第114話 日本では……(24)
一方、別の取調室では洋子が取り調べを受けていた。取り調べを担当しているのは爽やかな若い男性警官と、比較的大柄な女性警官だ。
そのうち、男性警官が洋子の正面に座って話し始める。
「金杉洋子さん、あなたが後見している茂手内朱里さんと剛さんの財産を横領した、業務上横領の容疑がかけられています。この容疑を認めますか?」
「そ、そんなことありません!」
「では、二人の財産を横領したことはないと?」
「ありません! 二人の養育に必要だから使ったんです! それぐらいはいいはずですよね? それなのにいきなり何言ってるんですか! そりゃあ、カッとなって朱里ちゃんの頬を叩いたのは悪いと思っています。だからってこんなのないです!」
洋子はヒステリックに甲高い声でまくしたてた。
「そうですか。たとえばどんなことに使ったんですか?」
「え? そ、そりゃあ、食費とか、あとは……部活の費用とか?」
「……他にはどんなものに使いました?」
「え? ええと、あ、あとは服とか。それに、電気代とかも使うんです! それにスマホのお金も!」
「それだけですか?」
「え? ええと……」
洋子は目を泳がせ、質問をしている警官から視線を逸らした。
「では、主だったものは今仰ったあたりですかね?」
「そ、そうね……」
「そうですか。じゃあ、残りのお金は被後見人のお二人の進学などのために?」
「そ、そうよ!」
「そうですか。じゃあ、そのように調書に書いておきますね」
警官がそう言うと、洋子は満足げな表情を浮かべた。
「では引き続きお伺いしますね。住宅ローンを繰り上げ返済して完済しているようなんですが、このお金はどこから出ているんでしょうか?」
「え?」
「ご主人のお給料では説明がつかない金額ですし、もともとの貯金も減っていないようなんですが……」
「そ、それは……」
「まさかとは思いますが、被後見人のお金を勝手に使ったりはしていませんよね?」
「も、もちろんよ!」
「そうですか。では続いて、茂手内剛さんのお金の件なのですが、すでにお兄さんから渡された遺産がなくなっているようなんです。これについてはどういうことかご存じでしょうか?」
「そ、そんなこと……知りません! きっと勝手にあの子が使ったんですよ! そうよ! そうに違いないわ! そう、もうあの子も中学生なんです! だからお金の管理は自分でやらせてるんです!」
「……ですが先ほど、被後見人のお金を養育費に充てていると仰っていませんでしたか?」
「う……さ、最初にまとめて引き出したんです! その後のことは知りません!」
「そうですか、わかりました。ではそのように調書に書いておきますね」
すると再び洋子は満足げな表情を浮かべた。
「ところでですね」
「な、なんですか? まだあるんですか?」
「はい。押収された通帳には、きちんと取引履歴が記帳されていたんですよね」
「え?」
「そしてですね。被後見人の通帳はお二人の寝室の、しかも鍵のかかった引き出しに保管されていたみたいなんですよ。キャッシュカードで被後見人が勝手に引き出していたんだとすれば、通帳には記帳されていないはずなんですけれど、これは一体どういうことでしょうか?」
「そ、それは……」
「被後見人はキャッシュカードを使わず、あなたの寝室から通帳を勝手に盗み出して、わざわざその通帳で引き出したと?」
「そ、その……」
「仰っていることが矛盾していると思うのですが……」
「……」
口ごもる洋子を二人の警官がじっと見つめる。
「金杉さん、さきほど、被後見人の将来のためにお金を残している、と仰っていましたけど、あれは嘘ですよね?」
「そ、そんなこと!」
「だって、被後見人のお二人は一貫して、お金はあなたとご主人にすべて奪われたと言っていますよ?」
「そんなわけありません! 私たちは二人をきちんと家に住ませて、食事を与えています! 進学の費用だって!」
「ですが、進学の話なんて一切していませんよね?」
「そんなことありません! 朱里ちゃんは大学に行っていいですし、剛君だって!」
そう叫んだところで、女性警官が強い口調で話に割り込んできた。
「金杉さん! いい加減にしてください!」
「な、なんですか!」
「私たちはきちんと調べたうえで話をしているんです。朱里さんは、高校の進路希望調査で、お金がなくて大学に行けないから就職を希望する、と担任の先生に話していたんですよ?」
「そ、そんな! それはあの子が勝手に!」
「勝手にじゃありません! 朱里さんの口座には、私立の医大に進学しても、それこそアメリカに留学したってお釣りが出る金額が振り込まれていたじゃないですか! どうしてそれを知らせもせず、毎月ほとんど全額引き出しているんですか?」
「う……」
「しかも自分のお金でもないのに住宅ローンの返済に充てたり、高級外車やブランド物を買って浪費するなんて、一体何を考えているんですか!」
「そ、それは……主人が……」
「ご主人に言われてやったということですか?」
