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【完結】引きこもりの兄と私  作者: 七瀬菜々


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10:兄は過保護な引きこもり(3)

「例えるならば、そう。大事に育てた娘が結婚の挨拶のために男を連れてきた時の父親の心境だ」


 そう話すスーツ姿の兄は玄関で仁王立ちして私たちを家に上げてくれない。


「ただいま、お兄ちゃん」

「何処の馬の骨とも知れぬ奴に娘はやれん!と言いたいのに、何処の馬の骨なのかよく知りすぎていて何も言えない。なんなら骨の髄まで知っている」

「まあ、大志だからね。とりあえず上がってもいい?」

「お前らにはまだ早い」

「何が?家に上がるのが?」

「交際が、だ!」


 仁王立ちの兄は声を大にして言い切った。


「え、うざ…」


  思わず心の声が漏れる。

 大志は事前に話しておかないと兄にも心の準備ってものがあるだろうと気を使って電話したらしいが、これは連絡しない方がスッと家に入れてもらえていた可能性の方が高い。

 ちなみにいつもスウェットの兄が今、なぜスーツを着ているのかというと、交際の挨拶にくると事前に連絡をもらっていたからだそうだ。本当に形から入る男だ。


「お兄ちゃん。その娘を嫁にやる心境のお父さんごっこをしたいのなら、とりあえずリビングでやらない?ケーキ買ってきたし、食べながら話そう」

「どこの?」

「駅前のケーキ屋さん」

「エリシオン?」

「エリシオン。ガトーショコラだよ」


 兄のお気に入りのケーキ屋の袋を見せると、彼はすぐさまスリッパを並べて私たちをリビングへと誘導した。現金な奴め。

 リビングに入った私たちをソファーへ座らせた兄は、いそいそとコーヒーとケーキの準備をする。

 私が手伝おうかと言うと、お前の怪力では繊細なケーキを潰しかねないとキッチンに立ち入ることさえ断固として拒否された。切ない。


「へい、お待ち」


 動きづらかったのか、スーツのジャケットを脱いだ兄はダイニングテーブルにケーキとコーヒーを並べた。

  …それはラーメンを出す時の掛け声であり、ケーキを出すときの掛け声ではないと思う。


「して、なんで急に付き合うとかになったわけ?この間までそんな感じなかったじゃん」


 大好きなガトーショコラを頬張りながら、兄は鋭い視線を大志に向けた。


「頑張れって言ったのはあんたでしょう」

「頑張れとは言ったが認めるとは言っていない」

「煽っといて認めないは無し」


 頑張れとはなんのことなのかはわからないが、兄はぐぬぬと文字にしにくい声を上げる。

 しばらく睨み合う二人。私は二人の間に口を出すべきか迷った。

 だが、大志は口を挟もうとする私を制止し、目で任せろと訴える。だから私は彼に任せてコーヒーに口をつけた。


「お兄さん」

「なんだ」

「俺との交際を認めないと、こいつはそれこそ本当に何処の馬の骨ともしれぬ男を連れてきますよ」


 彼の言葉に兄は思わずコーヒーを吹き出しそうになった。その馬の骨は先輩のことだろうか。


「ど、どういうことだ!?」


 兄は大志の胸ぐらを掴む。すると、彼はニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「大学にはいろんな出会いがあります。それお兄さんだって知ってるはずっすよね?通ってたんだから。ここは俺で妥協しといた方が良くないですか?」


 兄に話しかけながらも、大志の視線はじっと私の目を見つめている。

 やめろ、そんな目で見るな。何かドキドキするだろうが。やっぱり病院行こう。


 大志は胸ぐらを掴む兄の手を振り解くと、姿勢を正して彼に向き直る。

 そして真剣な声色で彼を説得し始めた。


「俺が彼氏になれば、学校でも結のことを見守っていられますし、俺なら付き合っても遅くまで連れ回すなんてことはしませんし、もし仮に、大学関係の飲みの席とかがあれば必ず俺が迎えに行きます。出かけた時にはちゃんと家まで送り届けますし、帰った時にお兄さんが家にいなかったら、その時は誰かが帰って来るまで必ずそばにいます」

「何が言いたい…」

「それはお兄さんが一番わかってるんじゃないっすか?」


 大志は困ったように微笑んだ。

 二人が話しているのは私の話のはずなのに、何故か違う話をしている気がする。

 入り込めない。形容しがたい重い空気に、私はどうすれば良いかわからなかった。


  兄は何かを誤魔化すように窓の方へと目を逸らす。

 そこから見える駅には、珍しい車両が止まっていた。兄は話を剃らせようと立ち上がり、窓辺に立つ。


「あの電車さぁ…」


  と、兄が喋り出そうとした時、大志は言葉を被せるように強い口調で言った。


「結はお兄さんに外に出て欲しいと思っていますよ」

「……」

「少しずつ、前に進んでみませんか?」

「……」

「お兄さ…」

「うるせぇ!」


  兄は叫ぶ。拳をぎゅっと握る手は力を入れすぎているのか、少し震えていた。


「…ガキが…わかったような口聞いてんじゃねーよ」


  そう言って苦しそうな表情で大志を睨むと、兄はそのまま無言でリビングを出て行ってしまった。


「お、お兄ちゃん…?」


  あんな風に兄が声をあげる姿は長らく見ていない。私は驚きを隠せなかった。


「ごめん、ちょっと様子見てくる」


  私は立ち上がり、兄の元へと行こうとした。

 けれど大志は私の手首を掴むとそれを制止する。


「俺が行く」

「…でも」

「大丈夫や、心配すんな」


 彼は私の頭をポンポンと優しく叩くと、兄の元向かった。

 

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