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6:ボーイズビーアンビシャス(2)

「出たな!ボーイズビーアンビシャス!」


 友人を連れて帰ると、当然のことながら兄がいた。玄関で出迎えた兄は威嚇するように大志を睨む。

 スウェットが洗濯中だからか、今日は高校の体操服だ。現役だったのは何年前だと思っているんだ。恥ずかしい。


 ……本当に恥ずかしい。


「色気づきやがって。金髪似合ってないぞ」

「お兄ちゃんは人間似合ってないぞ。恥ずかしいから頭に紙袋でも被ってて欲しい。目の部分だけは穴開ける事を許可する」

「何を言うか!無礼者!」


 兄はいつもの倍くらいの声量で私を叱責する。

 なんだろう。なんか、今日の兄はいつも以上にうざい。

 私はあまりに鬱陶しいので兄を無視して靴を脱ぎ、家に入ろうとした。だが当然の如く、彼がそれを阻む。


「まずは『ただいま』だろう、妹よ」

「…ただいま」

「はい、おかえりぃ!!」


 …うざい。異様にテンションが高い。何かいいことでもあったのだろうか。

 兄は視線を私から大志に移すと、じっと彼の目を見つめた。


「…ういっす」

「ういっすじゃない。そこは『お邪魔します』、だ」

「お邪魔します…」

「邪魔するなら帰れぇ!!」

「………」


 大志はどう対応するのが正しいのかがわからず、助けを求めるように私に視線を送る。

 私は仕方なく、兄の首を掴むと少し力を入れた。

そして笑顔でひと言。


「うざい」


と告げた。


「笑顔でいう言葉ではないし、地味に殺意を感じる。苦しい」

「私の右手の握力40だから」

「怪力女め。メスゴリラか」

「それ以上口を開くのならメスゴリラが本気出すわよ」

「すんませんした」


 兄は両手を上げて降参のポーズを取ると、そのまま、私たちをリビングへと案内した。

 大志が『え、握力40?ゴリラじゃん?』みたいな顔で見てくるが無視だ。どこにこんな可愛いゴリラがいるというのだ。解せない。


「なんかごめんね、うちの兄が」

「いや、別にええんやど…。どうしたん、アレ。テンションおかしくない?」

「頭おかしいのはいつもの事だから気にしないで」

「まあ、いつもおかしいけど…。良いことでもあったんかな?」

「さあ、どうだろ。私、ゲームと漫画持ってくるから適当にくつろいでて」

「ういっす」


 ソファに腰掛けた大志は自分の家で寛ぐように、背もたれに体を預けた。もう何度来たか覚えていないくらい通っているので緊張もしないらしい。

 私はキッチンでコーヒーとお茶菓子を用意している兄のところへと向かった。


「お兄ちゃん、お茶ありがと」

「おー」

「あ、どうせならケーキでも買って来ればよかったね。そうだ!二駅先の駅前に新しいケーキ屋さんができたらしいの。お兄ちゃん行ってきてくれる?」

「さりげなくお兄ちゃんを二駅先まで行かそうとするのはやめなさい。俺は外には出ないし、心配しなくてもケーキはある」


兄にお使いさせようとおねだりのポーズを取ってみたが、私の考えが読まれていたのか、兄は冷蔵庫からホールのいちごのタルトを取り出した。 

 昨晩、私が寝静まった後に作ったらしい。本職の人が作るものにも劣らないクオリティに私は舌を鳴らした。


「舌打ちをするな。行儀悪いぞ」

「私の好きないちごのタルトを用意するあたりが性格悪いわ。ありがとう、としか言えないじゃない」

「いや、そこはありがとうで良いだろう」

「……良くない!腹立つぅ!」

「はいはい。それより、早くゲーム機持って来い」


 兄は私を追い払う様に手をひらひらさせた。

 私はまた、舌を鳴らす。


「…めんどくさいから、部屋でゲームしちゃダメ?」

「ダメ、ゼッタイ」

「むぅー」


 『薬、ダメ、ゼッタイ』の言い方で全力で拒否された。

 兄は何故か、いつも自室に大志を連れて行くことを嫌がる。私は頬を膨らませた。


「わざわざリビングに持ってくるのめんどくさいのに…」

「ダメなものはダメだ。あいつは信用ならん」

「お兄ちゃんよりは信用できるよ。ゼッタイ」


そう言い残し、私は自室へと向かった。

 別に私と彼の間に何があるわけでもないのに、兄は昔から、大志を警戒している。

 以前一度、こっそりと彼を部屋に通したことがあるが、それがバレた時の兄の目は本当に怖かった。

 聞いたこともない様な低い声で『やめさない』とひと言、私たちに告げたのだ。


(過保護…。本当に面倒くさい)


