世界でもないが、研鑽を重ねていけば直に対等な立場で話せるようになる。
「うん。私、もっと頑張ってみるよ」
こちらとしても、篠宮には占術師としての力を開花してもらいたい。
あわよくばこのゲームにスキルとして実装したい。
現状簡易的なものしか存在しないが、篠宮が人に教えられるほど上達すればそれが叶う。
平穏が続く限りのんびり(天才基準)訓練していけば良い。死者が出るほどの魔法災害なんてそうそうない。あるとすれば人的な襲撃くらいだ。
「ねぇ。今日は朝からすっごく嫌な予感するんだけど」
篠宮がレッドキャップを倒して数日が経ったその日の放課後、俺の教室まで来た篠宮が不吉な第一声を放つ。
ただ、俺も貴一も淡白な反応しか返さない。
「あぁ、だろうな」
「そうらしいね」
いつものように人払いしたので放課後の教室は俺達三人だけ。
基本的に俺達はそれぞれお互いを意識の端に留めながらも自分のことをしている。俺のゲームに協力要素がないから当然といえば当然。ちなみに対戦要素の方はあるが貴一が強過ぎるから一回しかやっていない。
「いや冗談とかじゃなくて信じて欲しいの」
「ん? あぁ、言ってなかったか? 俺はこのゲームの作者という理由で命を狙われている」
だいたい半年おきに撃退している。
日本で最強クラスの奴が不定期に襲ってくる理不尽。
相手が一人だからなんとかなっているが、集団で来るようになったらいよいよ逃亡生活の始まりだ。
意外と緊張しているな。
篠宮と情報共有すらできてないとは自分が情けなくなる。
確かに他のことを気にしていられるほど余裕はないが、それでも人として最低限の礼儀はあるだろう。
「篠宮が教えてくれたからこの学校のセキュリティを上げておいた。五分くらい前にかなり上位で非友好的な魔法使いの侵入を検知したぞ。しばらくはこの教室から出ないことだ」
一日ごとにどんどん警戒レベルを上げて挑発したらあっさり来てくれた。
まぁ強者ゆえの余裕からだろう。
強者の驕りを持ってくれないと勝負にならないとはいえ正直日が悪いと諦めてくれればそれが一番平和だった。
「え? え!?」
そいつは周りの一般人に迷惑をかけるような奴でもないし、意図せず暴走するような未熟な奴ではもっとない。
混乱する篠宮を尻目に廊下に出る。
扉を開けた途端に濃厚な死の匂いを感じる。
なんでこっちを殺す気で来るかな。暇人かよ。ゲームでもしてろ。
「久しぶり、隼人君。半年ぶりくらい?」
他校の制服を着たそいつは、ここまで俺の張った罠の中を通って来ただけあってそれなりに消耗してはいるようだがそれでパフォーマンスが下がることを期待できるほどではない。
「帰れ」
「つれないなぁ。キミとボクとの仲だろ」
名前は桜坂北斗。中世的な顔立ちだが一応男だ。
昔から実力が近かった俺達は過去コンビを組んだ時期もあったほど。というかこの辺りの地域で北斗についていける魔法使いなんて俺くらいしかいなかった。
成長するに従ってお互いやりたいことができて今にいたる。
ちなみに本人的には今でも俺達は友らしい。
普通友達に殺意は向けない。だが、北斗にとってそれは矛盾なく両立できることだという。
「お互い呪い合う仲か?」
「すごいよね。ボクを呪える人間なんて日本を見渡してもそういないぜ」
「両手の指で数えられるだろ」
「……言っとくけど指使って数える時に二進数なのボクはキミしか知らないからね?」
千を超える数を数えることができる優秀な数え方だと思うんだが何故か誰も真似しない。
肩を竦める北斗とにらみ合う。
まだ大きな魔法は使ってないはずだが、それでも威圧感がすごい。
普段は抑えているだろう気配を存分に開放している。
たぶん一般人が見ても嫌な予感を感じさせることができるだろう濃密な魔力が北斗を中心に渦巻いている。
半端な魔法使いが見たら卒倒するだろう。
俺だって常時こうなら隣にいたくない。
認めたくはないが、魔法使いとしての格は北斗の方が上だ。
俺はギリギリ北斗について行けるだけ。
「雑談するなら付き合うが?」
正直そっちの方が気楽でいい。
この学校は俺が作り上げた要塞だけど、それ込みでようやく五分。
こんな状態の北斗と町中でバッタリ会ったら迷いなく逃げる。
「半年前と変わって今はもうゲームで魔法を発現した人がいるんだってね。平貴一郎君と篠宮結夢ちゃん」
ん?
