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探偵狂想曲―縺れたヘルメスの杖―  作者: 東堂柳
双子塔の殺人 第二章 首切り博士の存在証明
11/18

今更の自己紹介

 猿の頭を、人間の頭に、入れ替えた――?

 そして猿の頭を餌として与えた――?

 悍ましい発想とその結果出来上がる悍ましいキメラ。キメラが元々自分の胴体に繋がっていた頭を、サトゥルヌスの如く食らう悍ましい光景に、ぼくは腹から込み上げてくるものを感じ必死で抑えつけた。

 それでも日出さんの方はキッとした精悍な表情の眉一つ動かさずに、静かにええと答える。


「ふ、フン。そんなのはただの想像にすぎねェな。ここには好事家がよく来るって話だ。肝試しにでもやってきた奴が、悪戯でこの頭蓋骨を上に乗っけただけかもしれねえじゃねェか」

「それはありません。貴方が持ち上げた頭蓋骨にはかなりの埃が堆積していました。頭蓋骨だけでなく、他の骨にも積もっている。これは長い間誰にも触れられていない証拠です。さらに言えば、骨の下にあった猿の頭蓋骨の方は、その扉から腕を伸ばしても届かないところにあります。猿と人間の頭蓋骨の位置を、誰かが檻の外から入れ替えるのは無理です。以上から第三者の偽装工作という説は棄却できます」

「だが、それは檻の扉が壊れて開かなくなってるのが前提だろう。壊れる前にやったのかもしれねェだろうが」

「扉を見れば、内側からの力でひしゃげていることは明白です。それで開かなくなっているのですから、中の生き物がまだ動いている間に壊れたわけです。それより以前に骨に細工するなんてことは、できようはずもありません」


 日出さんは番田さんの反撃を躱し、一太刀のうちに切り捨てた。番田さんにはもう反撃の弾が残っていないようで、代わりに忌々しそうに舌打ちを発射するだけだ。


「フン、怖い顔して何をムキになってんだか……。まァ、今回はそういうことにしといてやらァ」


 言い負かされても尊大な態度は変わらないようだが、捨て台詞には口惜しさや苛立ちが混じっているのが感じられる。


「あァそうだ。まだ見てないなら、隣の部屋にも面白いもんがあるから見てみたらいいぞ」


 それだけ言い残して、番田さん――とお付きの幽霊は悪夢の飼育室から怪しい足取りで出て行った。

 彼の言う『面白い』が碌なものではないことが判明したので、気分が地面すれすれの低空飛行を始めている。それでも、依頼をこなすためには塔の中を調べるしかないのだ。

 日出さんが止めると言わない以上、ぼくに逃げる選択肢はない。

 と、そこに日出さんが呟くように声を掛けてきた。これ以上探索しないというなら大賛成だ。が、勿論そうではない。


「なんか恥ずかしいところ見せちゃったね。つい躍起になったりして」

「そんなことないよ。むしろかっこよかった。っていうか、溜飲が下がる思いだったよ。ぼくも番田さんの粗暴な態度には目が余っていたから。って言っても、へたれで何も出来なかったけど」


 苦笑する日出さんにぼくは気恥ずかしくも素直にそう言った。それでも彼女はやはり物憂げに首を振る。


「推理をする人間が、あんな風に攻撃的に言葉をぶつけたりしたらいけないんだよ。言葉もまた暴力だからね。私たち探偵は、その推理や言葉で他人の運命を簡単に弄ることが出来る。だから慎重にしないといけないんだ」


 彼女の重い言葉に、口から生まれたような三千目さんは耳を痛そうにしている。


「さ、隣の部屋を調べてみようか、片藁くん」


 鉛にでもすり替わったかのように重い脚を動かして、やっとの思いで隣の扉を開けると、やはり悪い予感が的中したことが、室内に入らなくても把握できた。

 そこは霊安室だった。冷房などとうに機能していないにもかかわらず、外気に晒されていた時以上のひんやりとした空気が、身体を芯から冷やして全身に鳥肌が立つ。

 奥の壁面にいくつもの扉が取り付けられている。番田さんがそうしたのか、それともほかの誰かか、あるいは最初からそうだったのか、扉のいくつかは開いたままになっていて、台の上に寝かされている死体の一つが入口からでもはっきり見えてしまった。それは白骨ではなく、肉をしっかりと残した裸の男。黄ばんではいるものの、てらてらとしたみずみずしさすら感じる肌は、まだどこか生命を宿しているのではないかと錯覚してしまうほどだ。恐らく長期間このモルグに保管されていたことで、死蝋化しているのだ。


