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【完結】引きこもりの兄と私  作者: 七瀬菜々


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14/32

13:結婚式に連れて行きたい

 時を遡ること数月前、2月下旬くらいの話。兄に一通の招待状が届いた。

 それは彼の大学時代の友人の結婚式の招待状だった。

 世界で活躍するネズミがプリントされた可愛らしい招待状は奥さんではなく、兄の友人が選んだらしい。私も、結婚する人は結婚式の準備を妻に丸投げしない人がいいなと思った。


「出席に丸すればいいじゃん。どうせ暇人の引きこもりクソニートなんだから」

「クソニートいうな。クソ妹」

「はいはい。クソ妹ですよー」


 私はリビングで難しい顔をして悩む兄にコーヒーを出し、彼の横に座った。

 予定なんてないくせに、悩む必要がどこにある。


「…ご祝儀で3万に東京までの交通費。痛い出費だ」

「え?お金ないの?そんなはずないよね?」

「金はある!引きこもりはお金を使う場所がゲーム課金くらいしかないからな!お金は貯まる!」

「全然偉ぶれる事じゃないと思うんだけど…。じゃあ行けばいいじゃん」

「やだよ」

「なんでよ」


 久しぶりの東京に久しぶりの友人に会えるのだ。卒業後も頻繁に連絡をとっている友人であることは私も知っている。意地を張らずにここは素直に楽しんでくればいいのに。

 私は招待状を手に取る。肌触りのいい上質な紙だ。披露宴に出席したら、席に置いてある名札もメニュー表も同じ素材なのかな。そう考えると、楽しみになるだろうと兄に話した。

 しかし兄は渋い顔をする。その顔は招待状を送ってくれた友人に失礼だろうと思う。


「何が嫌なの?」

「なんか、雨降りそうじゃん?」

「まあ、確かに。ジューンブライドだしね」

「だからやだ」

「別にガーデンパーティーじゃないんだし、それにこの会場は駅から近いから問題ないよ」

 

 スマホで会場を調べ、そのリンクをメッセージで兄に送った。

 もちろん兄はそのページを開こうとはしない。なぜなら行きたくない真の理由がそれではないからだ。


「そんなに家から出たくないの?」

「ああ」

「何で」

「都会怖い。知っているか?都会の空気は汚れているんだぞ?」

「その台詞は田園風景しかないような本当の田舎に住んでいる人のみが発して良い言葉よ。まあまあ都会な西宮市民が言って良いセリフではないわ」

「ど、どう考えても泊まりになるのも嫌だ。東京の夜は怖いんだぞ。ギャングが出る。路地裏で喧嘩三昧だぞ。巻き込まれたら死ぬだろ」

「どこの世界線の話をしてるのよ。…まあでも、この時間で場所が東京だったら泊まりは確実だよねー。うーん。夜道歩くのが怖いなら、駅近くの宿を取れば?もしくは、宿代がもったいないと思うのなら、お父さんの家に泊めて貰うとか?」

「育ちがいいから高級ホテルじゃないと無理だし、親父は愛人連れ込んでるから無理」

「妄想も大概にしなさいよ、庶民が」


 意味のわからない理由を並べて拒否するな。馬鹿。

 どうしてそこまで行きたくないのかと、私は怪訝な表情をして兄の顔を覗き込んだ。


「実は友人の奥さんに横恋慕していた」

「勝手に昼ドラにすんな」

「参列者に元カノがいる」

「だから昼ドラにすんなって」

「え?女じゃないなら男?元カレがいるの?」

「どういう思考回路してんだよ。ちげーわ」


 なるほど。出席したくない理由は恋愛関連ではないらしい。まあ、兄は非モテなので相手が男だろうと女だろうと、恋愛関連で揉め事があったとは考えにくい。当たり前と言えば当たり前か。


「おい、今失礼なこと考えただろう」

「当たり前のことを考えただけよ」

「嘘つけ。……なあ、お前この日は何してる?」

「そんな先の予定なんてわかんないよ」

「母さんが出張なんだよ。この日」

「ああ、学会だっけ?」


 だからどうしたと私は首をかしげた。別に子どもじゃないんだから、家に誰もいなくとも休日を一人で過ごすくらいできる。

 しかしそう言うと、兄は地球を滅ぼしかねないほどの不器用なお前が昼飯を一人で用意できるのかとか、もし宅配が来たらちゃんと対応できるのかとか、そんなことを言い始めた。本当に滅してやろうか、貴様を。


「馬鹿にしすぎだよ!」

「馬鹿にしてるからな!」

「ひっど!!お兄ちゃんは過保護すぎるの!私だってもう18だよ!?お昼くらい一人で用意できるってば!」

「お兄ちゃんは妹命のシスコンだからな。俺がいない時に包丁とか火とか使って怪我したらと思うと心配で死にそう」

「気持ち悪い」

「気持ち悪いって言うな。傷つく」

「いいよ。私のことなんて気にしなくても」

「そういうわけにもいかないんだよ」

「だからなんで」

「何でも!」

「意味わかんない!」

 