「実は今日用があるのは隼人君じゃなくてその二人なんだ」
<<展開>>
北斗の意図を察知して空間の裏に隠していた正八面体のクリスタルを表側に戻す。
その数二十七。十二個は俺の魔法の補助、九個は妨害、残りは状況によって使い分けているが今は北斗の魔法を解析させている。
クリスタルはその場に浮遊しているものもあれば絶えず動き回っているものもある。
そのうちの一つを使って教室のドアを魔術的に閉ざす。
くそっ。
間に合わない。
暴力的なまでの魔力の奔流によって北斗の魔力経路が教室内に届いてしまった。
赦してしまった道は細く大したことはできないはずだが、それは俺や北斗を基準にした場合の話。
正直魔法初心者には荷が重いなんてものじゃない。
「始まりは一つの怨嗟。やがてそれは十の過ちを犯し、百の戦場を駆け、千の魂を取り込み夜の主となる」
北斗の詠唱が始まる。
これを止めないとまずい。
「放て!」
宙を漂うクリスタルの内の四つが魔力の塊を放出。
人が反応できる速度ではないはずだが、北斗の張った結界によって霧散してしまう。
この空間内は俺に敵対する者にとって碌に魔法を編めないはずだが、残念ながら北斗はその理の外にいる。
「万の願いを抱きし奇奇怪怪、暗闇に潜み光と対を成すものよ、顕現せよ」
詠唱を妨害するもっとも有効な手は、術が完成する瞬間に魔力を乱すこと。
北斗の詠唱が完成するその瞬間に、扉前のクリスタルを使ってパスを切る。
よし。
これで北斗の術は断ち切った。
その、はずだった。
方法は正しかった。
間違ったのは、北斗をセオリーで対処しようとしてしまったこと。
「しからば其は悠久の檻となるだろう」
詠唱の連結。
難易度の割に利点はごく僅か。
そも、ここは俺が防衛のために特化した拠点だ。
こんな場所で詠唱連結したって妨害されて終わり……
――パン――
一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
北斗がした動作自体は柏手一つのみ。
たったそれだけで、俺の魔法は半壊した。
俺が直接操っているクリスタルは北斗に近かった二つが完全にイカれて落下中。
その他は魔力の流れが停止して態勢を保つだけで手いっぱい。
それだけならまだマシ。
廊下に張り巡らしている結界は四重だが、二つがもう使い物にならず、他二つもかなりダメージを負っている。結界以外の仕掛けも応答しないものが多い。
北斗を迎え撃つための罠だったはずなのに日の目を見ることはなさそうだ。
「境界の彼方で億の時を刻め」
いくら北斗が規格外といってもこれはない。
こんなことができるとしたら神格持ちくらい……
あまり思考してる猶予はない。北斗の詠唱が完成してしまった。
<<久遠>>
最初の詠唱で詠び出した鵺を核にして結界が形成される。
鵺か、結界か、どちらか一つしか選べなかった。
俺が選んだのは鵺の方で、妨害がかなり効いているけど結界はほぼ完全な形で張られている。
はは、今になってようやく北斗の狙いが分かった。
「うーん。八割吹っ飛ばす気でいたんだけど半分が機能停止しただけ。しかももうほとんどが修復完了している。人の身でよくそんなことできるね」
ふざけんな。
修復完了なんかしてない。間に合わせの応急処置だがないよりマシ程度だ。
「まぁいいや。これで時間はキミの味方じゃなくなったよ」
俺の結界の内部にいる時、北斗は常に呪われ続けている。
それは結界が半分壊れた今でも同じだ。
今はまだ動きに支障をきたすほどではないにしろ、いつまでもじっとしていたらジリ貧になるのは北斗の方。
持久戦に持ち込んで凌ぐ、が対北斗の基本戦法だったが、こんな手を使ってくるとは思いもしなかった。
もし詠唱が俺に対するものだったらいくらでもやり様はあったはずなのに、間接的にじわじわ効く手段は北斗らしくない。その思い込みの所為で対応が遅れてしまった。
「まさか狙いが俺じゃなかったとはな」
嘘を警戒し過ぎたのもあるがこれをそこまで警戒していなかったのが敗因。後で貴一に煽られるのを覚悟しなければならない。
「召喚した鵺は残念ながら壁くらいにしかならないけど、それは相手がキミだったらの話。初心者にはキツい相手だ。キミの弟子なら瞬殺されることはないだろうけど、急いだ方がいいよ」
