5:ボーイズビーアンビシャス(1)
やはり、桜は入学式を待たずして散った。今年は日程的にもタイミングが悪かったのだと思う。
先日、県下にある全学部との合同入学式を無事に終えた私は学園都市という名の駅を降りた。
ちなみに、学園都市というくらいだから、何となく学生が多くて大型の商業施設とかあったりして、さぞ栄えているのだろうと期待していたのだが実際には違った。
この周辺は大学しかない。想像よりもずっとのどかなところだった。
確かに、普通の四年生大学だけでなく、芸大に外大、看護学校に情報系の専門学校まであるのだから、この場所を“学園都市”と称しても間違いではない。
だがそれでも、勝手な話だとわかってはいてもどこか裏切られたような気分だ。
(ライトノベルを読みすぎたかしら)
そういえば、特殊能力者が集まるマンモス学園の物語を読んだばかりだから、多分そのせいだろう。
散ってしまった桜の上を歩きながら、私は大学の正門を通り過ぎる。
そして絶妙に急な坂道を上りながら部活動やサークルの激しい勧誘合戦を掻い潜りつつ、たまに行き過ぎた勧誘を制止する自治会の方々のお世話になり、何とか一番奥の建物までたどり着いた。地味に遠い。
「何で手前の建物が教授の研究室しかない塔なんだよ…」
この大学は学生が主に使う建物が階段を何段も登った先にある。足腰の弱いおじいちゃん教諭のためかはしらないが、学生に優しくなさすぎだ。
「この程度で疲れるなんて、ババアかよ」
「ババア言うな。おはよう」
「おはよう」
階段を登り切ったところで、肩で息をする私の頭を小突いたのは高校時代の同級生、佐藤大志だった。
男の人があまり得意ではない私だが、彼とは高校時代に同じ放送部に所属していたから今も割と仲がいい。
(金髪だ…)
高校の時はもさっとした毛量の覆い黒髪に分厚めの黒縁メガネをしていたのに、今は金髪にコンタクト。服装もなんだか今時の大学生みたいにおしゃれだ。
「…何?じっと見て」
「いや、大学デビューなの?金髪」
私が指摘すると大志は髪を触り、わかりやすいほどに顔を赤くした。恥ずかしいらしい。
「…あ、あかんのか!デビューしたらあかんのか!」
「いや、似合ってていいと思う」
「あっそ」
「あんたって、結構整った顔してるよね。高校の時は分厚いメガネで気がつかなかった」
くっきりとした二重線に長いまつ毛。鋭い直線的な鼻梁にしっかりとした眉毛。それに、何気に肌艶もいい。健康的かつ白い肌をしている。
(女装コンテストとか出たらいい線いきそう)
私は覗き込むようにジーッと彼の顔を見つめた。
「…ま、まじで何なん…そんなに見るな、あほ」
「あ、ごめん。つい」
大志は自分の手で私の目を覆うと、顔を逸らした。耳まで赤い。金髪にしようとも中身はピュアな童貞君のようだ。なんか安心する。
「おい、今失礼なことを考えたやろ」
「童貞っぽくてかわいいなとは思った」
「やっぱ失礼な奴や!」
「ごめんごめん。あ、そうだ。お昼一緒に食べない?お弁当持ってきたの」
「…例の兄貴弁当?」
「うん。大志の分って二つ持たせてくれた。どうせ購買でご飯買うつもりなんでしょ?」
私がトートバッグの中身を見せると大志は中を覗き込んだ。ちなみに、曲げわっぱのお弁当箱が私で、レンチン可能なタッパに詰められたほうが彼の分だ。
大志は眉間に皺を寄せ、険しい表情を見せつつも『食う』と答えた。
***
昼休み、空き教室の片隅で私と大志はお弁当を広げた。
今日はハンバーグ弁当だ。ハンバーグの上にチーズで作ったねこが乗っている。かわいい。
私は別にどこにアップするわけでもないけれど、角度を気にしながら写真を撮った。SNSはやっていないので、その写真はとりあえず兄に送る。日課の『お弁当ありがとう』メールだ。
学校で無事に過ごしているか心配だからと、お昼には一度連絡することを強要されているのだが……。
「面倒くさい」
私はポツリと呟いた。過保護にも程がある。平和な日本の学校で何が起こるというのだ。
