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探偵狂想曲―縺れたヘルメスの杖―  作者: 東堂柳
双子塔の殺人 第二章 首切り博士の存在証明
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類人猿のキメラ

「ど、どうしてそこまで見てきたみたいに……」


 唖然としている三千目さんだったが、納得のいく解を見つけ出したらしく、日出さんを指さした。


「ああ、そうか、僕のことを調べたことがあるんですね? ここに来るまでも僕の跡をつけていた。だからそんなに詳しく――」

「いえ、不勉強でお恥ずかしいですが、貴方の名前は今日、乗船前に初めて知りましたし、私たちはここまでバスできたので、道中貴方がどうされていたのかは見ていません。だよね、片藁くん?」


 三千目さんと同じくあんぐりしていたぼくだったが、急に振られてなんとか頷く。


「じゃあ――」

「日出さん、種明かしをしてくれないと、ぼくには何が何だか、それこそ神通力でも見せられたみたいな気分だよ」


 すっかり置いてけぼりを食らったぼくは、情けないことに彼女に泣き縋ることしかできない。


「片藁くんにはせっかくだから、どうやって私がこの結論に至ったか、もうちょっと考えてもらいたいところなんだけど……。三千目さんも知りたいようだし、話すわね」


 うんうんとぼくは頷く。この時ばかりは三千目さんが傍にいてくれて良かったと感謝した。


「簡単なことなんだけど、彼はさっき仏教の話をしたよね?」

「ああ、忍者のポーズしながらね」


 すると彼女は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になったかと思うと、次いでクスッと吹き出した。失笑するときでさえ、手で口元を抑えて笑う彼女の姿。その柔らかな相貌からは、平生の近寄りがたい凛とした雰囲気が抜け落ち、上品さの中にも等身大の高校生らしい可愛らしさがあった。


「あれは忍者のポーズじゃなくて、印相。仏様が両手でするポーズのことよ」

「でも、それって普通こうじゃないの」


 ぼくは首を傾げながら、右手を胸の前で立てて、左手の手のひらを天井に向けて腰に添えてみせた。

 しかし日出さんによると、これは施無畏与願印せむいよがんいんといって、奈良は東大寺の廬舎那仏や釈迦如来がよく取っている印相だそうだ。鎌倉は高徳寺の阿弥陀如来像は定印じょういんと呼ばれる印相を取っていたり、茨城は東本願寺の牛久大仏は来迎印といって、指で輪をつくる印相をしているらしい。


「普段、仏像をまじまじと見たりすることのない私たちにとっては、そうした印相が仏像のイメージになっているけれど、三千目さんが見せたのは智拳印ちけんいんといって、大日如来が結んでいる印相なの」


 まじまじと見ていない割にはやたらと精通している日出さんは一体なんなのだ、とぼくは心の中で突っ込みを入れた。口に出すのはさすがに畏れ多い。


「仏像を示すのにわざわざ智拳印を見せるということは、その印相の仏像に馴染みが深いから。つまり、自分の家の宗派が大日如来を本尊としている真言宗だから。手首につけているのも真言宗の数珠だしね」


 彼女は三千目さんの袖を指さした。ああ、と三千目さんが袖を捲ると、確かに彼の腕には数珠が巻き付いていた。袖口から垂れていた、毛玉のついた四本の紐は、その数珠に結びついていたものだったのだ。


「それにそのネックレスもそう」

「この、燃えている栗みたいなのが?」

「一竜くんもそんなことを言っていたけれど、これは三弁宝珠を模した飾り。三弁宝珠は真言宗では五智如来の一尊として知られる宝生如来の三昧耶形さんまやぎょう


 日出さん曰く、真言宗では、大日如来の持つ五種類の智慧――五智のそれぞれに仏尊を割り当てており、その五尊を併せて五智如来と呼ぶのだそうだ。そして三昧耶形とは、仏様の力や性格を表すアイコンのようなものらしい。