貴一と篠宮が教室に隔離された。
完全に俺の失態。
外側から助けようにも結界はほとんど邪魔出来なかったから解呪にかなり複雑な手順が必要。
もちろん北斗がそれを赦してくれるはずもなく、つまりまぁ俺は急いで北斗を撃退しなければならない、ということらしい。
「生粋の罠師が攻めに転じるとどうなるか、ちょっと楽しみだね」
「いや、その期待には応えられそうにないな」
「なら二人は死ぬことになるね。キミがゲーム制作を諦めるなら今すぐ退くよ」
「ふむ。賭けるか? 俺は二人が無傷で出てくることに賭ける」
「正気?」
外側からは難しくとも、内側からは鵺を滅すればいいだけの単純な結界。できれば力を隠しておきたかったが仕方ない。焦った状態で北斗と戦うよりマシだ。
「え、そんなに結夢ちゃんすごかった? 確かにボクら並の才を持ってたけど彼女の本質って占術だよね。で、キミのゲームに占術をメインとした職業は存在しない。訓練できたのはよくて二番目の才だろ」
占術師は珍しい。俺や北斗みたいなのとは質が違う。ただ強いだけの俺や北斗よりよっぽど有用だからどんな組織だろうと好待遇で迎え入れられる。たとえその卵だとしても、だ。
……俺や北斗を扱いこなせる組織がほぼない所為でもあるが。
「あいつをなめるなよ」
「いや、いくら隼人君の弟子だからって魔法習って一月未満には荷が重いどころじゃないはずなんだけど」
貴一……。
いや分かる。カタログスペックだけ見たらあいつは雑魚だ。俺だってあいつを知らなければ篠宮の方を評価する。
この世界で才能の差は果てしなく大きな差となる。一度に扱える魔力の量も、体内に貯蔵できる総量も生まれつき限られている。その壁を超えた例もなくはないが貴一はその片鱗すらない。
あまり詳細は確認できてないが仮にも北斗が召喚した鵺だ。貴一が扱えるゲーム内魔法が通じるような雑魚ではないだろう。逆に篠宮の方は成長著しいからいくつか有効打はあると思う。
つまりまぁ、充分だ。
「こういうとき、足手まといに煩わされることに嫌悪感を持つのはむしろ北斗の方だろう」
「……あれ思い出すね。鏡池の天狐再臨。隼人君がこのゲームを作るきっかけになった事件だ」
マモノが人の領域を脅かす災害の一つ。篠宮が先日迷い込んだような奴の大規模版だ。
その事件は規模の割に被害は大したことなかった。魔法を知らない一般人の被害はゼロ。違和感に気づけた人すらそうそういないはずだ。理由は大元を俺と北斗で叩き、沈静化させるまでそれほど時間が掛からなかったため。
そう、本体の方は問題なかった。
犠牲になったのは訓練期間半年にも満たない駆けだしの若者。俺や北斗と違って普通の魔法使いたちは弱い状態が何年も続く。そして、大成することはない。大器晩成型よりは俺達みたいな幼いころから頭角を現す人間の方がよっぽど多いのが現状だ。
つまりまぁ、できない奴は最初から最後までできない。
それでも才を磨ききることができたならあの大災の取り巻き程度に殺されることはなかったはずだ。
「何度も同じ失敗をしてたまるか。あいつらはあの程度の鵺、すぐに倒して出てくる」
「へぇ、そっか。現時点で上手いのは歴の長い貴一郎君か。有効打ないのに頑張るねえ」
北斗は俺への警戒を緩めることなく結界の隙間から覗き見しているらしい。あいにく俺からは見えないが鵺相手に当たらなければどうということはない、を実現させているのだろう。即死級の攻撃を全てさばき切り篠宮のサポートに徹しているはずだ。貴一曰く、逃げもせず有効な攻撃手段がある敵ならそれは倒せるということらしい。
「俺の弟子は優秀だからな」
本当ならこの短期間で鵺の装甲を抜けるほど魔法を編めない。少なくとも既存の技術ではいくら篠宮ほどの才があろうとも安定してダメージを与えることは不可能だ。暴走一歩奥で荒療治するしかない。
「みたいだね。ホントは隼人君がボクを倒すまで耐え切れば合格、と思ってたけどもうそんなレベルじゃなかったとは、正直このゲーム見くびってたよ」
肩をすくめる北斗。
話している間に幾つも光弾を放っているけど下手したら意識すらされてない。自動の防御壁が硬過ぎる。
――ピシッ
結界に亀裂が入ったしそろそろ二人が出てくるだろう。
意外と早かったけど予想外ではない。
