17:多分、シュレディンガーの猫
雷鳴が轟く中、部屋に戻った私は兄をベッドに転がすと、私も同じベッドに寝転がった。
そしてスマホを手に取る。雨の音が少しうるさくなった。
(くどう、きらって検索したら出てくるかな?)
月島さんは結婚式でこの工藤という人を見たから兄が取り乱したみたいなことを言っていた。
だから原因はその名前にあるのだと思う。
私は検索アプリを起動し、検索バーに『くどう きら』と打ち込んだ。
しかし…。
「ちょっと待て」
大志は慌てて私のスマホを取り上げる。そして電源をOFFにした。
「何するのよ」
「何を調べようとした?」
「くどうきらって名前」
「調べてどうする気や」
「どうって…」
兄は引きこもりではなく、家から出られないたけなのだと知ってしまった今、私が忘れている何かのせいで兄が苦しんでいるのなら、私はそれが何なのかを知らなければならない。
そして、どうすれば兄がまたおひさまの下に出られるようになるのか、苦しまずに済むのかを考えるべきだ。
今まで兄に守られていた分、いまは私が兄の不安を取り除いてあげられたらと思う。
そう言うと、大志は複雑な表情を浮かべた。
「別にお前のせいやない」
「どうしてそんなことが言えるの?もしかして大志も知っているの?」
「…ああ」
「じゃあ、教えて欲しい。私は何を忘れているの?」
「…それは…言われへん」
「どうして?」
「穂高さんはお前が傷つくことを恐れている。お前が記憶を思い出して傷つくくらいなら、忘れていた方がいいと言ってた」
「それは知ったら私が傷つく内容ということなの?」
「そうや」
「ねえ、でも聞いてもいない状態で、どうして私が傷つくとわかるの?」
聞いてもいないのに傷つくかどうかなんて判断できない。
あれだ、シュレティンガーの猫ってやつだ。多分。知らんけど。
私はベッドから起き上がると背筋を伸ばし、彼を見据えた。
「傷つくかどうかは私が決めるし、そもそも傷ついたとしても私は別に構わない」
ずっと感じていた疎外感。その正体はおそらくこれなのだろう。
私以外の家族は知っている私の忘れていること。私はそれを知りたい。知って向き合いたい。
すると、大志は茶色く染め直した頭をかきむしり、深くため息をこぼした。
「お前は悪くない。それだけは絶対やから」
「うん?」
「話を聞いて、間違っても自分が悪かったなんて思うな」
「うん….」
「本当に、悪くないからな」
「うん。大丈夫。わかったから」
「じゃあ…、話す」
私が大丈夫だと笑顔で言うと、彼は少し困ったような笑みを返し、スマホを手に取った。
そして昔の新聞記事を検索して、それを私に見せた。