 リビングに戻ると、兄と大志は仲良くテレビを見ていた。

 ニュースの内容は先日起きた強盗殺人未遂事件の犯人が17歳の少年だったという話だった。その少年は遊ぶ金欲しさに一人暮らしの高齢女性の家に侵入し、タンス預金を漁っているところを見られて逆上したらしい。

 身勝手な犯行。その女性はたった2万8千円のために刺されたのだ。女性は今も意識不明の重体。もし意識が戻っても、彼女は短い余生を病院のベッドで過ごすことになるかも知れない。

 しかし、少年は少年であることを理由に名前が公表されることもなく、少年院送致となるだろう。

 兄は眉間に皺を寄せながら、険しい顔でそのニュースを見ていた。


「ゲーム持ってきたよー」

「….ああ」

「お兄ちゃんもする?」

「いや、俺はいい」

「そう?」


 昔からこういう事件のニュースを毛嫌いしている兄は、私が後ろから声をかけると慌ててテレビのチャンネルを変えた。

 確かに胸糞の悪い事件だが、そこまで被害者に感情移入できるほどの情緒が彼にあったことは喜ばしいことだと思う。不謹慎かもしれないけれど。

 私はリビングテーブルに漫画を置くと、テレビにゲーム機を接続し始めた。


「あれ?これ、卒業アルバム?」

「うん。そうだよ。私、大志にメッセージ書いてもらうの忘れてたと思って」

「え、今更いるか?」

「いる」


 急に言われても何を書けばいいかわからないと言う彼に、私は油性マジックを渡した。

 兄はマジックを持って悩む彼から卒業アルバムを取り上げると、初めからページをめくる。 


「今更、同じ大学に通う()()に書く言葉とかないよな。ボーイズビーアンビシャス」

「友人を強調するのやめてもらえますかね、お兄さん。あと、そのあだ名って言いづらくないんっすか?」

「言いづらい」

「じゃあ、やめればいいでしょう」

「だって大志って呼んだら、君のことを義弟と認めたみたいじゃないか」

「いや、普通に苗字でいいやん…」

「苗字、知らないもん」

「もんって言っても可愛くないっすから。ほら、ここ。俺の苗字は佐藤です」


 大志は兄に自分が乗っているページを見せ、自分の苗字を指さした。

 

「佐藤くんか。普通だな」

「普通で悪かったな」

「いや、普通なのは良いことだ。普通万歳」


 兄はそう言うと、卒業アルバムを大志に返す。返された彼は、少し悩んだ後『これからもよろしく。できればずっと一緒にいたい』と書いてくれた。なんだろう。なんだがむず痒い。

 

「なあ、中学のアルバムとかないん?」


 メッセージを書き終えたアルバムを私に渡すと彼はふと、そう尋ねてきた。

 中学の時のアルバムか…。


「ごめん、実は無いんだ」

「なんで?」

「なんかね、無くしちゃったっぽくて。引越しの時にどっかに紛れちゃったのかも」


 一時から、私は小中学校の卒業アルバムを見かけていない。兄に聞いても母に聞いてもその所在がわからないのだ。

 兄曰く、父のところに置いてきてしまったのかもしれないらしいが、父は押し入れを探してもなかったと言っている。

 私の家の七不思議その3。なぜか卒業アルバムが無い。ちなみに、お兄ちゃんの分もない。


「なんだ?見たかったのか?ボーイズビーアンビシャス」

「結局佐藤と呼んでくれないんっすね。別に、俺は見せたことあるのに、こいつのは見たことなと思っただけです」

「そんなことを言いつつ、我が妹の芋っぽいセーラー服姿を見たかっただけだろう。変態め」

「誰もそんなこと言ってないでしょうが!」

「あの頃は素直で可愛かったなぁ。あの頃は」

「あの頃()って何よ、あの頃()って」


 私は失礼なことを言う兄の頭を叩いた。今でも十分可愛いわ。多分。

 そんなことを私が思っていると、それを察したのか、大志は小さな声で『今も十分可愛いっすよ』と反論してくれた。さすが心の友だ。ありがとう。

 兄は…なんだかニヤニヤしているが、もう知らない。


「もうゲームしようや。ほんまに…」

「そうね、お兄ちゃんにかまってたら日が暮れるわ」

「間違いない」

 

 大志はコントローラーを受け取ると、兄と人間一人分の距離をとった。正しい判断だ。

 兄は薄く笑みを浮かべながら、ふぅと息を吐くと、彼の頭をポンポンと叩く。そして『ま、頑張れよ』と言って部屋へと戻っていった。 


「頑張るって、何を?」

「さあ?ゲームのことじゃね?」


 そう言った彼の横顔は少し赤かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何か複雑な家庭問題がある中での、兄妹の穏やかで優しい家族愛的なお話かな…素敵だな…先が気になるな…と読み勧めていた中での、思わぬ伏兵が!! 大学デビューのピュアで一途な金髪ボーイ、可愛い…
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