17話:読みふける
本棚にずらりと並ぶ本。ここは小鈴が店番をしている鈴奈庵という貸本屋だ。まさに江戸時代といった感じの人間の里の風景の中では少し異質な、洋風、あるいは明治時代のような雰囲気の内装であった。乾いた和紙とほんのりカビの匂いがする薄暗い室内の、小鈴がいつも座っているであろう机の上には大きな蓄音機が置いてある。彼女は手前にある丸テーブルに俺を案内し、緑茶を出してくれた。
小 鈴「里で生まれた本、外から来た本、あとは妖魔本とかも置いてるんですよ」
妖魔本が置いてあろう場所から、俺でもわかるほどの違和感が発生している。多分たくさんの妖魔本を集めているのか、あるいは強力な妖魔本を集めているのか。
D-1104「俺でも妖力というか魔力? みたいなものを感じるよ。随分頑張って集めてるんだな」
小 鈴「もちろん! 私は幻想郷一の妖魔本コレクターですから」
彼女は胸を張ってそう言った。少し失礼だが、ただの貸本屋の娘が妖魔本を集めてたり俺のことをわざわざ霊夢から説明を受けていることが不思議だった。しかし、どうやら小鈴が話すところには、彼女も「妖怪側」に足を踏み入れている人物のうちの一人らしい。もっとも妖魔本に関しては、足を踏み入れる前から集めていたそうだが。
少し、その妖魔本というものに興味が出てきた。
D-1104「なあ……その妖魔本、俺に少し見せてくれないか?」
小 鈴「ええ! もちろん。何冊か持ってきますね」
途端に小鈴は目の色を変え、椅子から立ち上がった。間もなくして彼女は山のような量の妖魔本を持って、丸テーブルの上に並べた。
小 鈴「まず! 見てもらいたいのはこの妖魔本です。これは付喪神について記されてるんですけど――」
始まってしまった。もしかしたら、幻想郷には変わり者が集まっているのかもしれない。この手の人間は一度自分の世界の話を始めてしまうと収拾がつかなくなるのだ。霖之助なんかもわかりやすい例だろう。しかし、こういう人の話は大抵リズムさえつかんでしまえば面白いものである。
付喪神から煙々羅のような古典的な妖怪の本から魔理沙が好きそうな魔導書まで随分広い分野の妖魔本を紹介された。キュウリを加工する程度のかわいげのある妖魔本から下手に扱えば人が死ぬような恐ろしい妖魔本が揃っていたが、多くの本に共通するのは「その本で何かしら問題を起こし、霊夢に解決してもらった」という所だった。
なんてことを考えていたら、妖魔本の紹介に満足した小鈴が溢れんばかりのどや顔で本を閉じた。
小 鈴「どうでしたか!? 私の妖魔本コレクションは!」
しまった、半分ぐらいしか覚えていない。しかもこういう時は実際には3割ぐらいしか覚えていないものである。学校のテストと同じだ。とっさに今思っていたことを述べる。
D-1104「ああ……そうだな、しょっちゅう霊夢にはお世話になってるのか?」
小 鈴「はい! 本当によくお世話になってます。なにかしら問題を起こしても、霊夢さんなら何とかしてくれますから」
清々しいほどの笑顔でそう言っているが、霊夢からしたら随分困った話だ。ただ、なんだかんだで好かれるタイプの人間ではあるのだろう。幻想郷の人間はどうもひねくれた雰囲気の人が多いが、小鈴からはそれを感じない。まっすぐな心を持った奴を嫌う人はあまりいないものである。
ふと、店の入り口に気配を感じた。
同時に小鈴もその存在に気が付いたらしく、同じタイミングで入り口に顔を向けた。
そこには、黒い着物を着た男が立っていた。どうも懐かしい雰囲気を覚える、というか財団の奴らと対面しているような気分だ。しかし、また違った感じもする。どうも言葉に表せない明らかに怪しい感覚があるのだが、ひとまず黙っておくことにした。
???「やあやあこんにちは、鈴奈庵のお嬢さん」
小 鈴「どうもどうも! いつもお世話になってます」
小鈴は瞬きをする間もなく店員の顔になっていた。きっとお得意様なのだろう、男は机の前に出て、優しい声で話しかけた。
???「また、新しい外の本は手に入ったかい?」
小 鈴「はい! こちらも貸し出しを希望しますか?」
???「ああ頼むよ。私は外の本を里の"誰よりも"早く読みたいんだ」
小 鈴「いつもの予約ですよね、まだ私を含め"誰も"読んでいませんよ」
どうも、何か引っかかる部分がある。しかしながら、ごく当たり前のように貸し出しの作業が終わった。男は既に本を懐に仕舞い、店を出るところだ。
去り際に男は聞いた。
???「そういえば、ここ最近で変わったことはなかったかい?」
まるでパトロールしている警官のような質問だ。やっぱり怪しい。しかし、小鈴は何も疑うことなく返答する。
小 鈴「いえ、何も起こりませんでしたよ」
返答に対して感謝をすると、俺と小鈴に対して一粒の飴を差し出した。
???「お嬢さん、いつもありがとうね。あんまり長持ちしないから、すぐに食べるんだよ。そこのお兄さんも、何かの縁でしょう。美味しい飴ですので良かったら食べてみてくださいな」
小鈴は礼を言ってすぐに口に放り込んだ。俺もこの雰囲気で断ることができず、飴を口に入れた。
そして飴を舐め始めたことを確認すると、男は去って行った。
飴はドロップ飴とかキャンディーというよりは、千歳飴や金太郎飴みたいな食感であった。
小 鈴「あのおじさん、毎回飴ちゃんくれるんですよね~。話し方も優しくていい人ですよ、本当に」
確かに物腰は柔らかかった。よく考えたら「外」で活動している財団のような奴らがここの外来本を集めているとは考えづらい。もしかしたら、本当にただ親切な男だったのかもしれない。
しかし、何故かよく分からないが頭がぼんやりしてきた。