「結局隼人君の弟子自慢に付き合わされただけか。まぁゲームの完成度を知れたことは収穫かな」
――パリンッ
「……」
「出れ……っ!?」
貴一は最近凝っている二刀流スタイル。篠宮は片手を空けてないと応用が下がるからと短銃と無手だ。
結界から出てきた貴一は警戒体勢を解かず、篠宮には少し油断があった。それに関しては非常に申し訳ない。
「あー、ボク下位の呪いは全部跳ね返しちゃう体質だから呪うなら隼人君並みの力つけた方がいいよ」
北斗に言われるまでもなく篠宮は目を閉じて蛇眼を解除。
鵺相手には効果的でも北斗相手には逆効果、呪詛返しで自身が石化してしまうことになる。これでも即死級の術は備えているんだけどほっといたら治る程度の呪詛に対抗するためにリソースは割けない。
厄介な体質だけどそれをいいことに天狐再臨の時は遠慮なく北斗を盾にできたから一長一短。いや敵に回った時が厄介過ぎる。気まぐれみたいにこっちを襲う奴が持ってて良い能力じゃない。
「なんだっけ、教室から出ないことだ?」
貴一が軽口を叩きながら聖水を篠宮に使用する。
絵的には瓶に入っていた液体を石化した女子高生にぶっかけてるアレな感じだがきちんと効果はあるし濡れたりもしない。それはそれとして篠宮はもうリタイヤだ。もともと篠宮の方は参戦させる予定がなかったが、北斗を見て萎縮してしまっている。
「そっちと一緒にするな。アイツ自分の死をトリガーに自爆して呪詛を撒き散らす魔法を展開中なんだよ」
「は!? どうして!?」
「似たような術式は隼人君もやってるよ」
一定ラインを超えた魔法使い同士が戦う時は生け捕りが基本だ。殺すのは無力化して力を奪ってからじゃないと割に合わない。
これがなかったら現代兵器の出番はもう少し増える。
「あー」
「敵がやってても信じられないのに俺がやってるのは納得なんだな」
「人徳の差って奴だよ」
雑談しながらも篠宮を庇いながら油断なく隙を伺う。
貴一には自分の死を利用するような高度な術は使えないから常に死と隣合わせだ。
「ま、そろそろ隼人君の呪いが鬱陶しくなってきたし目的も達成したしで帰ることにするよ。欲を言えばもうちょっと隼人君と遊びたかったけど、これ以上やると隼人君に本格的にボコられそうだし」
その言葉に嘘はないようで、背を向けて歩き出す。本当に二人の力を見にきただけらしい。
壊したものを元に戻せとか余計な気苦労をさせやがってとかいろいろ言いたいことはあるが今言いたい別にある。
「北斗、さっき弟子自慢って言ったよな。半分否定させてもらうぞ」
振り返る。
興味を持ってくれたらしい。
こっちはいろいろ"お礼"をしなくちゃいけないんだ。予定とちょっと変わってしまったが攻め手がいる今がチャンス。
「こっちの篠宮はそれでいいが貴一の方はちょっと違う」
「そう? これでも結構驚いてるよ。あの鵺を手玉にとっていたのは結界の外からでも分かったもの」
あぁそうだろう。
ただ、それ貴一の縛りプレイだぞ。
「貴一、俺の保護下にいる人材として優秀って評価だぞ」
「今日しくったのは隼人の方なのに」
「あんな木端と北斗を比べるな。で、いけるか」
「もち」
「北斗、今からするのは相棒自慢だ」
俺の宣言に対して北斗は興味深そうに貴一を見る。そして前触れもなく魔力の刃を放った。まだこの威力をノータイムで撃てるのか。無理した様子も少ないしもうしばらく北斗の余裕は続くだろう。
貴一は上位魔法を全く使えない。
魔法を覚えたての篠宮でさえ火の上位属性である獄炎を使っているのに貴一が使う属性は一番下の地水火風のみ。
で、一つ問題がある。
北斗が召喚した鵺にすらダメージを与えられない下位属性で北斗にダメージを与えることは不可能。まだカッターナイフでも投げた方がマシだ。
だから北斗の第一手は観察しかない。貴一が鵺相手に何を隠していたのかを探る必要がある。
フェイントになれば上等といういかにも様子見で放たれた刃が迫る。ただしこれまで見せた中で対処は不可能なそれを、貴一は容易く斬り伏せた。
「属性変換 : 水斬+風斬
属性変換 : 地斬+火斬」
貴一の持つ二つの剣の刀身に、単一属性ではありえない輝きが宿る。
属性は実際の現象ではなく単なる偏り。なら、それを足し算すればもっと凄い魔法を使える、という馬鹿みたいな理論を実現させたのが貴一だ。俺以上にこのゲームをやり込んだ貴一はゲーム内の魔法を現実で再現する、という最初にあったコンセプトを完全に超えた。