そう思うと 自然と、スマホを眺める顔が険しくなっていくのがわかった。
「兄貴?」
「そう」
「愛されてんなぁ」
「これ、愛されてるって言うの?」
「言うだろ。妹の弁当を毎日作る兄なんてそうそういないぞ?」
余程険しい顔をしていたのか、大志は私の眉間をほぐしながら、兄に感謝しろと言ってきた。
確かに感謝はしているが、こいつに諭されるとなんだか腹立たしい。私はまた眉間の皺を深くした。
「何でそんなに険しい顔するねん。俺と食べるんが嫌なんか、こら」
「毎日大志とご飯食べてるから友達ができない」
「え、うそやろ!?なんか、ごめん…」
大志は驚いた様に目を見開き、そして謝った。
嘘なのにそんな本気で謝るなよ、と私は慌てて弁明した。冗談が通じないやつだ。
すると彼はタッパの蓋を開けながらホッとした様な表情を見せた。
……うん。なんか可愛い。
「そう言うあんたは良いの?」
「何が」
「友達と食べなくて」
「それは、ほら…。聞くなや…」
「あー。うん。ごめん…」
これは、金髪にして大学デビューしたけど、一年から金髪で来る奴ってそんなにいないから逆に警戒されて中々友達ができないパターンのやつだ。
何となくそう察した私はそれ以上何も聞かなかった。
しかし、そんな私の気遣いを察知したのか、彼は不貞腐れたようにタコさんウインナーを口に放り込む。金髪の男がタコさん…。似合わない。
「あ、お兄ちゃんから返事来た」
「なんて?」
「ボーイズビーアンビシャスに感想を送らせろって」
私は送られてきたメッセージを見せた。
兄は大志のことを、何故かボーイズビーアンビシャスと呼ぶ。多分ウィリアム・スミス・クラークの有名な名言、『少年よ、大志を抱け』から取ったのだろう。実に安易だ。
「店出せるくらいに美味しいけど、そのあだ名はセンスなさすぎって送っといて」
「了解」
私もそう思う。
兄は文章のセンスも盛り付けのセンスもあるのに、服のセンスと命名のセンスがない。壊滅的なほどに。
「あ、そうだ。今日暇?」
「ん?まあ、暇っちゃあ、暇かな」
「じゃあさ、うち来ない?借りてた漫画返したいし、おすすめの漫画貸したいし」
「配管工テニスしたいし?」
「ふふっ。正解」
配管工シリーズは永遠に正義である。
大志とゲームは卒業式以来。私はハンバーグを突きながら思わず口元を緩めた。
「…そういう顔、すんなや」
「ん?なんか言った?」
「別に…」
何かボソッと言っていた気がするのだが、大志はそっぽを向いてしまった。意味わからん。
ちなみに、何かと趣味の合う大志とは高校時代から頻繁に家を行き来する仲だ。
別に付き合ってるわけでもないが、彼の家には常に専業主婦のお母様がいるし、私の家には常に…常に本当に常に兄がいるので間違いが起きる心配はない。だから互いに気軽に家に誘う。
「…あれ?」
「ん?」
「大志って童貞だよね?」
「急に何の確認やねん!」
「いや、高校時代からずっと一緒にいるけど、彼女出来たからと距離置かれたこととかなかったなぁと思いまして」
大志に彼女ができたら今まで通りの距離感でいられない事は理解していたが、結局高校の時からずっとこの距離感だ。
ふと、そんなことを言い出した私を彼は複雑そうな顔をして見てくる。
「お前ってさ、ちょっと鈍いよな」
「鈍いって何が?」
「それ。そういうところ鈍いって言うてんの」
「意味わかんない」
「何で俺が彼女作らへんかったのかとか、考えたことない?」
「え?モテなかっただけでしょう?」
「そうやけども!!それだけと違うからな!!」
やはり意味がわからんと言うと、彼は大きく息を吐き、額に手を当てた。まるで私に呆れているみたいだ。失礼なやつめ。
「いや。ごめん。うん。俺も何も言うてないし言える覚悟がまだないから。わからんなら、わからんままでいい」
「何それ、どういう意味?気になる」
「気にすんな」
追求されたくないのか、大志はお弁当をかき込むと『ご馳走さん』と言って教室を出て行ってしまった。
本当に何なんだよ、馬鹿野郎。