12話:稗田阿求の提言
俺は霊夢と森の中の一本道を歩いていた。この道をしばらく歩くと人間の里にたどり着けるということだが、神社に人が来ることはあまりなく、来るとしたら空を飛べるような妖怪だからあまり人に使われているような感じではなかった。かくいう霊夢も普段は空を飛んで移動しているため、この道を通るのは久しぶりの事なのだそうだ。
D-1104「普段はどんなことして過ごしてるんだ?」
霊 夢「そうねぇ、神社では掃除をしたり祈祷をしたり、あとは人間を妖怪が襲ってないか警備とかしてるわね。でも外の世界の人間よりずっとゆったりと生活してるって聞いたわ。逆にあんたの世界は忙しいって聞くけど」
D-1104「朝は日の出ぐらいに起きて、一日中アノマリーの被検体とか危険な作業とかをやらされてるよ。もっとも、俺より俺たちを管理してる連中の方が忙しそうだがな」
ふぅん、と霊夢は返す。俺は続けた。
D-1104「正直、前にいた世界よりずっといい場所だよ、ここは。命の保証はないけどね」
霊 夢「それは前の仕事も同じなんでしょ?」
D-1104「まったく、その通りだ」
二人は軽く笑った
霊 夢「それなら、わざわざ戻ろうとしなくてもいいんじゃないかしら。人間の里は、幻想郷の中では安全な場所だと思うわ」
ごもっともな意見である。俺が元の世界に帰れば、また狭い放送室での生活に戻ることになるし、部屋の外に出現したとしても財団の連中に使い捨てられるだけだ。対して幻想郷は飯もうまいし、楽しい人たちが大勢いる。正直幻想郷で暮らした方が残りの人生を楽しく過ごせるだろう。
だが、どうしても自分の気持ちを曲げられそうにはなかった。
D-1104「あいにくだが、俺は元の世界の忘れられたDクラス職員として過ごすことが自分の使命だと考えてる。自分の使命を守るために、俺は元の世界に帰りたいんだ」
霊夢は少し寂しそうな、でも嬉しそうな顔をした。
霊 夢「その言葉が聞けてうれしいわ。私も巫女としての使命に誇りを持っているし、あんたの気持ちは理解できるわ」
たとえどんなに偉かろうと、どんなに醜い立場でも、人にはその人が守るべき使命というものが存在するのであろう。そう思っているうちに、人間の里が視界の遠くに見えてきた。
人間の里と聞いて、てっきり人間だけがいる町かと思っていたが、全くそんなことはなかった。さっきは買い物しているアリスとすれ違ったし、小傘や鈴瑚は(人間に変装して)店で商売まで行っていた。
恐らく一部の妖怪は、人間の里で普通の人間と同じようにふるまっているのだろう(第一、妖怪にとって警察のような立場の霊夢がいる前で悪さなどできないであろうが)。しばらく歩いていると、ひときわ大きな屋敷が目の前に現れた。
◆◇◆◇
阿 求「私もしばしば里を歩き回って人探しをしたけど、特に見知らぬ人は見かけなかったわね」
こう答えた少女は、幻想郷の名家「稗田家」の当主である稗田阿求だそうだ。阿求の言葉を聞き、霊夢は首をかしげる。
霊 夢「阿求が知らないんじゃ、人間の里にはいなさそうね。あるいはよっぽど上手く隠れてるか……」
阿求は人間であるが、見聞きしたものを忘れないという特殊能力を持っているそうだ。さしずめ常に効果がある記憶補強剤を飲んだような感じだろうか。
阿 求「捜索する範囲をもう少し広げる必要があるわね。人間の里以外で人間が安全に過ごせる場所なんて、ほとんど存在しないようなものだけど」
その通りである。俺だって出会った奴らが友好的じゃなかったら命がいくつあっても足りなかっただろう。阿求は続けた。
阿 求「そうなると人間の捜索じゃなくて遺体とか、所持品の捜索もした方が良いかもしれないわね」
霊 夢「……どちらにせよ、私たちは探し続けるしかないわね」
想定される最悪の状況に重苦しい空気が漂う。この空気を入れ換えたいがために俺は口を開いた。
D-1104「お嬢さんたちは……すごいよな。こんな若いのに幻想郷の平和を守るための専門家だったり、名家の当主だったりするんだろ? 俺なんて、向こうで悪さして今はこんなオレンジのつなぎを着てるんだ」
嬉しいのか面白いのか、阿求は含み笑いをして答えた。
阿求「こんな見た目だけど、生きている累計で考えたらあなたよりは長生きしてるわ」
そうだった。幻想郷のお嬢さんたちの年齢は、見た目で判断しない方が良い。