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7:ボーイズビーアンビシャス(3)

 大志が帰る間際、返却する本が一冊足りないことに気づいた私は自室に戻った。

 だが、部屋のどこを探しても本がない。


「お兄ちゃんの部屋かな?」


 そういえば兄も読んでいたことを思い出した私は、部屋の前で待っていた彼とともに隣の兄の部屋に入った。

すると兄がベランダで電話をしていた。兄は私たちが入ってきたことに気づき、顔を歪ませる。


「あれ?電話中だ」

「すんごい嫌そうな顔してるやん。大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫」


 部屋に入ると怒るのは、いつものことだ。

 私は部屋にあった紙に『漫画どこ?』と書いて、ベランダの兄に見せる。兄は煩わしそうに、『ちょっと待て』とジェスチャーで返した。


「待っておけ、だって。電車大丈夫?」

「そんなに大丈夫でもない。本棚かな?」

「多分そうだろうけど、でも勝手に漁ったら怒られるよ」

「そんな事言われても、次の電車まであと10分しかないし…。失礼しまーす」


 大志は本棚に両手を合わせると、カーテンの掛けられた棚の中を探し始めた。私は一応止めたので、怒るのは彼だけで頼みたい。


「作家名で五十音順に並べてんのか」

「出版社ごとに並べて、かつ、発売日の古い方から作家の五十音順に並べてる」

「部屋汚いのに本棚だけやたらと几帳面やな」


煩雑とした部屋を見渡した彼は、ハッと乾いた笑みをこぼした。

 おそらく、本棚をきれいに並べるなら、出しっぱなしの衣類をしまえと言いたいのだろう。私も激しくそう思う。

 

「あれー?ないな…」

「借りた本だから別の場所にあるのかな?」

「えぇー…。時間ないんやけど…って、あ!あった!」


 しばらく本棚を漁っていた大志は、驚いたような声を上げた。どうやらあったらしい。

 私が手招きする彼の元へ行くと、本棚の一番下に私の中学の卒業アルバムが置いてあった。


「あったって、そっち?」

「見ていい?」

「別に良いけど…時間は?」

「電車、一本遅らせる」

「あっそ」


時間ないは嘘だったのか、こら。

 大志は座椅子に腰掛け、嬉しそうにアルバムを開いた。

 何がそんなに嬉しいのだろう。鼻歌まじりにページをめくる彼に、私は首をかしげた。


「それにしても、お兄ちゃんも見つけてたなら教えてくれても良いのにね」

「忘れてたんやろ。何組やったん?」

「さっき話題に出したのに?えーっと、確か5組だったはず」

「そういうのって、後からあー!って思い出すもんやん?つーか、いなくね?本当に5組?」

「そう言われると不安になるじゃん。ちょっと見せて」


 私はベッドに腰掛けると、彼の肩口からアルバムを覗き込む。中三の時は確かに5組だったと思うが、何故か中学の時の記憶が薄いために自信がない私は、あ行から指でなぞり、自分の名前を探した。

 そして、『春日結(かすがゆい)』という名前の箇所で指を止めた。

 

「あるじゃん」

「…え?春日?お前の名前は藤野だろ?」

「あれ?うち、親が離婚したって言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「ごめんこめん。でも、これだよ。間違いない」


 見開きのページの真ん中らへん。眼鏡でおかっぱ頭の芋っぽい女子中学生が私だ。今より10キロは太っていて、化粧っ気もない典型的な日陰属性。

 そんな中学時代の私を見て、大志が青い顔をしたのがわかった私は、口を尖らせる。悪かったな、ブサイクで。


「見違えるほど綺麗になっただろうが!」


 私は彼の後頭部を軽く小突いた。すると彼は、気まずそうに『そうだな』と言った。


「そんなに意外だった?」

「まあ、それなりに?」


 室内には何だか気まずい空気が流れる。

 そんなにがっかりさせてしまっただろうか。

 もしや、先程兄が中学時代の私を可愛いと言ったせいで期待していたのかも知れない。そう考えると、申し訳ない気持ちになってくる。

 

(いや、勝手に期待したコイツが悪いんだし!)


 なんて思いつつも、話題を変えようと私は口を開いた。

 だがその時、不意にベランダの窓が開いた。


「なーに勝手に人の部屋を漁ってんだよ」

「あ、すんません」


 兄はアルバムを取り上げるとひどく冷たい目で大志を見下ろす。

 ほら、やっぱり勝手に漁ると怒られるではないか。私は友人を守るために彼と兄の間に立ち、貼り付けた笑顔で兄に話しかけた。


「卒アル、ここにあったんだね」

「ああ、さっきお前が話してたから探してみたら見つかったんだ」

「へぇ、ありがとう」

「どういたしまして」

「でも、結局どこにあったの?」

「ん?俺のほぼ使っていない衣装ケースの中」

「あー、それは見つからないはずだわ」


 年中スウェットか高校の時のジャージしか着ない兄が、クローゼットの奥の方にある衣装ケースを開けることは滅多にない。気がつかなくても当然だ。

 私はついでだから、これを機に一度いらない衣服を捨てて新しい服を買い、そして外に出ようと提案した。だが兄は流されないぞと、今度は私の頭をアルバムで軽く叩いた。

 アルバムはなかなかの重量なので結構痛い。


「おい、漫画はそこにあるから持っていけ」


 兄は本棚の1番上に積み重なっている、まだ包装のビニールも開けていない漫画と漫画の間に挟まっている本を指さした。

 そして、クイっと顎を上げて早く部屋から出るように促す。

 そんなに勝手に探したことを怒っているのだろうか。短気な男だ。


「はいはい。勝手に入ってすみませんでしたぁ。大志、行こ」

「お、おう」


私は大志の手を引いて、部屋を出ようとした。

 すると兄は大志の首根っこを掴み、耳元に顔を近づけ、低く囁いた。

 

「おい、大志」

「は、はい…」

「今見たことは忘れろ。友人でい続けたいのなら、記憶から抹殺しろ。いいな?」

「…はい」

「え、流石にひどくない?お兄ちゃん」


 脅しかのように、中学時代のブスな私を記憶から消せという兄。

 中学時代の私は、それを知ってしまったら友人でいられなくなってしまうほどひどいものらしい。だんだん悲しくなってきた。

 違う、そういうことじゃないと顔の前で手を振り、焦る大志の姿がより私を惨めにさせた。

 兄はそんな私の肩にポンと手を置き、慰めるような口調で言う。


「中学時代のお前と今のお前はギャップがありすぎるからな。男は女に夢見るもんだ」

「どういう意味よ。ほんと嫌い。お兄ちゃんなんか嫌い」

「嫌いって言うな。あれだよ、つまりは今がめちゃくちゃ可愛いってことだよ」

「そういうこと言えば私の機嫌が治ると思ったら大間違いだぞ、馬鹿野郎」

「いや、兄貴の言う通りやぞ。今の結はめっちゃ可愛い」

「じゃあ昔は?」

「それは…」

「はい、言葉に詰まった!もう処刑!ほんと処刑!」


 私は大志の両頬を引っ張ってやった。意外とよく伸びる。

 本当に腹が立ったので、結局この日はもう帰らなければならないと言う彼をを引き留め、もう一戦、今度はゴルフの方で対戦した。

 

 

 

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