序章4/7
シヴにかけられた魔法をトールが解除した日の夜、シャルルとオリヴィエは執務室で国内の書類に目を通していた。
「オリヴィエ」
「どうしましたか?」
「トールくんはあれでよかったと思うか?」
「それは本人が良いと言っているのですから、良かったのでしょう」
トールの住まいを用意する際、城と魔導学園に近い民家が空いていた。シャルルは最初どこかの高級宿屋があればせめてそこにしようと思っていたが、トールがその民家が良いと言ったのでそこにせざるを得なかった。トールはすでに家に住み始めており、必要なお金も毎月国が手配することになった。
「オリヴィエは彼のことをどう思っているのかな?」
「どう、とは?」
「キミのことだ、怪しんでいるんだろ?」
「それが私の仕事ですから」
シャルルとオリヴィエは幼い頃からの付き合いで、お互いの考えていることが分かるくらいになっていた。衝突することもあったがお互いに考え合って国を良くしようと考えていた。
「俺の目からすればトールくんは怪しくないと思うが……」
「怪しいところはありませんが、ユグドラシルというおとぎ話のような場所を示されてもその証拠を出してもらわなければ信用できません」
「俺とオーディン殿とのやり取りは、俺とオリヴィエ、オーディン殿とオーディン殿が頼んだトールくんしか分からないはずだ。一つ目の解呪はともかく、二つ目の護衛は分からないと思っている」
「その情報がどこかで漏れた可能性はありませんか?」
「それはあり得ない。この王国で無理なら、オーディン殿とのやり取りはオーディン殿が作り出した魔法だから誰であろうとも情報を盗み出すことはできないよ」
オリヴィエ自身もトールのことを決して信じないと思っているわけではない。ただユグドラシル出身ということだけで世界では大きな存在力を持つため、慎重に真偽と使い方を見極めなければならないと思っているからだ。
「それにしても、彼は学園に通うシヴさまをどう護衛するのでしょうか?」
「そこら辺は彼の魔法でするんじゃないのかな? 護衛の仕方まで指定することはできないからね」
「彼は今いくつなのですか?」
「確か十四だとオーディン殿の手紙に書かれていたね」
「……思ったのですが、それならシヴさまと一緒に通われてはいかがですか?」
「……そうか、その手があったか」
オリヴィエの提案にシャルルは思ってもおらず、雷にうたれた衝撃を受けた。
「その手は考えていなかった。よし、これはトールくんに交渉しよう。学園に通ってもらった方がシヴを守りやすいだろう」
「えぇ。それにシヴさまに魔法を教えてもらえるかもしれませんからね」
「確か魔導学園の試験はまだ始まってなかったよね?」
「試験は五日後ですね」
「それなら明日の朝にでもトールくんの元にお忍びで向かってその趣旨を説明しよう」
「はい、承知しました」
トールの知らぬところでことが大きく進んでいることを史上最高と呼ばれているトールでも知るすべがなかった。そんなトールは今。
「……何だか、嫌な予感がするなぁ……」
知るすべがなくても、異常なまでの第六感で何かしらを察知しながら与えられた民家で一人料理を作っていた。
☆
トールがフランク王国に来てから五日が経過し、トールは城の近くにある大きな建物が多く立ち並ぶ魔導学園の前に来ていた。
「はぁ……」
四日前の朝にトールの元にシャルルとオリヴィエがお忍びで来て、学園に入学することを勧めてきた。近くにいた方が守りやすいことは分かっているトールであるが、近くであろうと遠くであろうとも、この国にいれば余裕でトールの守備範囲であった。
それに加えてトールからすればユグドラシルとは違い、前時代的な魔法の練度を知って学園に行くことが苦痛だと思ってしまった。
ただ、学園に行くことで明確にこの世界のレベルを知りたいと思ったトールは学園に行くことを了承した。ある程度まで行けば退学になるという選択肢もあるため、トールは学園の前に立っている。
「……行くか」
やる気のないトールは入試の会場である学園に入っていく。試験があること自体、トールは面倒だと思っているが受ける気はある。しかし、シャルルから出されたユグドラシルの民であることを隠し、実力も抑えるということに対してやる気が出なくなった。
