06話:私は、主人公にはなれない
今日はもう日が暮れているから、魔理沙は俺たちを家に一晩置いてくれることになった。その代わりとして、今は部屋の掃除をさせられている。かれこれ二時間ぐらい片づけをしているが、まったく部屋がきれいになる気配がない。置いてあるものはほとんど捨てる気がないらしいので、尚更だ。
にとり「うげぇ、あんたの部屋汚すぎだよ~」
魔理沙「こんなことでもない限り掃除でもしないからな、特に最近はお客さんも来ないし」
にとり「あんたの所に客が来ないのはいつもの事じゃない」
彼女はこの森の中で「霧雨魔法店」という店をやっているらしい。ルーミアみたいな妖怪がいるこの幻想郷で、こんな森の中に店を立てても客が来ないというのは確かに当然のことではある。魔理沙はこちらに顔を向けた。
魔理沙「ところでお前、外から来た人間だろ。そんな服着てる人間は見たことがないからな」
D-1104「ああ、そうだ。現実世界に帰るために博麗神社に向かってた所だったんだ。」
魔理沙「だったら、明日私が博麗神社まで連れてってやってもいいぜ。私も明日そこに行く予定があるんだ」
魔理沙は博麗神社に住む巫女は、例えば諏訪子が起こしたような異変への対処、幻想郷と外の世界を繋ぐ「博麗大結界」というものの管理、そして幻想郷に迷い込んだ人への救済などを行っていると説明してくれた。そして彼女の名前は博麗霊夢と言うらしい。さしずめ幻想郷の警察といったところである。きっとその巫女はまじめな性格なのであろう、それだけ責任を伴う仕事である。
掃除が終わったら、彼女はキノコ料理をふるまってくれた。この辺りは(見ればわかるが)キノコがたくさん採れるらしく、よくそれを料理として利用しているようだった。例の放送室に入って以来、ほとんど食事を取っていなかった。放送室の機能により俺が死ぬことはなかったし、財団の飯もとても美味いと言えるものではなかったが、やはり食べ物の味が恋しくなることはあった。
本当に久しぶりの食事である。俺はまた放送室に戻った時のことを思い、最後の晩餐のような気持ちで料理を頬張った。ちなみに毒キノコが料理に混ざっていたらしく、にとりが虹色に発光するような事件があったが、それはまた別の話である。
◆◇◆◇
交代で風呂に入った後、俺たちは明日に備えて寝ることにした。魔理沙は寝室のベッドで、俺とにとりは店の床で寝ることになった。お世辞にも店は広いとは言えなかったが、なんとか二人で雑魚寝することはできた。しかしにとりの寝相が非常に悪く、腕や脚、しまいには上半身ごと俺の身体に乗っかってきたので、(悪い気分ではなかったが)まともに眠ることができず困っていた。
明日も早いし、ここより廊下などで寝ようと起き上がったところ、寝室の明かりが灯っていることに気が付いた。
部屋に入ると、そこには本を広げペンで何かを書いている魔理沙の姿があった。彼女はそれに集中しているらしく、俺が部屋に入ったことに気づいていない。
D-1104「よう、熱心だな」
魔理沙は俺の存在に気が付いたらしく顔を上げた。
魔理沙「よう、寝なくていいのか?」
D-1104「にとりの寝相が悪くてな、お前さんこそ大丈夫なのか?」
魔理沙「私はもう少しこれをやってから寝るぜ」
彼女は含み笑いをしてから、手元の本を指してそう言った。
魔理沙「今は魔法の研究をしてるんだ。弾幕は火力だぜ、もっと派手にできるようにしたいんだ」
D-1104「ほんとうに熱心だな。今のでも十分、格好良かったぞ」
魔理沙は嬉しそうな、しかし少し暗い笑顔を見せた。
魔理沙「ありがとうな、でもこれだけじゃダメなんだ。私より強い奴らなんてたくさんいるし、なにより私はただの人間なんだ。こうでもしなきゃ奴らには追い付けないんだ。」
__私は、主人公にはなれない。私は霊夢の様に上手くやれないんだ。__
俺は、彼女の立場を思いやった。幻想郷には妖精、妖怪、さらには神までもが存在している。諏訪子が出す威圧感は、他のどんな怪異と比べてもおぞましいものであった。異変を止める立場である彼女は、ただの人間であるにもかかわらずそのような存在と比べられ、さらに勝利しなくてはいけないのである。これは、俺たちの財団でも同じことがいえる。奴らはまったく得体の知れないものに対して、時には大量の犠牲を出しながら、世界を守るために日々戦っている。俺たちをまるでモルモットのように扱う連中だったが、それだけ奴らも必死なのである。
D-1104「それでも、お嬢ちゃんは俺たちのことを守ってくれたじゃないか。俺には、お前がまぶしい主人公に見える」
俺は財団の末端の末端である。財団の中で比べたら使い捨て、少しも主人公ではないような人間である。ただ、あの放送室のお嬢ちゃんを助けた時、あの時俺はまさに物語の主人公になっていた。人は誰でも主人公になれると思っている。
彼女は顔を上げた。直後、穏やかな顔になる。
魔理沙「ありがとうな。いちまる」
彼女の顔に、もう暗い陰は残っていなかった。
◆◇◆◇
朝が来た。俺は結局廊下で寝たのだが、それを見たにとりは爆笑した。
にとり「ちょw、おまっw、寝相悪すぎよww。廊下に行くなんてさすがに……w」
いや、寝相が悪いのはにとりの方だ。