「他の保管庫にも死体が残っているね。もう骨だけだけど」


 三千目さんが他の扉を開けて中を確認していた。彼の言う通り、ほとんどすべての保管庫の中に死体が入っていたが、死蝋化したのは最初に発見した遺体だけで、後はすべて既に白骨化していた。日出さん曰く、条件が揃っていても確実に死蝋化するとは限らないのだそうだ。しかしそれよりも何よりも異様なのは――、


「ほとんどの死体に頭がないね。頭だけじゃないけど」


 三千目さんはさっきと同じようなノリで呟いた。保管庫に入っていた死体のうち八割方、頭部――それに加えて別の一部――が欠落していた。そうして切断された死体の一部は、どうやら本当に餌として利用されていたのかもしれない。


「ぼくも流石にあの噂は眉唾ものだと思っていたけど、どうも本当みたいだね。頭部移植手術を行っていたっていう環博士の存在。それに彼の発狂も。猿と人間の頭を挿げ替えていたくらいだ。死体を鍋で煮込んで夕食にする程度のことは思いつきそうなものだね」


 九階での探索を終えたぼくたちは、どことなく沈鬱な面持ちでエレベータに乗って自分たちの部屋に戻ることにした。少なくともぼくは、今目にしたものが脳裏に焼き付いたまま離れず、初見で抱いた感想を頭の中で反芻してしまう。エレベータが到着するまでの間、ぼくら三人の間には一切の会話がなく、そのせいで余計に心中の蟠りが増幅する。三千目さんのほうはちらちらと日出さんの様子を窺って話しかけようとはしているものの、彼女の千里眼に手痛くやられたトラウマが未だ癒えていないのか、沈黙を破ろうとしてはその思いを引っ込めている。日出さんは言わずもがな、あんな光景を見たというのに、やはり何事もなかったかのように澄ました表情でいる。数多の猟奇事件を解決してきた彼女にとって、あの程度の惨状はもはや日常的なものなのかもしれない。

 ぼくは彼女と自分とのギャップの広さに、悔しさと嫌気とが入り交じった思いを抱いて悶々とした。彼女はぼくのすぐ隣にいるのに、その距離は途轍もなく遠い。

 そうこうしているうち、エレベータが到着した。

 エレベータは塔と同じく上から見ると円形になっているため、扉の部分も水平方向に湾曲している。中は思いのほか広い。それは壁に設置されている鏡で実際以上の奥行きを感じるせいというのもあるかもしれないが、少なくとも今塔にいる十人が全員乗り込んでも問題はなさそうだ。ひびの入った天井には星図が描かれており、それは鏡で拡張されて、本物の夜空のように広がっている。

 階段一階分が塔を半周するため、エレベータには扉が二つあり、偶数階と奇数階で開く扉が異なる。扉の脇には各階のボタンと、扉を開閉する為のボタンがある。京堂さんは便宜的に地上階を〇階として、地下一階を一階、地下二階を二階という風に呼んで説明していたが、それはこのボタンから来ているのだろう。エレベータの階数表示のボタンは、デジタル表記のように角張ったアラビア数字で〇から九までの十個あった。それぞれのボタンの隣には、ボタンと同じ数の漢数字が書かれたランプが付いている。

 ぼくは一を押し、三千目さんが二を押した。それぞれ隣のランプが点灯する。

 エレベータは大きく振動して稼働を始める。京堂さんの言う通りなら修理こそされているだろう。しかし、戦時中から使われていたのだとしたら、かなりの年代物ということになる。止まるだけならまだしも、落ちやしないかと冷や冷やした。

 その心配をよそに、エレベータの扉上部に設置された、古めかしい階数表示のメーターの針は、どんどん〇に近付いていく。

 発車するときと同じように大きな振動を伴って、カゴの動きが停まった。針は二を指している。乗り込むときと反対側の扉が開いて、三千目さんが降りた。


「じゃあ、また後でね」


 振り返った彼がふゥと一息吐いて、決心したように続けた。


「あ、そうだ。折角なら夕食かその後でもいいから、君たちの解決してきた事件について、話を聞かせてもらえないかな。ああ、勿論タダでとは言わないさ。情報にだって対価は必要だからね。代わりに僕の解決してきた難解な事件の数々を――」


