序章6/7
トールとレスクヴァは学園の色々なところを歩き回り、余裕を持って目的の場所であるグラウンドにたどり着いた。
トールは学園を回っている時にユグドラシルとの文化や技術の違いを確認していたが、レスクヴァは何も考えられずにいたためいつの間にかグラウンドにたどり着いたという認識でいた。
「他の受験生がもう来ているね」
「そうですね……ふぅ……」
一時間の休憩だけではどこにも行くところがなく、ほとんどの受験生がグラウンドにすでに集まっていた。その光景を見たレスクヴァはまた緊張した表情になっていた。
それに対してトールはと言えば、レスクヴァとは違うベクトルで心配していた。フランク王国で魔法師が魔法を撃つところをまだ見ていないが、シヴの呪いを見た時にどれくらいのレベルかを察してしまっていた。
そのため、シャルルが示した実力を抑えるということができるかどうか不安であった。前日に絶対にないと言い切れるトールであるが、魔法を抑え込む魔法を自身にかけていた。
あとはどれくらいで合格なのか、どれくらいがダメなのか、それを自身の前に実技試験をする受験生たちを見て判断しないといけないとトールは考えていた。
「うーん……」
「あの、トールさんは、緊張しないんですか?」
「僕が?」
「はい……」
他の受験生を見て魔法の素質から魔法の精度を推測しているトールにレスクヴァは緊張した顔でそう聞いた。その質問に対してトールはこんな試験のどこに緊張する理由があるのか逆に聞きたいくらいであったが、それをひっこめてレスクヴァの目を見る。
「レスクヴァは、どうして緊張するの?」
「えっ……ど、どうしてって、その、上手くできなかったらどうしようとか、落ちたらどうしようとか思ってしまうから、だと思います」
「じゃあ緊張してなかったら絶対に受かる自信があるの?」
「そ、そういうわけじゃないですけど……」
「僕はそう思っているよ。レスクヴァは緊張していなければ絶対に受かる」
「……どうして、そう言い切れるんですか?」
「だって、これまで頑張っていたレスクヴァが受からないわけがないよ。絶対に受かるから、緊張する必要はないって」
その言葉はトールが適当に言っているのではなく、レスクヴァの魂と流れている魔力を見てそう判断していた。レスクヴァの魔法の才能は、他の受験生すべての才能を合わせたとしても太刀打ちできないほどの才能だとトールは感じていた。
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。大丈夫、自信を持って。雷霆のお墨付きだから」
「ら、らいてい?」
「こっちの話だから大丈夫。それよりも、試験官が来たみたいだよ」
トールとレスクヴァが話していると先ほどとは違う試験官が十名ほど来た。その試験官のうちの一人がグラウンドに集合していた受験生たちに言葉を発した。
「静粛に! これから十班に班分けをする。呼ばれたものはただちに前に出てくるように。すぐに出てこないものは失格とする」
試験官は続けて名前を呼び始めた。最初に呼ばれた男子受験生は慌てて前に出て、流れるように名前が呼ばれて行く。そして集まった班は試験官を先頭に移動し始めた。
ここでトールは最悪の事態を想定した。トールにとっての最悪は、班が分けられた際に一番初めに自身の番が来ることであった。その場合は他の人のレベルを見ることができないのだ。
「次、レスクヴァ・マイエル」
「は、はい!」
トールがどうしたものかと考えている中、レスクヴァが試験官によって名前が呼ばれた。レスクヴァは大きな声で返事をした。その際に未だにトールとレスクヴァは手をつないでいたため、手を放すことをレスクヴァが躊躇した。
「頑張れ」
「……はい、頑張りますっ」
トールの言葉でレスクヴァの顔に緊張はなく、レスクヴァはしっかりと前を向いて試験官の元に出た。次々と名前を呼ばれ、レスクヴァの班はすべての名前を呼び終えたようで移動を開始した。
その際にレスクヴァは少し不安そうな顔をトールに向けたがトールが笑みを浮かべたことでレスクヴァは儚げな笑みを返してトールから視線を外した。
次々と名前が呼ばれ、七班まで作られて色々な場所に散らばっているがまだどこも実技試験は開始していないことをトールは確認できていた。いよいよプランが破壊されてきているところで、八班目の最後の一人が呼ばれた直後のことだった。
「次、トール・ミッドガルド」
「はい……ふぅ」
九番目の班の最初にトールの名前が呼ばれた。トールは前に出ながら可能性は低いが、名前が呼ばれた順番で実技試験が行われるのではないことを願っていた。
そして九番目の班の名前がすべて呼び終わり、女性の試験官を前にトールたちは移動を始めた。貴族がいる王立の学園であり、魔法を実習として使う場所であるためグラウンドは広く、複数あった。
そのうちの一つにトールたち九班目がたどり着き、試験官に待つように言われた。この言葉でトールはすべてが一斉に実技試験が開始するのだと考えた。
「実技試験を行う順番は先ほど名前が呼ばれた順番です。こちらで名前は呼びますので忘れた方でも大丈夫です」
試験官のその言葉にトールは誰かの魔法を見て調整するのではなく、威力を決めて撃つことにした。この国の魔法レベルが分からないトールはユグドラシルの五歳児のレベルに合わせることにした。
しかし、トールは勘違いをしていた。フランク王国の魔法レベルとユグドラシルの魔法レベルの差を。
「それでは、今より実技試験を始めます。トール・ミッドガルドくん、前に出てください」
「はい」
精神感応魔法によりすべての班が位置に着いたことを知った試験官がトールを名指しした。トールはそれに応じて前に出た。