「五智如来の中で宝生如来の三昧耶形を象ったネックレスだけを子供に与えるよりも、五智如来のそれぞれの三昧耶形を兄妹に分け与えたほうが据わりが良いでしょ」

「だから五人兄妹……? でも四男一女っていうのは……?」

「五智如来には真言宗の本尊である大日如来も含まれているの。当然他の四尊とは少し趣が異なっていて、一般的に五智如来では大日如来が中央に、残りの四尊が東西南北に配置されているし、割り当てられている智慧というのも、法界体性智ほうかいたいしょうちと言って、他の四つの智慧を包含した究極的な智慧とされるもの。それに、大日如来は『万物の慈母』とも称される仏様だから、それに倣っているとしたら、女の子に大日如来の三昧耶形を模ったネックレスを、男の子四人に四尊の三昧耶形を模ったネックレスをそれぞれ渡したんじゃないかなって。単純な考えだけどね」


 全然単純じゃない、とぼくは思った。


「まあ、それだけじゃ不安だったから、念のためにコールドリーディングも併用したわ」


 つまり、先程の彼女の超能力者めいた言い回しは、単なる悪戯心からというよりも喋りながら彼の様子を窺い、確信を得るためのものだったのだ。


「子供の頃に贈られたっていうのは、ネックレスのサイズが小さいからっていうのと、ところどころ塗装が剥げているから……かな。でもそれだけじゃ、誰が贈ったかまではわからないよ」

「そうね。この辺りは推理というよりも大分予想に近くなってしまうけれど、小さい頃に兄妹で貰ったネックレスを後生大事に付けているということは、その頃から今まで大事に思っている人――近親者から貰ったものだと考えられるわ」


 それでまず思いついたのが両親。だが、彼の反応的に違うとみて、祖父母と言い直したのだろう。でも親戚の可能性だって――。

 と思ったところを、ぼくの疑念を読んだかのように、日出さんが答える。


「船の中での激昂ぶりからすると、親戚よりも近しい人――祖父母のほうが可能性が高いと思っただけで、そこは確率の問題ね」


 やはり千里眼があるのかもしれない。それともぼくの考えていることはあまりにも素朴だということだろうか。


「それに、ついさっき父方の実家でうるさくしすぎて棒で叩かれたって話を聞いたから、きっとその父方の祖父母がお寺で住職か何かの仕事をしているのかもと思ってね。いくら孫がうるさいからって、棒で叩くなんて尋常ではないでしょう?」

「あ、なるほど、棒って警策のことか。じゃあ、四国に住んでたっていうのは? もう亡くなっているというのはどうして?」

「真言宗派のお寺は関東近郊及び近畿・四国に多くあるの。三千目さんは東京生まれの東京育ちでしょう? 近畿なら新幹線でも充分だけど、わざわざ飛行機で行くなら四国かなって。恐らく三千目さんが中学生の頃に亡くなられたのでしょうね。彼の性格なら中学・高校に上がっても騒いでいそうなのに、小学生の時に騒いでよく怒られたとしか言わなかった。多分、中学以降は帰省することがなくなったから。つまり、お二人とも亡くなって帰る必要がなくなったからということ」

「じゃあタクシーとか、海鮮料理がどうのとかはどうしてわかったの?」

「広尾町から一番近い空港は、私たちも使ったとかち帯広空港。三千目さんは背が高いから、私たちと同じ便に搭乗していたことには気付いていたわ」


 ぼくは気付かなかった。日出さんとの初めての旅行の上に、事件の臭いのする依頼のせいで、完全にテンションが上がって周りが目に入っていなかった、と言い訳させてほしい。


「空港からここまでに鉄道はなかった。そして、私たちの乗っていたバスにも彼の姿はなかったよね。約束の時間に間に合うには、あの便かその次のに乗るしかない。でも次の便だとバス停から港までの移動で到着がギリギリになる。彼は十五分前に待ち合わせ場所に来た私たちよりも先に到着していた。つまりバスではない。レンタカーなら待ち合わせ場所の近くに車を停めるはずだけど、『わ』や『れ』ナンバーの車は停まっていなかったし、これから一週間を島で過ごすとなると、わざわざレンタカーを借りようとは思わない。だからタクシーしかないと思ったの。それに、彼のバッグの持ち手のマジックテープに、フードのファーがいくつも付着していた。バッグに頭をもたれていた証拠ね。車内でバッグに寄りかかって寝てしまったんでしょう」

