序章7/7
魔導学園の入試があった日の夜、シャルルとオリヴィエはトールが暮らしている民家にお忍びで急遽来ていた。
「やり過ぎだ」
「やり過ぎですよ」
「そうですか?」
魔導学園からのトールの異常な成績を聞いてシャルルとオリヴィエはトールに文句を言いに来たのだ。対してトールは他人事のように紅茶を飲んで聞いていた。
「全く、あれほど魔法を抑えろと言いましたのに」
「抑えましたよ」
オリヴィエはため息を吐いてトールに小言を言うが、それをトールは流していた。
「どこが抑えたんですか。私が聞いた話では詠唱もなしで雷魔法を時間いっぱいにぶっ放していた頭のネジが外れているとしか考えられない受験生がいたと聞いています」
「たぶんそれ僕じゃないですね」
「いやあなたですよ。それ以外に考えられません」
「それはそれは、大変ですね」
「あなたは……」
トールはもはや話を聞く気がなく、その態度にオリヴィエは頭を痛そうにしていた。シャルルとオリヴィエは魔導具所持を疑われてトールがキレているのかと思っているが、実際はこれがトールの普通なのだ。トールは案外適当なことはユグドラシルで知られている。
「キミには目立たずにシヴの護衛をしてもらいたかったが、起きてしまったことは仕方がないか。だがユグドラシルの魔法は凄まじいな、あれほどの魔法を詠唱なしで放てるのだから」
「はい?」
トールの態度を気にせずに話しているシャルルだが、シャルルの言葉に聞き流していたトールが反応した。
「あれがユグドラシルの魔法だというのはいささか不名誉ですよ」
「どういうことかな? あれが本気ではないということかな?」
「本気じゃないことは当たり前ですよ。あれくらいはユグドラシルの五歳児でもできます。あんなものは魔法を放ったにすぎません。魔法の真骨頂はどれだけ魔法に細工ができ、強力な魔法が放てるかです」
トールの言葉に二人は驚くしかなかった。トールが言っていることが本当なら、ユグドラシルの魔法はどれほどの強さを秘めているのか未知数であるからだ。
「それと、この国の王さまだから言いたいことがあります」
「な、何かな?」
「この国の魔法かどうかは分かりませんが、魔法の技術が低すぎます。シヴ王女の魔法ごときを解けないようでは、話になりません」
「そんなにか?」
「そんなにです。もう少し魔法の技術を上げるために頑張ってください」
「……それは思っているが……」
トールの言葉は尤ものようで、シャルルはうなだれてしまった。
「シャルルを責めないでください。これはシャルル一人の問題ではどうにもできないのですよ」
「どういうことですか?」
シャルルの代わりにオリヴィエが話し始め、トールは真面目に聞くことにした。さすがにオーディンのように怒らせるわけにはいかないと思ったためだった。
「魔法は神より与えられた神秘、選ばれし者しか使うことは許されない、魔法こそが神に愛されている証拠、魔法が使える者こそが上に立つ権利があるなど、魔法は特別重視されていると同時に魔法が家柄よりも重視されることはしばしばあります」
「まぁ、ユグドラシルでも魔法は生きる上で重要な要因ですね」
「ですが、この国では魔法を重要視する背景に大きな組織が古くから存在しています。〝神道教会〟というフランク王国が建国したと同時に設立された多くの貴族の魔法師が所属している組織です。魔導学園の教育や魔法師の管理を行っていますが、彼らは今の魔法を変えるつもりなどなく、それをすれば神への侮辱として最悪処罰される可能性がある根深い組織です」
「ふーん……」
オリヴィエの話を聞いたトールは普通に面倒な組織だと思った。
「ですから、私とシャルルは中々魔法を変えようとすることができないのです」
「変えようとはしているんですね」
「俺を誰だと思っているんだい?」
復活したシャルルは突然話に割り込んできた。
「俺はオーディン殿の弟子だったんだ、魔法の基礎は叩き込まれているんだ」
