18話:小鈴の思惑
……頬に、自分の袖の感触を感じる。俺はどこかで机に突っ伏して寝ていたのだろう。
俺は肘を支点にしてゆっくりと身体を起こし、目を開けた。起きたばかりなので視界はまだぼやけている。さらに言えば、突っ伏して寝ていたため肩が痛い。ゆっくり肩を回しながら光に目を慣らすと、視界いっぱいの本棚が目の前にあった。そういえば、俺はとある貸本屋にいた。まだ、かなり頭がぼんやりしている。
部屋の奥にある暖簾の向こうから小足気味な足音が近づいてくる。そこからオレンジ色の頭がこちらを覗かせた。そうだ、俺は小鈴という少女にここに連れられていたのだ。そしてここは鈴奈庵という場所だった。そうだ、ゆっくり思い出してきた。ただ――
小 鈴「あ! 起きたんですね! おはようございます」
D-1104「ああ、おはよう。肩が痛いよ」
小鈴は軽く笑ってお茶を注ぎ、俺の前に置いてくれた。礼を言ってそのお茶を口に含ませると、おそらくタイミングが良かったのだろう。沸かしたてのように熱々ではなく、かといって冷めているわけでもない、自販機で出てきたお茶ぐらいの丁度いい温度であった。
D-1104「ありがとう、このぐらいの温度のお茶が好きなんだ」
小 鈴「それはよかったです! 実は、こんなものを使ってるんですよ」
そう言って小鈴はお茶を注ぐための急須……ではない、魔法瓶の水筒を見せてきた。どうりでこんないい温度のお茶が出るわけだ。また湯呑みを口に運ぶ。その瀬戸物から流れるお茶は、そのざらざらした器とは対照的にまろやかな香りと渋味で舌を優しく刺激する。どういうわけか、普段のお茶よりも格段と旨く感じる。つい、また口に含んでしまう。
D-1104「おお、魔法瓶か。便利でいいよな」
小 鈴「これ魔法瓶って言うんですね。魔法を使ってるわけでもなさそうなのに」
小鈴は不思議そうな顔で魔法瓶を両手に持って見つめた。そりゃそうだ。外の世界には魔法なんて存在しない、財団がそういった存在をうまく隠しているからだ。そうやって財団が「科学で説明できない」モノを収容してることで、俺たちが住んでいる世界では科学が魔法のように扱われている。
D-1104「俺からしたら不思議なのは幻想郷だよ」
それはそうですね、と小鈴が笑った。
小 鈴「でも、逆に私達から見てもあなた達が住んでいた外の世界は不思議なものですよ。ほら"さっき読んだ"外の本みたいに、外の人たちって度々変なことに科学を使うじゃないですか」
……さっき読んだ本と聞いて、俺は少し戸惑った。まだ頭がぼんやりしているのだろうか、その本の内容を思い出せないのだ。いや、これは寝起きだからといった問題ではなさそうだ。さっき飲んだお茶が効いて、今は眠気がほとんどない。ただ、どうも頭の中に奇妙な感覚のみがある。
脳内の一部にアクセスを拒否されているような、どうも自分の脳に何かを隠されているかのような感触だ。そして俺は、この感覚を"財団内で"何度か体験したことがある。
今思い返すと、財団でこのような体験をした後、同僚と話の前後が合わないことが何度かあった。ある日は昨日の晩飯の話、ある日は消灯前に遊んだポーカーの話、ある日は死んだ同僚の話。
財団とは、異常な存在を人類から秘匿するための組織だ。同様に、信用をされていない俺達からもある程度の情報は秘匿する必要があるのだろうし、秘匿をできる手段を持っているのだろう。そして、財団で感じる違和感こそが俺たちが得た記憶を"処理"するためのものであることも、なんとなく理解できる。
問題は、同じような現象が幻想郷の中で発生しているという点だ。小鈴とこのように話が食い違っているということは、おそらく彼女も自分と同じ、何かを隠されている側なのだろう。これに絡んでいるのが財団なのか他の組織なのかは分からないが、とにかく何かを調べる必要がありそうだ。
……そんなことを考えたところで、俺は小鈴に大きな声で呼ばれていることに気が付いた。
◆◇◆◇
この男は、深く考え込んでいるようだ。私の発言と自分の記憶が違うことを、単なる思い違いではなく、そこに感じた変な感覚を感じ取ったのだ。どうやら彼はこの飴の真実に気づいたようだ。この1回で気づくということは、きっと彼は何度も同じ目にあってきたのだろう、一体彼は、外の世界でどういう目にあってきたのだろうか。
本を貸している男は、自分を「蒐集院」の一員だと名乗り私に接触してきた。話を聞くに、蒐集院は超常現象を収容するための組織(実際のところ、幻想郷は特殊ケースすぎてるし、大抵のことは霊夢が解決してしまうのでほぼ機能していない)だそうだ。色々な事情があるそうだが、結論としては外来本を"他の人に確認される前に"回収したいらしく、事が済んだら本は返されるしそれに見合った報酬も貰えるとのことなので、協力することにした。
しかしながら彼は、詳細なことは何も教えてくれなかった。言えない事情があるのだろうが、気になるものは仕方がないし、協力者に何も教えてくれないというのは、気分の悪い話である。これについて調べたいが、阿求はここ最近忙しそうにしているので、他の人手が欲しい。そこに現れたのが、今ここで悩んでいる男だ。
大きな声で、彼を呼ぶ。