「そうか、飛行機の中じゃ、あの大きな荷物は棚にしまうし、船の中ではバッグは足元に置いていたから、付着するとしたらタクシーの中しかない」

「そういうこと。それから、船の中で握手を求められたときに感じたのだけど、指から微妙に山葵の臭いがしていた」


 これもぼくは気付かなかった。鼻は詰まっていないから、ぼくが悪いというよりは日出さんの嗅覚が人並外れていると言える。名探偵になるためには頭脳だけでなく、研ぎ澄まされた五感も必要ということだ。そもそもピースを見つけられなければ、推理というパズルを完成させることはできないのだから。


「バッグの中には北海道にほとんどの店舗を持つコンビニチェーンのおにぎりやサンドイッチの袋がかなりの量入っていたけど、お寿司や海鮮丼みたいに、山葵が指に付着する可能性のあるものはなかった。つまり、コンビニではない別の場所でお昼御飯を食べ、その時に付着したと考えられる。コンビニで昼食を済ませたなら、別の場所でお昼御飯を食べる必要はないから、これらは昼食後に購入して食べたことになる。となるとそれは、お店で食べた昼食が足りなかったから。お店で食べたのなら追加で注文すれば良いのに、わざわざコンビニであれだけの量を買って食べたということは、そのお店の味が口に合わなかったからじゃないかと踏んだわけ。空港から港までの最短距離になる道のりに、そのコンビニチェーンの店舗は一件しかなかった。ということは、空港からそのコンビニまでの間のどこかで食べたことになるよね。その区間であの時営業中の場所となると、途中バスの窓から見えた、幟の立っている海鮮料理屋しかなかったの」

「それなら性格の部分は? ぼくはてっきり自信過剰な人だと思ってたけど」

「初歩的な心理学の話なんだけど、兄妹が沢山いる場合、親にかまってもらいたい思いや他の兄妹よりも優秀に見られたいという思いが強いことがあるの。つまりかまってもらえない不安や兄妹と比較される不安から、良く喋り自慢も挟むことで、他者に強くアピールしている。頻繁にやっている作り笑いと同じく、自信のなさの裏返しというわけ」


 一から十、いや百まで説明を受ければなるほど納得だ。彼女の千里眼はすっかり解体されて、その神秘性を失った。手品のタネを聞けば何でもないことに思えるように、これだけ解説されると部分的には自分でも出来そうな推理に思えるものだが、実際何のヒントもなしに〇から組み立てるのは、ぼくには到底成し得ない至難の業である。


「ま、まァ、さすがはこの島に招かれた探偵だけはあるね」


 何から何まで言い当てられた三千目さんは、彼女にすっかり畏怖の情でも抱いているようで、二メートル超の巨躯が小さく見えてしまうほど萎縮しているようだった。自慢の饒舌もすっかり鳴りを潜めている。

 なんとなく気まずい空気になってしまったので、ぼくは周りをきょろきょろと見回した。すると、今の会話をしているうちに、いつの間にか六階まで下りてきていたようだ。

 左の扉に倉庫、電気室、厨房と順に記してある。


「あ、ほら、二人とも、この中ちょっと見てみようよ」


 ぎくしゃくした雰囲気を断ち切るように、ぼくは倉庫の中に入った。

 何か話のタネになるものでもあればと思ってのことだったが、倉庫の中は段ボール箱が雑然と積まれているだけの粗末なもの。殆どの箱はガムテープで封がされたまま。中を検めるのも憚られるが、側面に内容物が記入されており、それを見る限り飲料水・食料品・替えのシーツ・蝋燭やマッチ、懐中電灯、トイレットペーパーや石鹸などの日用品が収められているようだ。

 塔の中はどこもかしこも暗いため懐中電灯だけ失敬して、ぼくらは倉庫を後にした。

 隣の電気室は発電機の音がうるさいだけで、室内自体は寂しいものだった。獣のように唸り声をあげて振動している数台の発電機と、その獣の食糧たる化石燃料の入ったポリタンクが大量に置かれているだけ。特筆すべきものはない。