 彼の長広舌は、もうトラウマから恢復したらしい。

 ぼくは何も言わず、速やかに閉ボタンを押した。

 日出さんの緊張していた表情が弛緩したのを見て、ぼくの口角も自然と上がった。


 *


 午後八時になると、〇階の食堂にはこの塔に訪れた客人の殆どが揃っていた。

 ぼくと日出さんは同じテーブルに並んで座る。しかし他の探偵は、全員が全員ぼくらと同じテーブルに座しているというわけではない。

 極彩さんと雨分形さんは入口近くのテーブルで向かい合って座り、何事か小声で話し合っている。

 番田さんと幽霊も別のテーブルで隣に並んでべったりくっついている。その距離感はぼくと日出さんの間にあるそれとはまるで違う。なんなら幽霊は番田さんの身体をずっと触っている。とてもじゃないが、ぼくは日出さんにそんな不埒な真似はできるわけはないし、隣に座っているとは言ってもぼくの身体は半分くらい、日出さんから離れるように椅子からはみ出ている。

 美神さんも一人で別のテーブルに腰を落ち着けて押し黙ったまま、どこかの一点を殆ど瞬きもせずに見つめている。蝋燭の灯だけの食堂でその姿を一瞥すると、本当に等身大の西洋人形だ。時折眼球が動くと反射的に身体が竦んでしまうくらいには、生命感が欠落している。

 同じテーブルに着いているのは、今も向かいで何事か延々喋っている三千目さんだけ。その内容の一厘くらいしかぼくの耳には入ってきていないが。もしかしたら、それは大して反応していない日出さんも同じかもしれない。

 この場にいないのは夕食の準備をしている京堂さんと、一竜くんだけだった。生意気な小学生は呼ばれないと食事の席にも来ないのだろうか。

 その時――、


 ――プルルルル。


 どこからか電話の着信音が響いた。ビクッと身を震わせたぼくは辺りを見回した。

 この島では携帯電話は繋がらない。掛かってくるとするなら塔の中のどこからかで、この食堂のどこかに内線電話があるのだ。ぼくが見つけるよりも早くに誰かが受話器を手に取ったらしく、呼び出し音は消え、受話器の向こう側に応答する声が聞こえた。

 ようやく準備室へ通ずる扉の脇に電話が設置されていることに気付いた。応答したのは極彩さんのようだ。


「晩餐の支度が整ったそうだ。隣室の空間を貫く匣で転送したとの言伝だ」


 回りくどい言い回しだが、運搬用エレベータで料理を準備室に送ったということだろう。臆面もなくこんな中二病臭い言い方をするのなら、普段の生活でもこうなのだろう。一体どんな仕事をしているのか知らないが、生活に支障が出るのではないかと、余計な詮索をしてしまう。


「じゃあぼく運びますよ」


 ぼくは立ち上がった。推理のできないぼくにやれることはこのくらいだ。働かざるもの食うべからずである。

 隣の準備室は食堂と同様に暗い。灯という灯は作業台の上のランタンのみ。ランタンを掲げて周囲を見回して、ようやくその全貌がわかる。冷蔵庫、電子レンジ、シンク、作業台が二台ずつ。空いたスペースは食器戸棚で埋められていた。六階の厨房と同じく、二台のシンクの間に作業台があり、その壁にスライド開閉式の扉が設置されている。これが料理運搬用のエレベータだ。

 エレベータの扉を引き開けてみると、既にそこには銀のクロッシュで覆われた皿が六つ届いていた。思っていたより奥行きがあったらしい。いくら運ぶくらいしか能がないとはいえ、一度にこれだけ沢山来るとなると、とてもぼくの手に余る。


「片藁観月、そんなところで何を突っ立っているのかしら? この私が直々に手伝ってあげるのだから、下々は下々らしく、せこせこ働きなさい」


 こんな時はてっきり日出さんが助けてくれると思っていたが、思わぬ加勢にぼくは振り返って確認した。扉の前に立っている影が近付いてくる。灯の範囲にその人物が踏み込むと、影の中からその白い表情が露呈する。わざわざフルネームで呼ぶ高圧的な女性の声。そこにいたのはやはり美神さんだった。

 失礼ながら、ぼくにはとても彼女が食卓の配膳を手伝うような人種には見えなかった。むしろぼくのような下郎が運んでくるのを、テーブルでふんぞり返りながら早くしろと急かしそうなものだが。