自身はそこまで条件を出される立場ではないだろうと思いながらも、引き受けてしまった以上学園に入学できるようにするしかないとトールはため息を吐いて学園の中に入っていく。
この入試は貴族ではなく、平民が受ける入試になっている。すべての貴族は学園に入ることがどんなに出来損ないでも許可されており、トールと同じように入試会場に向かっている人の波はすべてが平民であった。
平民がなぜこの学園に受けるのか。それはこの学園に入れば学費及びその他費用をすべて学園側が負担してくれ、活躍の場が与えられ、様々な場所からスカウトが来る可能性が他よりも高いからだ。
そのためトールはやる気のない顔をしているが、他の入試者はやる気に満ちていた。人の波に乗ってトールは階段教室にたどり着き、指定された場所に座った。
「はぁ……」
ため息ばかり吐いているトールであったが、自身の隣に座っている女の子が目に入った。トールが見ている女の子は、ひどく冷や汗をかき、震わせている手を落ち着かせようとしている肩まである黒髪に弱弱しい雰囲気だった。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
何度も深呼吸している黒髪の女の子にトールは逆にこちらが緊張してくるくらい緊張しているなと思っていた。
しかしトールは黒髪の女の子に声をかけることはなかった。決して他人事だと思っているわけではなく、彼女が人見知りするタイプで逆に声をかけることはダメだと思っているからである。
「それでは、今から問題用紙と答案用紙を配っていく。時間になるまで見ないように」
トールが横目で黒髪の女の子のことを見ていると教室に試験官が五人入ってきて、二枚の用紙を配られて行く。トールの元にも裏向きになっている二枚の用紙が配られたが、トールは隣に座っている黒髪の女の子の異変に気が付いた。
「あれ……あれ……?」
黒髪の女の子はカバンの中やポケットの中をまさぐって何かを探しているが、見つからずに顔を先ほどよりも青くしていることにトールは見ていた。
トールが机の上を見ると、机の上にはなければならないもの、筆記用具がなかった。それを持ってくるのを忘れてのだろうとトールは考えたが、当の黒髪の女の子は涙目になってどうしたらいいのか分からない顔になっていた。
「これ、使う?」
「えっ……?」
見ていられなくなったトールは自身の持っていた二つの筆記用具のうちの一つを黒髪の女の子のそばに置いた。黒髪の女の子はトールの行動に驚きを隠せず、固まってしまった。
筆記用具を渡したトールは黒髪の女の子の反応を見ずに視線を外して前を向いた。その行動が輪をかけて黒髪の女の子の動揺を強めた。
「えっ、あの、その、えっと……」
黒髪の女の子が何か言おうとしてきているため、トールは彼女の方に目を向けた。それを見た黒髪の女の子はどうすれば良いのか分からずに慌ててあちこち視線をさまよわせていた。
「その筆記用具は気にしなくて良いよ。偶然二つ持っていたから」
「あ、その、ありがとう、ございます……」
「大丈夫だよ。それよりもお互いに頑張ろうね。そんなに緊張していたら力が発揮できないよ?」
「う、うん、そうだよね……うん」
トールが声をかけたことにより、少しばかり黒髪の女の子の緊張がとけるが未だに緊張は残っている。
「それ、絶対に受かる魔法がかかってるから」
「えっ! ほ、本当に⁉」
「いや、魔法は本当にかかっていないよ? でも、そう思っていた方が緊張しないと思う」
「……そうだね。ありがとう」
トールの言葉をかけられた黒髪の女の子は少しだけ緊張が残っているが、いつものパフォーマンスができる顔つきになっていた。
「それでは、これより試験を始めます。制限時間は五十分。始めてください」
試験官のその合図で、全員が問題用紙を表向きにして試験を開始した。
書くことがないんですけど、序章をここまで長くするつもりはありませんでした。普通に学園に入るところまでは書けると思っていたんですけど……。←最近になってこの……を取得しました。前までは・・・・・・だったので、スマートになった気分です。