 更にその隣の厨房に入ってみると、京堂さんが調理をしている真っ最中だった。動きづらそうなタキシードを着たままよくやるものだが、未だに登山リュックを背負ったままというのも奇怪に映る。

 厨房内も一人なら充分な広さの調理台と、コンロ、オーブン、レンジ、シンクと一通りの設備は整っているようだ。最奥のシンクの間に位置する壁のところに、調理用のエレベータと思われる小さな扉があった。あれが〇階の準備室に繋がっているというわけだ。

 せっせと夕食を拵えている京堂さんの邪魔をするのも悪いということで、ぼくらはすぐに厨房を辞して、さらにその階下へと歩を進める。懐中電灯のおかげで、薄暗かった足元も明瞭に認識できるようになったが、逆にぼくらの光の埒外にある空間には、追いやられた闇が一層濃く滞留していた。

 七階と中二階の研究室の中は殆ど何もなかった。この部屋には蝋燭すら灯されておらず、懐中電灯で隅々を照射して探索したが、金属製の机と木製の椅子がいくつか。廃墟への闖入者の仕業か、数台の木製の棚の中は大半が壊されたガラス製の研究器具。それと瓶や容器に入った薬品や素材が取り残されているだけで、当然当時の資料や実験に使われた検体などは発見することもできなかった。

 棚の薬瓶にはまだ液体が残っているものもあったが、ラベルを見るにとてもお目当てである不死の医術に関係しているものではなさそうだ。そもそも、こんな簡単なところにあったら、わざわざ探偵に探させるような真似などしないだろう。


「閉鎖するときに粗方持っていかれたようね」


 とは日出さんの言だが、それにしてもここまで何もないと、これ以上探しようがないし探す気力も雲散霧消してしまう。

 八階も似たようなものだった。発見と言えるようなものは、部屋の棚の中に何着か黒カビの生えて薄茶けた、白くもない白衣があったことと、『被驗者三十二號、爆破ニヨリ斷烈セシ右大腿部接合手術ノ經過報告』という部分だけ読み取れる、これまた薄茶けた紙片が机の抽斗の奥に挟まっていたことくらいである。

 この様子では九階もそうだろうと半ば落胆しかけていたが、その予想は嫌な方向で裏切られることになった。

 足が竦んだ。研究室内の、その異様な光景に。

 そこに整然と並んでいたのは、人間でも一人は入ることができそうな巨大な鉄製の檻。何十年と土中の塔で闇の中に封じ込められていたという事実から醸成されている禍々しさも然ることながら、鉄格子の隙間から見える檻の中には、人のものとは思えない長くて黒い毛が大量に散乱していたり、犬やら猿やらの白骨が転がっていた。檻の壁面は格納されていたであろう動物の爪跡で、黒ずんだ血痕とともに生々しく傷つけられていて、当時の惨状を容易に連想させる。


「きっと、実験動物の処分が面倒で、ここに置いて行ったのね」

「酷い話だ」


 ぼくは口元を抑えた。自分の意思などお構いもなく、人間の勝手な戦争に勝手に手伝わされた挙句、用済みになったら見棄てられる。太平洋上の孤島の、そのさらに狭苦しい檻の中で、人々の記憶から忘れられて、ゆるゆるとただ餓死するのを待つだけの動物たち。そう考えたら、悲哀や同情よりも憎悪や憤怒とも言えそうな黒々とした感情が、肚の底から沸々と湧き上がってくるようだった。


「それだけじゃねェさ」


 不意を突かれて吃驚したぼくらが振り返ると、入口傍の壁に寄りかかるようにして番田さんが立っていた。が、よく見たら壁と彼の間には幽霊女が潜んでいた。肩に手を載せて顔だけ――といっても髪の毛でその表情は窺えないが――ひょっこり出している姿はまさに心霊写真に写りこむ幽霊そのものである。

 番田さんは右手に持っていたスキットルを呷ると、


「面白れェことに、猿の骨に混じって人骨が紛れてんだよ」

「ってことは、まさか人間の実験体もこの檻の中に?」


 ぼくは想像した。猿や犬のような動物たちと同じ檻の中に入れられたまま、何日も何週間も何ヵ月も放置されて、空腹で緩やかに身体の力を失い死に行く人間の姿を自分に置き換えて。そしてその悍ましさに身震いした。