 どうやらその思考が脳味噌から顔面に垂れ流されていたようで、美神さんが綺麗な眉間に似つかわしくない谷間を作る。


「なんです、その顔は。どうせ私は、運ぶより運ばせるのを嬉々としてする人間だとでも思っていたのかしら」


 ギクリとした。


「図星ね」


 仰る通りです。


「素直でよろしい」


 ぼくの言わんとしていることなど、美神さんには封筒の中身を透かして見るが如くに御見通しのようだ。もはや口を動かさずとも会話が成立している。平伏してしまいそうになる身体を何とか持ちこたえさせた。


「私ほど育ちの良い人間は、他人様のために自らが率先して動くよう教え込まれているの。優雅となるも怠惰となる勿れ。それが由緒ある美神家の家訓というわけ。だからこのくらいは、お淑やかなレディーとして当然の嗜みだわ」


 お淑やかなレディーというのが斯くあるべきかどうかわからないが、彼女の心遣いは素直に嬉しかったので、素直に受け取っておくことにする。


「ほら、片藁観月。持ちなさい」


 美神さんは有言実行で、率先してエレベータの中の皿を四つ取り出し、それをぼくに強引に持たせた。両手どころか両腕まで皿で塞がる。翻って食堂に向かおうとすると扉が閉まっていた。開けられずに困惑しようとしたところで、タイミングよく扉が開かれる。

 誰かと思えば、今度こそ日出さんだ。いつも彼女は図ったように適切なタイミングで現れるのだ。いや、実際図っているのかもしれないが。


「どう、片藁くん。手伝う必要ありそうかな?」

「できればそうしてくれると助かるよ」


 安堵したぼくは日出さんと入れ替わりで食堂に入り、皿を適当な順番で各人の前に差し出した。

 そのあと再度料理を取りに戻ると、今度は日出さんが皿を四つ腕に乗せてよろよろと現れた。彼女も美神さんの被害者になったらしい。手伝おうかと声をかけたが、彼女は大丈夫とだけいう。

 だからと言ってここで、はいそうですかと引き下がっては彼女の助手見習い以下略としても男としても面目が立たない。半ば強引に奪うような形で彼女から二皿受け取った。

 結局色々御託を並べていたものの、蓋を開けてみれば美神さんはエレベータから料理を取り出すだけで、テーブルまで運ぶのも食器を並べるのも、全部ぼくと日出さんと時々三千目さんの仕事だった。働いているという大義名分は得ながらも、ちゃっかり一番楽な役に収まるあたり、彼女の利口さというか狡猾さというか、処世術の上手さが窺える。

 食卓にすっかり料理が並べられ、クロッシュから漏れる香ばしい香りが鼻腔を擽り、いよいよというところになってようやく生意気な小学生が姿を現した。


「ああ、お腹空いたァ」


 無邪気そうに伸びをした彼は、配膳済みの空いている椅子に何の悪気もなく座って、まだ誰も手を付けていなかったクロッシュの蓋を取り、


「こんな辺境な所だからさして期待してなかったけど、なかなか旨そうじゃん」


 この距離だと暗がりでよくわからないが、早速銀食器を手に取って皿に載せられた料理を頬張っているようだ。悪くないねと可愛げのない感想を述べつつも、さらに口に入れる。

 傍若無人な振る舞いに苛立ちを覚えるどころか呆気に取られていたが、その様子を見ていたらいい加減に空腹も限界を迎えてしまい、ぼくもええいままよと食べ始める。それを契機に次々と他の皆も食事を始めた。

 そのすぐ後に京堂さんが厨房から戻ってきて、何か注文があれば何なりとお申し付けくださいとだけ言うと、部屋の隅に引っ込んでしまった。引っ込んだとは言うものの、食事しているぼくらをただ黙って見詰めている。監視されているみたいで、あまりいい気分ではない。いよいよもって刑務所のようだ。

 ぼくらのちぐはぐさを表すかのようにバラバラな食卓。一週間を同じ屋根の下――同じ地面の中で過ごすというのに、テーブルも別々で会話も親睦もない。ただ番田さんががなり立てている汚らしい咀嚼音だけが食堂を満たしているその様は、この先の集団生活の様相を早くも絶望に染め上げていくようだった。

 逸早く食べ終わったのは体躯の大きな三千目さんだ。

 彼はほんの二口三口で三百グラムはあるであろうチキンステーキを胃の中に収め、サラダもライスも水のように呑み込んで、供された品を綺麗に平らげると唐突に立ち上がった。

 部屋に戻るのかと思われたが、彼は脚を動かさずに口を動かした。


「皆さん物静かですねェ。僕はこういう静かなのはどうも落ち着かなくて……。どうです、こうして高名な探偵の皆さんが一堂に会したのも何かの縁というものでしょう。袖振り合うも多生の縁などという言葉がありますが、僕たちは袖を触れ合わせるばかりか、一週間を絶海の孤島で肩寄せ合って過ごすわけで……。少しでもこの晩餐会を盛り上げるためにも、折角ですから皆さんお互いに自己紹介でもしましょうよ」