「……それにしては、娘さんの魔法を解けてませんでしたけど」
「そこを言われると痛いな。でも言い訳をしても良いのなら、オーディン殿から学んだのは攻撃魔法だけだったからね」
「それこそ言い訳ですね。魔法の基礎ができていれば、あれくらいの魔法は簡単に解けます」
シャルルと会話しながら、トールは少し考える。神道教会とやらと今の王政はぶつかり合っている状態であるため、神道教会からすれば今の王は好ましくない。それなら逆に王を暗殺しようとする可能性はなくはないのではないかと。
「とにかく、シヴの護衛はキミに任せたよ。そうすれば俺は俺のするべきことに集中できる」
「私からもお願いします。どうか、シヴさまをよろしくお願いします」
「……分かっていますよ。引き受けた以上仕事はきちんとやり遂げます」
「本当にありがとう」
シャルルとオリヴィエがトールに頭を下げている光景にトールは考えを改めた。ただシヴを護衛するだけではなく、色々な人々の思惑が絡み合っている現状を頭に入れておかないといけないとトールは思い直した。
「ふぅ……」
こんなことが起きている国に行かせたオーディンに向けて、少しばかり怨念を送ったトールであった。
☆
入試を終えた夜の学園。職員室では教職員たちが受験生の答案用紙をどんどんとさばいていた。
「それにしても、今日の彼はすごかったですね」
「そうですね。いきなり服を脱ぎ出した時は何事かと思いましたが、あれを魔導具なしで、しかもあの量の魔法を一度に放つとは、圧倒されました」
「私なんか何が起こっているのか分かりませんでしたよ」
答案用紙をさばいている中、教職員同士が今日の一番の話題であるトールのことで盛り上がっていた。当然ここでは神道教会の息のかからない教職員たちが集まっており、詠唱をせず魔法を放ったことを神道教会の者の前で話せば何を言われるか分からない。
「彼が凄すぎて他がかすみそうですが、今年は豊作と言って良いでしょう。私のところにいた少し大人しそうな女の子は、他とは一線を画すくらいに魔法の精度が高かったです」
「僕のところの受験生も詠唱破棄していました。彼がいなければ、話題に上がっていたでしょう」
「良いことだけではありません。彼が話題になったということは、神道教会に目を付けられるのも時間の問題ということです。幸い、彼の話題が大きすぎて他の生徒には目が行かないでしょう」
「それは幸いじゃないですよ。神道教会もいい加減流行に乗ってくれないと、他の国に置いて行かれるということが分からないんでしょうか?」
「それが分かれば過度な干渉はしてきません。それに神のご加護とか言っている時点で滅びを選択しているようなものですよ、本当に」
教職員たちは神道教会に不満があるようで、答案用紙が漏れ出さないように色々な魔法を張っている職員室では言いたい放題になっていた。
そんな中、肩まである紫色の髪が内巻きになっている妖艶な雰囲気を纏った二十代くらいの女性がある一枚の答案用紙を興味深く見ていた。
「……ふふっ」
答案用紙を見終えた女性は、女性でもドキッとしてしまうほどの笑みを浮かべた。そしてペンを持って点数ナシの0を書いてその答案用紙の名前を見た。
「……トール・ミッドガルド、ね。……ふふっ、覚えたわよ」
職員室で神道教会の愚痴大会になっているため、女性の呟きは誰にも聞こえていない。女性は再びトールの答案用紙に目を向け、文字の一つ一つを目に焼き付けるようにじっくりと見ている。
「……会える日が、楽しみね。ねぇ、トール?」
トールが知らない間に、トールが点数を気にせずに書いた答案用紙が一人の女性の目に留まったことは知る由もなかった。
☆
入試から一ヶ月後、ついにトール・ミッドガルドの学園生活が始まろうとしていた。
ようやくここまでの投稿は終わらせました。自分は主に主人公視点で書いていたので、今回の第三者視点で書くのは初めてです。急にトールの視点で書き始めたら、文句を言われたのだと察してください。