貴一がゲームを始めたのは高校に入ってから。それを魔法の修行期間に含めても一年ほどの間にこいつは俺の想定外の領域に辿り着いてしまった。
「へぇ。やるね」
北斗の魔法を易々と切り裂いた貴一が北斗へと駆け抜けて斬りかかる。
そして、北斗は貴一の剣を避けた。
それは貴一の魔法が北斗に届くということの証左でもある。
「威力は申し分なし。貴一郎君は魔法を使い始めて半年なんだろう。うん、既に予想以上だったけど、それが過小評価だったとはね。このゲームに適応し過ぎ」
ちなみにこの属性の足し算だが、俺でもできた。
これでもトップクラスの実力を持っていると自負している。魔力操作で初心者ができることができないはずがない。ただ、なんというか非効率的でイライラする。蛇口を捻れば出てくるはずの水を、井戸掘りから始めているような虚無感。同時に下位魔法を使うことなら余裕だがそれを重ね合わせるのは至難の業だ。しかもそうして得られる成果はごく僅か。
でも、貴一が俺たちに対抗する手段はそれしかない。
普通は壁を超えなければ俺達と対等に戦えないはずだが、貴一は壁の手前にいるのにまるで俺達と同じ場所にいるかのように錯覚する。
「凄いね。これはどう?」
「ちっ。って危なっ」
何度か斬りかかり、最初の二、三回は避けた北斗も数を重ねるうちに指で受け止めるようになった。実際の刃物でもあるまいし――北斗の場合は実際の刃物でも同じことができるが――魔力を込めれば指先で剣閃を止めることも難しくない。完全に見切られている。
北斗の抜き手をスキルを使って回避するがジリ貧と言わざるを得ない。
遊ばれてるとまでは言わないが、今戦いが成立しているのは北斗が手を抜いているからだ。
「属性変換 : 水斬+火斬
属性変換 : 地斬+風斬」
斬りかかっている途中で属性を変えるも結果は同じ。多少(どころではないが)魔法の質が変わろうがすぐに通用しなくなる。単一の魔法でごり押しなんて俺や北斗ですらできない。ある程度以上魔法に熟達した相手に手札をさらして良いのは一度きり。その一度目も、甘く入ってしまえば待っているのは敗北の二文字。辛うじてスキルはゲームのものを少し変えて使っているのでその一度目なら通用している。でもそのクールタイム無限大縛りで回避や防御にスキルを使用させられている状況は非常にまずい。
気に入られたようだから命の心配がないだけマシだな。貴一と北斗の間にはまだまだ力の差がある。
「面白いよ。こんな使い方があるなんて想像もしなかった。パターンからしてもう一つあるんだろ。見せてよ」
「上等!」
自身の剣技が通用しないと理解した貴一は右手の剣を破棄。
その手に胴体とほぼ同じ大きさの盾を召喚する。
「属性変換 : 地楯+水楯」
盾という武器はこれまで扱っていた剣による線の攻撃ではなく面での攻撃が可能となる。
その盾を利き手に持ち、シールドバッシュで体勢を崩す。
「属性変換 : 火斬+風斬」
「それどうやったの?」
「気合と根性!」
届かない。
虚を突いた。
ゲームでは二刀流と楯術は同時に扱えない仕様になっているが現実の貴一にはその制約はない。明らかに戦闘スタイルが変わって一瞬だろうが北斗を混乱させた。
確実に有利な条件を揃えても有効打を与えられず、いつの間にか不利を強いられる。
そういう力関係を、俗に地力の差がある、と表現する。
国内でも十指に入る実力者を相手取るにはまだ経験が浅すぎた。
「ありがと、充分に楽しめたよ」
魔力を雑に爆発させた衝撃で強制的に距離を空けられた。
北斗の本来の距離は剣が届くほど近くない。今まで貴一に合わせて接近戦をしていただけだ。
そして魔力をここまで雑に扱われると対処は難しい。きっちりした魔法ほど止めやすいものはないから普段もどこかしら雑に扱っているけど、こんなのほとんど暴発させただけだ。北斗の魔力でそれをやると止めることなんてほぼ不可能。
貴一がもし普通の近接アタッカーだったなら、距離を空けられた時点で詰みだった。
だけどこの自称デバッカーは全ての武器種に精通しており、近接武器が使えなくなったとしても即座に遠距離戦に入ることができる。
「まだだ!