 三千目さんが言い出すからまた何か変なことだと勘繰ったが今回は至極まともだ。しかし面倒くさそうにエーと子供っぽい声を上げたのは、実際子供の一竜くんだった。

 それでも今度は三千目さん、挫けない。そのへらへらした顔の下でどんな感情を抱いているのかぼくには察せないが、彼はいつものちゃらんぽらんな軽い感じのままでいる。


「じゃあ言い出しっぺの僕から始めますよ。僕の名前は三千目通。東京生まれの東京育ち。裕福な家庭に生まれ、御三家幼稚園の一角に合格した流れで小中高と優秀な成績を修め、東京大学に現役合格。現在は数学科に在籍し、講義の片手間に警察が頭を抱える難事件の解決に手を貸しています。僕が手掛けた中で、最も僕の頭を悩ませたのは、『東京二十三区一家連続殺人事件』でしたねェ」

「現代日本の『ABC殺人事件』と仰々しく呼ばれていた、あの事件か」


 極彩さんの言葉で思い出した。

 去年の今頃の時期に、二十三区内で次々に一家全員が惨殺される事件が相次いで発生した。被害家族には接点などなく会社や学校でも品行方正、成績優秀で通っており、近隣住民からの評判も厚かった。また、いずれの家からも金品が盗まれた形跡があることから、当初警察は行きずりの強盗という線で捜査していたが、周辺に聞き込みをしても怪しい人物は見当たらずじまい。一向に進展しない捜査にマスコミが騒ぎ立てて都民の扇情を焚きつけていたのを記憶している。おまけに被害家族の苗字が伊藤、六嶋、葉山…といろは順だったために、日本の『ABC殺人事件』やら『いろは殺人事件』などと呼称されていたのだ。


「『ABC殺人事件』なら被害家族の一人が本命で、残りの家族は真の動機を隠すためだけに殺された……ってことですか?」

「原典ではそうだけど、この事件では違ったんだよ」


 ぼくの質問に対して、ちッちッと指を振って格好つける三千目さん。


「強盗だとしたらおかしい点として、金目のものの中でも、手を付けられていたのは、少し探せば簡単にわかる場所のものばかり。金庫や鍵のかかった抽斗の中の物には、一切触られた形跡すらなかった。わざわざ家族全員を殺害しているなんて面倒なことをしたにも係わらず、盗みの方はどうにも適当だ。その時点で僕は殺人の方が真の目的だと見抜いていたよ。そこで、被害家族の共通点をもう一度よく洗い出してみたんだ。共通しているのは、夫が一人、妻一人、子供が少なくとも一人という構成のみ。逆に言えばそれだけだ。だからこそ警察も強盗だと決めつけていたわけだけど、僕はこの天賦の頭脳でさらに気付いたのさ。被害家族に共通していたのは、正確に言えば、”中学二年生”あるいは”高校二年生”の子供が少なくとも一人ということに。そしてそこからあることに辿り着いた。彼らは品行方正かつ成績優秀で、全国模試でも上位に名を連ねている子供たちばかりだった。これが何を意味するのかと言うと――」

「あァ、なんだ。つまるところ犯人は全国模試の上位者名簿から適当に選んで殺った。犯人は同じ学年のガキ――それも中坊と高校生の少なくとも二人を持つ家族。受験競争のライバルを僅かでも減らすためってとこか。くだらねぇ。いろは順も家族全員の殺害も盗みも、全部その動機を隠すための目晦ましってなわけだ」


 自分の口から言いたかったことを、つまらなさそうに番田さんにいとも容易く言われてしまった三千目さんにはすっかり立つ瀬がない。彼はばつが悪そうに行き場のなくなった言葉を呑み込んで、苦虫を噛み潰したようなへらへら顔になった。


「えェ……。まァそんなところです。流石は皆さん名探偵と言われるだけありますね……」

「大きく騒がれてた割には、単純な事件だったよね。あれくらいで頭を悩ませているようじゃあ程度が知れるっていうか、なんていうか」


 一竜くんのいつもの煽りが炸裂する。


「それなら僕の方がまだマシそうだね。じゃあ次は僕が自己紹介しようか」

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