 具体的になぜ私が一人で留守番をしてはいけないのかを話してくれない兄に苛立った私は、温くなったコーヒーを一気の飲み干すとリビングを後にした。

 私だってもう18だ。一人で留守番もさせてもらえないのは馬鹿にされているとしか思えない。

 

 モヤモヤがおさまらない私は深夜、兄が寝静まった頃を見計らってリビングに置いてあった招待状の出席の欄に丸をし、世界的に有名なネズミでデコレーションしたセンスの高い返信用ハガキを作っておいた。ざまぁ!



 ***



「と、いうことがあったのよ」


 雨が降る6月の午後。大学の最寄駅にあるカフェでベリーのチーズケーキを食べながら、私は招待状事件の話を無難な茶髪に染め直した大志に話した。

 ザーッと降る雨がテラス席のテントを激しく打ち付ける。おしゃれな長靴を履いてきて正解の天気だ。


「それがどうした?」


 頬杖をつき、ブラックコーヒーを飲む彼は一つの傘の中で誰かを待つ男女を眺めながら聞いてくる。

 

「だからね、要するに東京についてきて欲しいって話」

「大事なところを端折り過ぎや、阿呆」


 ふぅ、ため息をこぼし、ティーカップを置くと大志は詳細を話せとでも言わんばかりに顎をくいっと上げた。

 私はカバンから例の招待状を取り出すと、それを彼に見せる。


「兄がこの結婚式に出席します」

「そうか」

「そのため、兄は来週の土曜日に東京へ行きます」

「おう」

「母は金曜日から出張で帰るのは早くても土曜日の夜中です」

「…それで?」

「だから仕方なく私も東京に着いて行き、父の家に泊まることになっていたんですが…」


 ここまで言うと、大志は全てを察してくれた。


「父が急遽出張になりました?」

「正解」

「んで、結婚式に出席している間、大事な妹が大都会東京で一人になるのなら行かないと、穂高さんが駄々をこねていると?」

「大正解。さすがっす」


 さすがは大親友。よくわかっている。

 私は両手で顔を覆い、兄が過保護で困ると嘆いた。


 そんなに心配ならホテルから一歩も出ないと言っても渋い顔をするし、じゃあ兄が東京に行っている間は友達の家に泊まると言うと、俺が信用できる人間でないとダメだと言う。


「じゃあ、大志の家に泊まると言うと、大志が一番信用ならないとか言うし…」

「まあ、あながち間違ってへんかな?」

「何言ってんの。一番信用できるわよ」


 大志以上に信頼できる人なんていない、と私は小さく息を吐き出した。


 とにかく、そんなに否定されたら、どうもしようがない。

 あとは私が兄と共に結婚式に出席する以外に打つ手がない。だが呼ばれてもいない人間が出席するなど不可能なわけで…。

 結局、兄は結婚式を欠席すると言い出した。母も兄が心配なら仕方がない、と何故かあちら側の味方だ。


「四面楚歌って言うんだっけ?こういうの」


 私は頬杖をつき、アイスカフェ・オ・レのグラスに刺さっているストローを回す。


「それで?だったら信用できる俺を連れて行ってしまおうと?」

「YES!」


 私がドンと机を叩くと空のケーキのお皿が少し跳ねた。少し強く叩きすぎたようだ。騒いでごめん、マスター。


「ねえ、お願い!お兄ちゃんは大志がついてくるなら行くって言ってるの!」

「悪いけど、金ない…。東京まで行く金…ない。辛い」

「大丈夫!そこはお兄ちゃんが出すわ!着いてこいって言ってるのはお兄ちゃんなんだし?」

「うーん。でもなぁ…」

「お兄ちゃんもさ、最近は大志と私で連れ出したら外に出るようになってきてたし。良い機会だからさ、3人で東京観光でもしようよ!」


 最近の兄は、私と大志が一緒なら外へ出るようになってきた。これはとても良い傾向だ。せっかく兄が昔の友人に会えるチャンスを潰してほしくない。

 だから私は神に手を合わせるように、目の前の大志大明神様に手を合わせた。

 すると大志は根負けしたのか、観念したように『わかった』と言ってくれた。


「ほんと!?」

「ああ」

「ありがとう!あ、新幹線とかホテルの手配はこっちでするから任せてね!」

「おう」

「あと、どこ観光したいか考えておいてね!」

「ういっす」


スマホに視線を落とし、無愛想に返事をする大志。

 やはり面倒なのかと思ったが、ふと見えた彼のスマホの検索画面には『東京 観光 デート』という文字があった。

 君、話を持ちかけた瞬間から行く気あっただろう、絶対…。



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