 が、日出さんと三千目さんが首を振っているのが見えた。次いで番田さんにも否定される。


「そいつは違えな。檻ン中の骨は殆どが猿のもんだ。そこに人間の骨が一部混じってるッつうわけだからな」

「人間の死体の一部を餌として与えていたんでしょう」

「あァ、兄ちゃんの方が坊主より賢いみたいだな」


 当たり前だ。ぼくはただの助手見習い前頭百枚目である。いくら三千目さんが他の探偵から小馬鹿にされているキャラを着々と確立しているとはいえ、自称、警察から捜査協力を受けている立派な探偵なわけだから、ただの一般高校生が勝てるわけない。

 頭の中で突っ込みを入れるぼくをよそに、番田さんはおもむろに檻に近寄り――無論背後に幽霊を携えたまま、ひしゃげた扉の隙間から強引に腕を伸ばし、目当ての頭骨を鷲掴みにした。さながら籤引きでもするような彼の所作には、遺体に対する畏れなど微塵も感じられない。それどころか顔を間近まで近付けていって、酒臭い息を吹きかけ頭蓋骨に載った埃を払い飛ばしている。

 ほれ、と言って見せたそれは、明らかに他の骨と違って下顎が突き出ておらず、割れてしまってわかりにくいが、頭蓋骨の部分が肥大化している。人間のものに間違いなさそうだ。扉がまともに開かないから髑髏もつっかえて取り出せないでいるが、もし取り出せていたら、番田さんが一人一人の眼前に突き付けたことだろうという気がしてゾッとする。

 番田さんはその骨を肴に、またスキットルを天井に向けた。


「頭だけになっちまってるこのホトケさんも、例の首切り博士にやられたんだろうよ。その上、頭は犬畜生の餌になっちまうわけだからな、前世でどんな罪を犯したらこんな仕打ちを受けンだろうな。俺ァこんな風には死んでもなりたかないね。……って、死ななきゃこうはならねェか」


 番田さんはそれだけ言うと、持っていた髑髏を檻の中に放った。他の骨に当たって弾けるように欠片が飛び、乾いた音が鳴る。

 遺体をただの物としか見ていないのだろう。自分でイカれた博士だと言っていたが、彼の精神は戦時中に非道な人体実験を行っていたという博士らと共通しているのではないのか。ぼくは彼に対して生理的な嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 ポーカーフェイスの日出さんも眉を顰めているのが、今度はぼくにもわかった。


「残念ながら――」


 そして彼女は、眼光鋭く睥睨しながら番田さんに詰め寄った。彼女の機微に疎いぼくでもわかる。怒っている。それも物凄く。


「貴方の推理は間違っていますね」

「何?」


 どすの利いた声で凄む番田さんに怯むことなく対峙する日出さんは、袖を鳴らして戦闘態勢に入る。


「今しがた貴方は骨の上に載っていた、その頭蓋骨を手に取りました。しかし、おかしくはありませんか」

「どこが」

「あれが檻で飼われていた猿の餌だったとしたら、どうして猿の骨の上にその頭蓋骨が載っているんでしょう?」

「あ、そうか……」


 埃の積もっていたその頭蓋骨は、当然他の猿の骨の上にあったのだ。猿が身体の上に載せながら死んだのでもない限り、猿の遺骨の上に餌が残るはずがない。


「餌じゃないならなんだってんだ、姉ちゃんよ、あァ?」

「わかりませんか? この事実と、逆に猿の頭蓋骨の上には、他の骨が載っている状態。そしてこの塔で環博士が行っていた実験を鑑みれば、大方の予想はつくと思うのですけれど」

「――まさか」


 真っ先に声を挙げたのは三千目さんだが、番田さんも彼女の言わんとしていることに気付いたらしく、ぎょろりと目を見張っている。


「き、君はまさか、頭部移植を猿と人間との間で行ったと……。そして餌として与えられたのは猿の頭の方だったと、そう言いたいのか?」

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