「そ、そうよ! 私は二人を引き取るのは反対だったのに、主人がローンの返済に役に立つからって……」
「そうですか。ということは先ほどまでの発言は嘘で、本当は被後見人のお金を横領していたと認めるんですね?」
「あ……」
洋子はそのまま絶句し、がっくりとうなだれたのだった。
◆◇◆
その日の夜遅く、朱里たちの暮らすマンションの前に一台の乗用車が停車し、その中からは朱里と剛が出てきた。すると運転席の窓が開き、朱里の頬の応急処置をした女性警官が二人に話しかける。
「玄関の前まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。ここまでわざわざ送ってくれてありがとうございました」
「いいのよ。じゃあ、明日の朝になったらそこに電話して、弁護士の先生に相談するのよ」
「はい。色々とありがとうございました」
「いいよ。それじゃあ、お姉さんは行くからね」
「ありがとうございました」
そう言って女性警官は車を発進させ、朱里たちはマンション内の自宅へと向かって歩いていく。そして自宅の鍵を開け、真っ暗な室内へ足を踏み入れた。
「ただいまー」
誰もいない室内に朱里はそう呼びかけるが、当然返事はない。
「やっぱ二人とも逮捕されてんだなぁ」
「うん。されたことは許せないけど……でも家には置いてもらってたし……」
「は? 何言ってんの? どう見たってあいつら渋々って感じだったじゃん。しかも兄ちゃんの残してくれた遺産目当てだったんだろ? 俺が貰った分なんて一円も残ってなかったし」
「でも、お兄ちゃんがGodTubeの動画で、稼いでくれてるんだからいいじゃない。これで剛もあたしも、ちゃんと進学できるよ」
「そうだけど、それだってほとんど空だったじゃん」
「でも、まだちょっとはあるし……」
「ちょっとじゃん。あいつらに盗まれたお金あればこんなところに住まなくてもよかったし、姉ちゃんだって余裕で大学行けたのに!」
「……そうだね」
「兄ちゃんが死ぬ前に投稿した動画のはずだから、きっとそのうち収益は減るはずだって言ってたし……」
「で、でも! 剛が高校に行くお金はちゃんとあるからね!」
「何言ってんだよ! 俺が中学卒業したら働くから、姉ちゃんが大学行けよ。姉ちゃんは俺と違って頭いいんだから!」
「ダメに決まってるでしょ? あたしがお姉ちゃんなんだから、弟に働かせるなんてできるわけないでしょ?」
「は? 俺は男だから肉体労働でもなんでもできるし。姉ちゃんはそんなこと無理だろ?」
「事務職もあるし、ウェイトレスだってできるもん」
「パソコンできない姉ちゃんが事務職なんてできんの?」
「何よ! 剛だっていつもいつもアニメのやつ見てて、部活もしてないくせに肉体労働なんてできるわけないでしょ?」
「なんだよ! 俺だって……」
「……」
ヒートアップしかけた二人だが、そのまますっかり押し黙ってしまった。
それからしばらく沈黙が流れたが、剛は小さくため息をつくと再び口を開く。
「兄ちゃん、どうして黙ってたんだろうな?」
「なんでだろう……」
「一体なんの動画、上げておいてくれたんだろうな」
「うん……見当もつかないね」
朱里の相槌に、剛は小さく頷いたのだった。
◆◇◆
その後、久須男と洋子は業務上横領の罪で起訴され、洋子の証言や数々の証拠が決め手となって懲役六年の実刑判決を受けることになるのだった。
日本での事件についてはこれにて一応の決着となります。一部の読者様はこの結末を予想済みだったとは思いますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
久須男は実刑判決を受けているため、間違いなく勤務先でも懲戒解雇処分となることでしょう。今回のような不法行為による損害賠償請求権は自己破産しても消滅しませんので、出所後も地獄が続きますね。
ちなみに警察が動いたのは第64話で郵便局のお姉さんが怪しんで上司に相談し、そこから横領の疑いが濃厚として警察に相談したからでした。国税が動いたのは、高額の収入があったにもかかわらず確定申告が出されていなかったためですが、作中のように警察と連携してきちんと動いてくれるのかは不明です。
なお、こういった事件は割とあるようで、金額が大きいとかなりの重罪となります。
今回の量刑については、東日本大震災で両親を亡くした当時小学生の甥の未成年後見人が、甥の預金口座などからおよそ六千六百万円をお金を引き出し、高級車の購入などに使ったとして業務上横領罪に問われ、仙台地方裁判所から懲役6年の判決を言い渡されたというものを参考にしています。
https://www.sankei.com/article/20170202-45RMRRHU3VOAFIXYZPM5UZZF5Y/
さて、これでお約束していたざまぁも終わったわけですが、もう少しだけこの物語は続く予定です。今しばらくお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。