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【完結】引きこもりの兄と私  作者: 七瀬菜々


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20/32

19:過去の話(2)

 そこから季節が変わって、秋も終わりに近づいてきた頃。

 ようやく綺羅に対するいじめも落ち着き、結の周りが静けさを取り戻し始めた頃。


 二つ目の事件が起きた。


 季節の変わり目で風邪を引いた結は、学校を休み、自宅で療養していた。

 その日、両親は二人とも仕事だったが、彼女の兄が家にいる日だったので二人は安心して家を出たらしい。


 雑音のない空間。誰の悪意にも触れない6畳の部屋で、結はホッと胸を撫で下ろした。

 季節の変わり目に引く風邪は、いつも3日ほど長引くから、3日間は学校へ行かなくて済む。そんな思いがあったのだ。


 結は兄の愛情がこもったお粥を頬張り、兄の看病を受けて、穏やかな日を過ごした。

 

 事件が起きたのは夕方のことだった。

 兄が少しの間、家を開けていた時間。チャイムが鳴った。

 親友を名乗る女子中学生がお知らせのプリントを持って来たというので、結は鍵を開けた。

 今思えば、きちんと防犯カメラを確認していれば防げたことだったのかもしれない。


 彼女がドアを開けたそこに立っていたのは、顔面蒼白の同級生と、工藤綺羅(くどうきら)、そして柄の悪い高校生くらいの男たち数名。


 親友…かつては親友だった少女は震える声でただ一言、『ごめんなさい』と言って結の家から走り去った。

 残されたのは事態が飲み込めない結と工藤綺羅と数名の男たち。

 彼らは呆然た立ち尽くす結の腕を掴み、いとも簡単に家の中へと押し入った。


 ガチャン、とドアの鍵を閉める音が静かな家のなかに響く。


 結は恐怖のあまり、声が出ない。

 すると、綺羅が怯える結を見下ろし、嘲笑うように鼻で笑った。


『お前の友達が親切に案内してくれたよ』

『自業自得だ。恨むなら自分の愚かさを恨め』


 彼が言うには動画が拡散されてから、区議会議員だった父はバッシングを受け、母は押し寄せる週刊誌の記者たちに怯えて体を壊し、小学生の妹は今、学校で敬遠されているらしい。

 だから、家族の仇を打つために仲間を連れてここまで来たそうだ。


『どうせ地獄に落ちるのなら道連れにしてやる』


 そう言った彼の目は本気だった。

 今思うと、これはただの逆恨みだ。

 けれどその時、結は『本当に自業自得だ』と思ってしまった。

 

 男たちはほぼ無抵抗の結に彼女に殴る蹴るの暴行を加えている様子を動画に収めた。

 そして最後には、ボロボロになった彼女にカメラの前で土下座することを強要し、『申し訳ございませんでした』と謝罪させられた。

 謝罪の言葉を得た彼らはスッキリした顔で、満足げに帰っていった。


 結はその後、1時間くらい経過したときに帰宅した兄によって保護され緊急搬送された。

 怪我の具合がひどく、肋の骨折と全身打撲等で全治3週間と診断された。

 さらに加えて、これまでずっと精神に大きな負荷がかかっていた結は……



 目覚めた時には記憶をなくしていた。




 *

 


 約3日間。突然、泥のように眠り続けた結は再び目を覚ますと、一連の出来事をさっぱり忘れていた。


 心因的なものなのか、それとも頭を強く殴られていたせいなのかは定かではないが、医者の見立てでは自分を守るために脳が記憶を封じたのかもしれないとのことだった。

 今回の件に関する記憶が綺麗に抜け落ちてしまった結は以前のような明るさを見せた。

 目を覚ましたその日、目が覚めて良かったと泣く両親と、申し訳なさそうに顔を歪める兄の姿に、結は『どうしたの?』と不思議そうに首を傾げていたらしい。


 これまでなことが全て夢だったかのように、結はケロッとした顔で退院した。

 そして彼女はそのまま、卒業式まで登校することなく東京から姿を消した。


 それは忘れてしまったのなら忘れているままでいいというのが両親の想いだったからだ。 

 下手に元いた場所に通って記憶を取り戻してしまうより、新しい地で新しい人生を歩ませようと両親は娘を母親の地元である兵庫に連れて行った。

 元々、梅雨の公園でのことがあった日から、こんな議員のいる町には住めないと引っ越すことは決めており、そのために高校は兵庫の学校を推薦受験していたから急な引っ越しでも特に問題はなかった。

 過去を探られないよう名前を変えるために、両親が離婚せねばならなかったが、結をうまく誤魔化して説得しながら、一家は無事に引越しを完了させた。



 ***


「…と、いうわけだが…」


おそらくなるべく噛み砕きながら、できるだけ直接的な表現を避けて柔らかく説明してくれたのだろう。大志から聞いた私の過去を、私はすんなりと受け入れることができた。

 ずっと俯いていた彼は、ゆっくりと顔を上げ、神妙な面持ちで私を見る。


「何か思い出したか?」

「ごめん、全然…」


 逆に申し訳なくなるほどに結局、私は何一つ思い出せなかった。


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