属性変換 : 風鏃+風鏃+風鏃」
バックステップの最中に持っていた剣と盾を送還しながら爆風をいなし、新たに弓を召喚。
そのまま風を三つ重ねて貴一の実力に不釣り合いな魔法が完成する。鏃に風の魔力が収束し、瞬きする間もなく射出。これを指一本で止めるのは今の呪いに侵されている北斗では無理だ。
……ちなみにだがこの三重の足し算は俺には無理だった。ちょっと練習すればできるかもしれないが虚しさに耐えきれそうにない。
「知ってるよ。風には火、だろ」
北斗が呟きながら生成した炎が貴一に向かう。
今度はある程度しっかりした魔法だ。火界咒を北斗用にチューニングした魔法。
このゲームには属性相性がある。というか作った。
火は水に弱いし、水は地に弱いし、地は風に弱し、風は火に弱い。
そして重ね合わせて変化したとはいえ弱点自体はそのまま、むしろより顕著になる。
北斗はそれを普通に知っているし、その知識を使って楽に勝てる魔法を使うことは自由だ。
「あぁ。今までは、な」
<<世界改変:五行説>>
貴一と北斗が互いに魔法を放ったと同時、ゲームの新たな機能を解放する。
北斗がこのゲームの知識を使うのは自由だ。そしてそれをいうなら俺の方だって、北斗がこのゲームの情報を知っている、という情報を元に対策を立てるなんて当たり前の話だ。
今までこのゲームでは地水火風の四元素を基準としていた。ゲームとして分かりやすかったからだ。
この西洋の思想を東洋思想の五行説に更新したらどうなるか。
例えば、風魔法を五行説に当てはめると木気になる。火はそのまま火気だ。
そして、火が燃えるためには木が必要であることからその二つの気には五行相乗の効果を実装してある。
「属性変換 : 木生火 > 火鏃+火鏃+火鏃」
いけ貴一。
北斗の魔法を種火として奪い取れ。
魔力の扱い方で貴一は北斗に遠く及ばない。
でも、その差は俺が補えないほどじゃない。
「まいったねこりゃ」
自身の術が脅威を増して跳ね返り、強さを縛られた強者になす術はない。
属性相性がのった貴一の魔法は、呪いがかかっている北斗を貫いた。
しばらく静寂が流れる。
ゲームと違って北斗はポリゴン四散する訳でもないし、"YOU WIN!"のリザルトが出る訳でもない。
「結界内に反応なし。北斗にここまで快勝できたのは久々だな」
「あー疲れた。何あれ、ホントに人間? しばらく動けそうにない」
それは俺も疑問だ。
しばらく見ない間によほど力を付けたらしい。
貴一が武装を完全に解いて廊下に大の字で寝転がる。緊張が解けて無視していた消耗が一気に襲ってきたのだろう。無理もない。
「死んじゃった、の?」
「あいつが死んだら辺り一帯が人の生息域じゃなくなるからそれはない」
篠宮の懸念を否定する。
そもそも殺して死ぬような奴か?
「改めてすまん。狙いは俺だとばかり思っていた。危険があるなら最初に言っておくべきだった」
事情を話していた貴一はともかく篠宮にとって今回の襲撃は寝耳に水だったはずだ。
理不尽だろうが謝罪を受け入れて貰うしかない。選択肢が一つしかない相手に要求を飲ませることは卑怯だ。
「あ、うん。それは構わないんだよ。こんなゲームがあるなら命狙われるくらいはあると思ってたし。次もあるなら私も一泡ふかせたいな」
しごくあっさりとした答えに一瞬何を言われたのか分からなかった。
さっきまで震えてなかったか?
「それだけでいいなら達成しているぞ。奴の襲撃を予想した時点で俺や北斗より未来予知が優れている証拠だ」
魔法使いが行動を起こす時、それを隠す技能は必須だ。
だからこそどの組織も質の高い占術師を獲得することに躍起になっている。あの北斗の襲撃を予知していた時点で篠宮は充分才覚を発揮している。今はまだ不安定とはいえこれが安定してできるようになれば完成系といえる。戦闘能力とかはおまけだ。
対人を考えなくとも天狐再臨のような災害を予知できるならアドバンテージは計り知れない。そんじょそこらの組織では確実に持て余すほど力を持っている
そしてそんな非戦闘要員を危険にさらした馬鹿は俺だ。
やっぱり組織の力がほしい。北斗に襲われても大丈夫な感じの奴。日本にいくつあるんだよそんな組織。
「なんか実感湧かない」
「篠宮は俺達ができないことを当たり前にできる。その才能を誇らないのは勝手だが自分の価値を理解くらいはしてくれ。なんなら実績が二人しかない魔法訓練装置より卵とはいえ一流の占術師の方が現時点での価値は上だ」
「えー。ありがたみ」
「文句言うな。そもそも在野に隠れていていい人材じゃないんだよ。自分が天才だと言う自覚を持て」
「手も足も出なかったじゃん」
「……まぁ北斗も天才だからな」
次の日。
