11:兄は過保護な引きこもり(4)
大志が兄の部屋に行ってから小一時間。
リビングに戻ってきた彼は『これで俺とお前は彼氏と彼女な』と満面の笑みでそう言った。
「…え?フリだよね?」
「今はな」
「今は?」
今は、というのはつまり…、どういう意味だろう。
私は首を傾げた。そして大志の後ろに隠れていた兄に視線を移す。
「お兄ちゃん、大志と何を話し…て?」
ふと、目に入ってきた兄はうっすらと目が赤い。
私の視線に気づいた彼は目を擦り、花粉だと弁明したが、間違いなく泣いた後だった。
二人が何を話したのかも含めて根掘り葉掘り聞きたかったが、今の兄を見たら、私は何も聞けなくなってしまった。
結局その後、私たちは3人で配管工がテニスするゲームをしつつ、休日出勤していた母の帰りを待って4人で晩御飯を食べた。
兄のすき焼きを頬張りながら、大志は時折私をみて優しく微笑む。よくこの顔を見るが何が言いたいのだろう。
……いや、本当はその優しい瞳の奥に秘めた感情に何となく気づき始めているが、私にはまだ早い気もする。兄もそう言っていたし、きっと早いのだ。
だから私は彼から目を逸らせた。
「晩御飯までありがとうございました」
「いいえー。またいつでも遊びにきてね、大志くん」
「はい、ありがとうございます」
晩御飯を食べ終えて帰る直前。玄関で、金髪のくせに好青年のように深々と頭を下げる大志。
兄はそんな彼の頭を鷲掴みにすると、突然わしゃわしゃと撫で回した。そう、犬猫を可愛がるみたいな、そんな感じ。
兄は相当彼が気に入っているようだ。
「コンビニ行くついでに、大志を下まで送ってくる」
「はーい。気をつけてねー」
「どうせなら駅まで送ってくださいよ」
「うっせ。さっさと外に出ろ」
兄は彼の背中を強引に押すと、そのまま二人で外へと出てしまった。
私も後を追いかけて一緒に送ろうと思ったが、母は二人きりで話すことがあるのよと嬉しそうに笑って私を引き止めた。
(まただ…)
たまに感じる疎外感。母の優しい微笑みに、兄のくだらない戯言に、たまに含まれる意味深な空気。
母も兄も私のことをとても大切にしてくれるし、我が家は離れて暮らす父も含めてみんな仲がいい。
けれど、この家には私だけが知らない何かがある気がする。昔からずっと、そんな感覚が抜けない。
「…お母さん」
「ん?なあに?」
「お兄ちゃんはどうしてあんなに過保護なの?」
「あなたのことが大切なのよ」
母はクスッと笑って玄関に飾ってある写真の方へと視線を移した。
そこに飾ってあるのは兄の小学校の運動会の時の写真。兄が金メダルを私にかけてくれているところを納めたもの。
母のその言葉におそらく嘘はない。私も兄に大切にされているという実感はある。けれど…。
「だからお兄ちゃんは外に出ないの?」
私は、母なら何か知っていると思い、恐る恐る聞いてみた。
もし兄が家から出られないのが本当に私のせいだとしたら、兄が私を縛っているのではなく、私が兄の人生を縛っている事になる。
それはいやだ。兄には他人に縛られない自由人であってほしい。
私はジッと母を見つめた。すると。母は困ったように笑って質問で返してきた。
「…どうしてそんなことを聞くの?」
「何となく…。もし私のために引きこもりしてるなら申し訳ないなぁと思って…」
「違うわ。貴方のせいじゃない。お兄ちゃんはね、少し怖がりなだけなのよ」
「怖がり?」
「そう。お兄ちゃんは外に出るのが怖いだけ。あなたのせいではないわ」
母はそう言うと私を優しく抱きしめてくれた。
母の腕の中か暖かくて、少し息苦しかった。
「何してんの?」
タイミングよく帰ってきた兄は、玄関で抱き合う母と妹をみて『引くわー』という顔をした。
なんだろう。腹立たしい。
「スキンシップを取ってたのよ。お兄ちゃんも混ざる?」
「混ざるわけないだろ」
両手を広げる母を素通りしてリビングへ行こうとする兄。
私はそんな兄の腕を掴んで引き寄せた。
「お兄ちゃんにぎゅー」
「やめろよ!気色悪い」
「あら。じゃあお母さんも、ぎゅーっ」
「おい!!良い歳した大人が何すんだよ!離せこら!」
恥ずかしがる兄をよそに、私と母は兄をぎゅっと抱きしめた。
確かに、いい歳した大人が恥ずかしい。