「実技試験の内容は、今からあちらに出てくる土人形をどれだけ多く制限時間内に破壊できるかというものです。土人形ですから遠慮なく魔法を放ってください」
試験官がさす方にはすでに大地魔法で作られた土人形が十体ほどできており、不規則に移動していた。最初であるためどれくらいの記録で丁度いいのか分からなかったが、制限時間という上限が付いているため少しはホッとしていた。
「準備は良いですか?」
「はい、大丈夫です」
「前に説明した通り魔導具の使用は禁止となりますが、よろしいですか?」
「問題ないです」
これくらいのことで魔導具をどうやって使うのか分からなかったトールであるが、とりあえず試験官の説明に頷いた。
「それでは、実技試験を始めます。……始めッ!」
試験官の一言で土人形が活発に動き始めたことでトールの後方にいる受験生たちがざわついていたが、それでもトールは気にせずにユグドラシルの五歳児レベルの魔法陣を前方に複数展開した。
すぐさま一つの魔法陣につき一筋の雷魔法が放たれ、すべての土人形を一瞬にして爆散させた。トールは次に来る土人形に備えて雷魔法の魔法陣を展開するが、土人形は出てこない。
「あの、出てこないんですけど……」
トールが試験官の方を向いてそう言うが、試験官は呆けた顔をした後にトールを睨みつけてトールに近づいた。
「何か――」
「魔導具は禁止だと言ったはずです! あなたは失格です!」
「……は?」
試験官の怒りの言葉にトールは言葉を失った。魔導具などもちろん使っていないトールであるため失格にされるいわれはなく、トールは訳が分からない状態であった。
「何だ、驚いた。普通に魔法をうったのかと思った」
「当たり前だろ。詠唱もなしにあんな速度で魔法がうてるわけがないだろ」
「魔導具を使うなんて、バカだろ。もう少し考えて使えよ」
トールの後方にいた受験生たちはトールをバカにするような言葉を各々が言っている中、トールは試験官に反論を始めた。
「あなたは僕が魔導具を持っていると言うんですか?」
「そうでなければあんな魔法を放てるわけがありません!」
「それなら僕が魔導具を所持しているということになりますよね?」
「だからさっきからそう言っています!」
「魔導具は僕が持っていなければ、使えませんよね?」
「何回も言わせないでください!」
試験官のその言葉を聞いたトールは、服を脱ぎ始めた。それを見た女性の試験官は驚いて顔を赤くして目をそらした。
「何をしているのですか⁉」
「何って、身の潔白を証明しているんですよ」
そう言いながらトールはパンツも何もかもすべての服を脱ぎ捨て、フルチンコになった。後方にいる女子受験生から悲鳴が上がり、男子受験生からも悲鳴が上がっている。
「そこで何をしているんだ!」
トールの行動を奇行だと判断した他の場所にいた試験官たちがトールのところに向かってくるがトールはそれに動じていなかった。
「僕は今何も持っていません。そして服も調べてもらえれば、僕が魔導具を持っていないことを証明できますね」
「そ、そんなことをするためにわざわざ脱がなくても……」
「僕がそう言っても、あなたたちは聞いてくれましたか?」
トールの言葉に試験官たちは黙った。
「だ、だが、持っていた魔導具を魔導具で移動させたのかもしれないだろ!」
「それなら今の状態で試験を行えば、あなたたちは納得するんですね? 僕はそれでも一向に構いませんよ?」
一人の試験官が反論を試みるが、トールの言葉で再び黙った。
「この服に魔法が……」
「どうぞお好きに調べてください。何なら僕の体を調べてくれても結構ですよ。それで何もでなければ、分かっていますよね?」
「……分かった。服を調べて何も出てこなければもう一度実技試験を行う」
試験官の中で一番偉い四十代くらいの寡黙そうな男性の試験官の言葉に他の試験官が食いついた。
「い、良いんですか⁉ そんなことを許して⁉」
「彼が何もしていないとなれば、それはこちらの過失となる。それにあれが本当に一人が撃った魔法なら、魔法研究者として見過ごせないものだ。とにかく今は彼の服を調べろ」
その後、服や彼の体を魔法で調べても当然のことならが何も出てくることはなく、もう一度試験が行われることになった。
「それでは、もう一度実技試験を始めます。準備は良いですか?」
「とっくにできてますよ」
先ほどトールに魔導具を使った疑いをかけた女性の試験官が顔を真っ赤にしながらトールの顔を見ずにトールに問いかけた。トールはやる気のない顔がもっとやる気のない顔になっていたが、目に闘志はみなぎっていた。
「始めッ!」
女性の試験官の合図で、土人形がさっきの倍の二十体現れて無造作に動き始めた。一回目の実技試験とは違い、トールは二秒だけ動かなかった。しかし、それもつかの間、何百もの魔法陣が空を埋め尽くすほどに展開された。
トールは少しキレており、ユグドラシルの六歳児ができるほどの魔法を発揮した。魔法陣からいくつもの雷魔法が放たれ、その一撃一撃が土人形数体を破壊し、グラウンドの地面をも破壊し、まさに破壊だけがその場を支配した。
「……やっぱりこんなものか、魔法のレベルは」
制限時間が過ぎる頃には魔法師が魔力切れで魔導具によって作られる土人形を作り出せずにおり、グラウンドには底が見えない程の大穴が空いている状態で終わった。
トールは勘違いしていた。ユグドラシルの五歳児でフランク王国の王宮魔導士が歯が立てないくらいに強く、ユグドラシルがバグっていることに。
序章までは一気に投稿しているんで、さすがに書くことないですよ!
とりあえず黒子のバスケって、面白いですよね。ミスディレクション、影薄いから使えないかな。あれ便利だろうな。