あんな目に遭ってもそうそうルーティーンは変わらない。まだ貴一と篠宮は来ていないがじきに俺の教室に集合してくるだろう。その間に昨日の被害を確認・修復中。
最後貴一の攻撃から逃れた手段がまだよく分かっていない。たぶん転移系なんだがどうにもおかしい。身代わり系の何かも併用していることは分かるんだが詳細が全くつかめない。隠蔽していた魔法の解析は終わったがそれだけだ。
「流石に秘密だよ。いやあ魔法戦で怪我したのなんて何年ぶりかな」
「もう治ってるくせによく言う」
「あの程度の怪我を翌日まで引っ張る訳ないだろう」
北斗がよく分からない何かを使うのはいつものことだがここまで分からないのも珍しい。つまり北斗の実力の底を知るチャンスなんだがその底が全く知れない。
あの柏手だってヤバい。対抗するために新しい術式を組み込んでいるが、上手く機能するかいまいち自信がない。特等席で見たというのにこの体たらく。
「いやいや、もう見当ついているだろう」
「……天の逆手」
「ほらやっぱり。あれ一回こっきりの手品みたいなものだしあの時仮に二回目やってたら何か致命的な反撃してくるよね」
対策は精々二つか三つ。いや今考えたらもうちょっとあるな。
ただあの技をたかが手品と言い切るには強過ぎる。両手が塞がるのが難点だが詠唱すら必要ないとはどういうことだと小一時間問いただしたい。
「おっすー」
「こんにちは」
貴一と篠宮が一緒にやってきた。
ようやくか。昨日伝えきれなかったことを共有したかったのに遅れやがって。
「ごめん。ちょっとホームルームが長引いちゃって」
「私も」
「遅い」
「いいじゃん誤差でしょ。隼人君は厳しいなぁ」
「「……」」
俺達四人の間に沈黙が流れる。
よくよく考えたらこいつら北斗に関して昨日の敵対していた姿しか知らないんじゃ……
「属性変換 : 地斬+地斬+地斬」
先手をとったのは貴一。
大太刀を生成、しきらない内に駆けだして距離を詰める。まぁ北斗相手に先手とか後手とか気にしてもしょうがない。
――パン――
昨日は結界を半壊させたその技も、今日は貴一の武器を強制的に消失させるだけ。
結界の異常がないことを確認して、これなら次回は発動だって防げそうだと安堵する。
「はい、ボクの勝ち」
立て直しが一瞬遅れたな。
北斗はナイフを貴一の額に突き付け、勝利宣言した後にそのナイフをしまう。今日は敵対しに来たんじゃないから大人しい。
ちなみに昨日の内に五行説は世界逆戻した。あれは北斗に勝つためだけに作った世界だ。バグの温床を放置はできない。
北斗が貴一にマウント取りたくなる気持ちはよく分かる。
あれがこれからの時代の標準になるんだとしたら俺や北斗みたいな旧時代の魔法使いは絶滅する。今の内に勝ち誇っておきたい。
一応喜んでいいぞ。北斗は雑魚にマウントとるような性格じゃない。
「えっと、園崎君?」
「北斗、自己紹介してやれ」
「今度から話通しといてよ。桜坂北斗。隼人君と同い年でこのゲームのサウンド全般とスキルの一部を担当しているよ」
「「えっ!?」」
「あ、隼人君。今の天の逆手、スキル化しといた。もう隼人君には効かないし死蔵させておくには惜しいからね」
「おっ、気が利くな」
北斗がUSBメモリ(当然魔改造済み)を投げてよこしたのでさっそくゲームに組み込んでいく。流石に弱体化しているようだが、これなら俺でも普通に使えそうだ。貴一には逆立ちしても無理だが篠宮は練習すればすぐに扱えるようになるだろう。
「ちなみにこんなこともできるよ。
属性変換 : 風斬+風斬+風斬」
ナイフを再び取り出して風を三重に纏わせる。
貴一がやっていたことをこれ見よがしに真似してみせる。数秒で展開をやめてしまったが間違いなく昨日貴一が使った技だ。こうやって再現するあたりよほど悔しかったらしい。
「よくやるよね。トランプ使ってUN○やってる気分。UN○使いなよ」
「使えたら使ってるよ!!」
「そう、才能ない奴は大変だね」
「ぶふっ」
全くだ。
つい吹き出してしまった。本当に、言葉にできないほど大変だ。
「隼人?」
「悪い悪い。北斗、貴一は五連結までいけるぞ」
「……は?」
北斗の表情が驚嘆で固定された。
ただし、それをした当の本人は自覚なし。
「練習で数回成功しただけじゃん。実践だと四連結すら厳しいし、片手だと二連結が精一杯」
三連結は練習すればできる。
それだけじゃあ、こんな方法もあったんだと感心はしても脅威には感じない。所詮初見殺し、それこそ北斗の天の逆手と同じくらいの価値だ。
「ちなみに威力どんな感じ?」
「天狐の黒い狐火より少し強いくらいだった」
「はー。攻撃力だけならもうトップクラスじゃん。変態?」
準備してある程度のコストを消費すればできなくはない威力。
俺や北斗ですらノータイムノーコストとはいかない技を既に持っている。
