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探偵狂想曲―縺れたヘルメスの杖―  作者: 東堂柳
双子塔の殺人 プロローグ
2/18

日出最子の推理

 日出最子が推理を始めるとき、彼女は決まって腕を広げ、幅広の袖を整える。

 袖が鳴るパンという音が、まるで裁判所の木槌の音のように、その場を支配するのだ。


「それでは、謎解きを始めましょうか」


 彼女の凛とした良く通る声は、一同を引き込む力を持っていた。

 その場にいた他の人間と同じように、ぼくは彼女の姿を食い入るように見つめた。

 瞳を閉じた彼女の相貌は落ち着いていて、気品が溢れている。それはピンと綺麗に伸ばされた背筋からも窺い知れよう。

 彼女はそして、姿勢を微動だにすることなく、淀みのない語りを始める。


「ここ、北海道沖に浮かぶ死縞島しじまとうにある双之塔そうのとうで起こった一連の殺人事件。そして岩手県沖に浮かぶ大岩戸島おおいわとじまにある子之塔ねのとうで起こったもう一つの殺人事件。これらの謎をすべて、白日の下に晒すときが来たのです」


 今から起こることを、ぼくは記録しておく必要がある。

 名探偵・日出最子の携わった事件とその活躍を、広く世に知らしめるためだ。日出さんは自分の実績をひけらかすような真似はしない。それでもぼくは、彼女が世間に認められるべき名探偵であることを知っている。ぼくがやらないで、一体他の誰が彼女を有名にできるというのだ。これは助手であるぼくの使命といっても過言ではない。


「皆さんもご存知のように、二つの島の双子の塔を舞台にしたこの二つの事件は、名前の通り、多くのことが似通っています。私たちが島に呼び出された理由。孤島にある旧日本軍が建てた研究施設で起こった、名探偵たちの連続殺人。そしてその殺害方法。つまり、これらの事件は同じトリックを使って行われたと考えられるのです」


 日出さんの言葉を受けて、別の探偵が頷く。しかし今この瞬間においては、彼女以外の探偵など彼女の引き立て役でしかない。スムーズに推理を進行するための駒。


「そうだね。だから、双之塔側の犯人と、子之塔側の犯人は、何らかの共犯関係にあるんだろう。名探偵をここに呼び出し、同じ方法でお互い一人ずつ殺していく……。何の目的かは知らないけど」

「この事件は何から何まで、双子尽くしなのです。私が辿り着いた結論では、犯人もまた双子であるということです」

「そんな、犯人が双子だなんて……。そりゃあ、なんというかちょっと肩透かしだなあ」


 ノックスの十戒・ヴァンダインの二十則曰く、あらかじめ宣言されていない双子の存在はミステリにおいてタブーだ。

 しかし僕の落胆に対して、日出さんは顔色一つ変えずに批判した。


「ミステリ好きの方にしてみれば、犯人が双子というのは将棋で言えば二歩のような、初歩的で重大な反則でしょう。しかし、これは規則の上に構成された推理小説などではなく、現実に起こっている殺人事件。皆さんが驚く真実などというものは、多くの場合存在しないのです。私も探偵の端くれとして細々と活動してきましたが、真相を語ると関係者の方々は口々に何だそんなことかと仰られます。

 計画殺人を目論む犯人は、そこに自らの進退を賭けた並々ならぬ覚悟をもって臨んでいるのですから、自分の利点を最大限活用して、可能な限りリスクの少ない犯行に及ぶのが自然です。それゆえ、得てして真相も単純なものになるのです。僭越ながら述べさせていただきますと、ここにお集りの名探偵の皆さんは、知的好奇心を満たす目的で謎解きを行っておられたようです。事件の真相がその好奇心を満たすに充分なものなのだと寸分も疑わずに……。それゆえ、最も重要な犯人の思考や気持ちを、疎かにしていた節があったのではないかと思います」

「ミステリ談義なんていらないわ。それで一体、犯人は誰なの? 勿体ぶらずに言いなさいよ」


 別の女が怒気を孕んだ口調でせがんだ。

 しかし、日出さんは飄々としたまま、ペースを変えることなく、清流のような声で何事もなかったかのように話を戻す。


「事件を解くカギの一つは、二つの島にある塔に共通した構造。すなわち、円形の塔であるということ」

「やはり館を利用したトリックというわけか」

「そしてもう一つは回転……」


 場がどよめいた。彼女の言わんとしていることが、その場にいた全員に伝わったのだ。もちろん、この僕にも。


「日出さん、もしかして君が言いたいことって……」


「そうよ、片藁くん。双子の塔はどちらも、回転するのよ」


 彼女は断言した。

 でもぼくは、彼女の口からはっきりとその言葉を聞いても、未だに信じられない自分がいることに気付いた。

 回転する館で部屋の位置を錯誤するというのは、これまた推理小説では食傷気味の話。そもそも、塔が回転したからどうしたというのだろう。ぼくはまだ今回の一連の事件と、塔の回転とを紐づけられないでいる。


「言いたいことはわかるわ、片藁くん、でも少し待って。まず、私の話を聞いてほしいの。反論はそれから、いくらでも受けるから」


 目を瞑っているというのに、彼女はまるでぼくの疑念を見透かしたかのようだった。こうなると、ぼくはもう何も言えない。ただ彼女の二の句を待つだけである。


「このカギさえわかってしまえば、すべての事件の謎が解けてしまうの。密室もアリバイトリックも、何もかもね。

 それじゃあ、まずはこの事件を最初から振り返ってみましょう――」


 彼女の話はすべての始まり――ぼくたちがこの死縞島にやってきたところから滔々と始まった。

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