「いつか七連結実現させてぎゃふんと言わせてやる」
「名前どうするのさ。大赤斑って木星の台風みたいな奴でしょ。これ以上の風ある?」
「……太陽系最大の風は木星じゃないし間になんかいいやつあったらいれる」
「あったんだ。知らなかった。でも恐竜時代を終わらせた巨大隕石は彗星説もあるよね。地の三重は解釈違い」
「なんで魔法使いが科学知識万全なんだよ。対極の存在じゃん」
「プロミネンスだって有機物の酸化による熱と光の放出現象じゃないし正確には火属性じゃなくない?」
「漢字で書くと紅炎だからいいだろ」
……。
……貴一と北斗が本筋から外れたところで争いだしたので意識を外に向ける。争いは同じレベルでしか発生しないというが、これは喧嘩と呼べるのか。
仮にも日本の最高峰にいるのなら魔法に触れて一年の奴にいちゃもんとか大人気ないとは思わないのか。
「このゲームって園崎君が一人で作った訳じゃなかったんだね」
「最初の構想と基幹システム、あとスキルも大部分は俺だな。北斗の他に後何人か手伝ってもらった。篠宮も占術系のスキルを作ってくれると助かる」
「いや、まぁ。精進します。あんまり長く待たせる気はないよ。それで、昨日はなんであんな茶番を?」
「コイツの所属している組織、結構な過激派でな。半端ものに魔法を扱われるのが大嫌いなんだそうだ。俺のゲームの出来が悪いならそんな不愉快な連中で溢れかえるだろうから反対しているんだよ」
その点は俺だって問題視している。
今の段階では信用できない連中にゲームを扱わせることができない。成功例が貴一から篠宮まで増えてない理由はそれだ。
あとは俺が殺されて技術が流出する最悪のケース対策。北斗が襲撃してくることである程度俺の城の防御力を喧伝する役目がある。桜坂北斗が墜とせないなら何をやっても無駄だ。そう思わせたい。
実際桜坂北斗の名はそれができるくらい重い。
「ちょっと情報が古いね」
「は?」
「あの程度の窮地、余裕で脱して欲しかったんだよ。仮にもこのボクが組織の長と仰ぐなら最低限の力を証明して貰わないと。まぁ実際は窮地にすらならなかったっていうんだからビックリだよね。期待以上」
北斗の待ったに間抜けな声を出してしまった。
意味を咀嚼して、とある可能性が頭を過る。どうか違いますように……
「【結社】、抜けて来ちゃった」
「お前マジでふざけんなよ!!」
桜坂北斗が無所属?
争奪戦の余波でさえ潰されかねないというのに正面から向かい合わないといけないだと?
「この完成度ならいけるって。一緒に天下とろう」
これ絶対周りから桜坂北斗を引き抜いたと思われるじゃねえか。いやその通りなんだけどもっとタイミングとかあるだろ。
しかも名目上俺の下につくと言っても御し切れる訳がない。勝手に導火線に火をつけて勝手に爆発させてあとよろしくと言われる未来が占術師じゃなくとも見える。
「どうせ隼人君もそろそろ組織の力が欲しいって思ってたよね。今ならバタついてるだろうし【結社】潰して吸収しよう。……それにそろそろ邪魔だったし」
「古巣に愛着くらい持てよ」
最後ボソッと呟いたの聞き逃さなかったからな。
その理論俺から離れる時にも使う奴だろ。
「じゃあこれから作戦会議しよっか。誰から引き抜く?」
「さらっと仕切るな。あと他の組織に喧嘩を売るな」
「貴一郎君。このゲームのグラフィッカーとシナリオライターに会ってみたくない?」
「ごめん、隼人。心揺れてる」
「【平和主義者】に勝てると思ってんのか北斗!!」
「残念だけどあの双子の性格からしてボクが正式に隼人君の下についたって耳にしたら……」
「やめろその先は聞きたくない」
「結夢ちゃん。エフェクト担当に興味ある?」
「ごめん園崎君。正直ある」
「よく考えろ。命を賭ける価値が本当にあるか!?」
「隼人にそれ言う資格ないだろ」
「確かに。今の会話聞く限りその人達を引き抜こうと……ううん、もう既に半分引き抜き済みなのは園崎君の仕業なんだよね」
「どうせボクが組織を抜けた時点で時計の針は回り出したんだ。先手取るなら今だよ」
「一番重要な情報隠してた奴が言って良い台詞じゃねえ」
……。
これは、後に現代魔法の基礎を築いたチームの結成秘話。
これから世界は加速度的に魔法に侵されていくことになる。
その中でひときわ強い光を放つ四つの一等星が今この瞬間、揃った。
世界初のダンジョンが観測されるまであと〇〇
その後、各地でダンジョン内のマモノが地上に溢れ出す迷宮大災厄がおこるまであと〇〇
謎の配信でとあるゲームが配信され、それをプレイした人が魔法を使えるようになると発覚するまであと〇〇
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