序章2/7
トールは、トールの話を聞かなかった門番の横を何の感情もなく通り過ぎて、シャルルに続いて城の中に入った。城は煌びやかな装飾が施された立派なものでそこにいる人たちもそれ相応の恰好の人たちがおり、それを見たトールは物珍しく辺りを見ながら城の中を進む。
しかし、城の中は騒がしく、シャルルが戻ってくるとシャルルの元に使用人や貴族と分かる服を着たおっさんなどが集まってきた。
「シャルルさま! 突然どこに行かれるのですか⁉」
「突然お部屋を飛び出されてどうされたのですか⁉」
「あなたは王なのですから、自覚を持たれてください!」
「せめて護衛を付けて飛び出してください!」
シャルルに対して困惑する声や心配する声などが飛び交っているが、シャルルはそれを受け付けずに周りに集まっている人たちを押しのけて進み始めた。
「今は後にしてくれ! 今はシヴの元に行かせてくれ!」
「シヴさまですか? それに後ろの彼は一体どなたですか?」
シャルルの周りにいる人々から道を譲ってもらってきたのは眼鏡をかけ、茶髪に鋭い眼光を持った落ち着いた雰囲気の男性であった。茶髪の男性はシャルルに話しかけると同時に付いてきて人におしくらまんじゅうされているトールに目を向ける。
「例の彼だ。だから今すぐにでも向かっている」
「彼がですか? ……分かりました、今すぐに手配します」
茶髪の男性はシャルルの言葉を聞いてトールに目を向ける。トールはその視線に気が付いているが、気が付いてないフリをしてされるがままおしくらまんじゅうをしていた。
「王に纏わりつくとは何事ですか! 今すぐにすべてのものはこの場から離れなさい! これは命令です!」
茶髪の男性の大きな声で発せられた言葉に全員がその声に驚いてシャルルから離れていく。道が空いたシャルルはトールを見る。
「すまない。彼女はあちらだ」
「構いませんよ」
シャルルと親しそうにしている茶髪の男性もシャルルの横に並んで駆け足でシヴの元へと向かっていた。
豪華な階段を上がり、使用人や貴族たちの横を通り過ぎるトールはすべての人々の顔や雰囲気を見ていた。これほどまでに人間と接する気がないためじっくりと観察しているのだ。
駆け足であることもあり、物の数分で目的の部屋の前にたどり着いてシャルルと茶髪の男性は立ち止まった。
「ここが、シヴのいる部屋だ。キミがあそこの出身であろうとも、覚悟して入ってほしい」
「覚悟、ですか……、分かりました」
シャルルはトールに部屋に入る際の警告を行うが、トールはその警告を軽く受け流して扉を見た。魔法使いでなければ何の変哲もない扉であるが、トールの目には幾重にも張り巡らされている魔法陣が見えていた。
それを見たトールは、どれもこれも中から外に漏れ出さないように張り巡らされている魔法術式で、無駄をしていると思わざるを得なかった。
「それじゃあ、開けるよ」
「いつでもどうぞ」
シャルルはトールに確認を取り、シヴがいる部屋の扉を開けた。扉が少し開いた瞬間から、中からおぞましいほどの瘴気があふれ出してきた。
「くっ、今日に限って強い!」
「これ以上は近づけません!」
それにシャルルと茶髪の男性は引き下がったが、トールは気にせずにシャルルが途中で止めた扉の開放を代わりにやり遂げた。
部屋からは大量の瘴気が魔法陣を通り越して外にあふれ出てきた。近くにいた兵士やシャルルたちが瘴気に当てられ、膝をついて苦しそうな表情を浮かべていた。これ以上瘴気に当てられていれば、身体に影響が出るかもしれなかった。
それに対してトールはさすがにまずいと思い、張ってある魔法陣をすべて消し去り、一つの魔法陣を張ることで完全に外に瘴気が流れ出ないようになった。
「これで大丈夫ですね」
トールの魔法陣で瘴気が出なくなったことにより、周りにいたシャルルたちは苦しそうな顔は一転、解放されて安心した表情になっている。
シャルルたちの安全を確認したトールは、部屋の奥で眠って瘴気をまき散らかしている元凶のところまで歩いて行く。
部屋には女の子らしい小物などが置かれており、年相応の女の子の部屋だった。だがそんな部屋をトールは一瞥もくれずに部屋の奥に置かれているベッドに寝かされている王女の元へと向かった。
「……これは」
美しい長い金髪に、それに見合うほどの美貌を持ってベッドで死んでいるかのように眠っている女性を見て、トールは目を細めてじっくりと王女を見つめた。
「トールくん、大丈夫なのか⁉」
部屋の外からシャルルの心配する声がトールにかけられるが、トールは聞こえていても無視してシヴを見ていた。
瘴気を周りにまき散らしている張本人であるシヴを普通の人が見ようとしても瘴気が濃くて見ることができないが、トールにはハッキリと見えていた。
そしてシヴにかけられている目に見えない魔法陣も見えている。最初にかけられた呪いと呼ばれる魔力を瘴気に変換する魔法陣から、そこから何重にも重ねられている瘴気を増大させる魔法陣やシヴの意識を一定以上の魔力が増えない限り目を覚まさない魔法陣などが見えていた。
そこから魔法陣を解除しようと様々な魔法を重ねられた結果、魔法陣が複雑に重なり合って、もはや術者ですら解除困難な状態になっていたのだ。
「……どうして、これを解けないんだろうか?」
トールはすでにすべての魔法陣の正体を看破し、解ける状態になっている。だが、これくらいの魔法陣を解けないことがトールには理解することができなかった。これくらいでオーディンを呼ぶほどのものなのかと。
ユグドラシルに暮らしているトールからすれば、オーディンが軽く出す魔法陣の足元にも及んでおらず、ユグドラシルにいる五歳児でも解けると思って困惑している。
「まぁ……、これくらいってことか」
ユグドラシルの外の魔法のレベルを理解したトールは、シヴにかけられた魔法陣を解くことにした。数十と折り重なっている魔法陣に対して、その反対の効果を持つ魔法陣を掛け合わせて打ち消すことにより魔法陣は消えていく。
普通の人ならば魔法処理が追い付かずに魔法陣を十以上出すことは不可能に近いが、トールは難なくやり遂げ、シヴから発せられていてた瘴気が止まった。
「んっ……」
トールがすべての魔法を解き終えると、シヴは目を薄っすらと開けた。そして傍にいるトールを焦点の合わない目で見ている。
「……か、み……さ、ま?」
「違いますよ、僕は人間です」
「……だ、れ?」
「今は寝てください。そうすればまた会えます」
体力がない状態で必死に声を絞り出しているシヴに優しく語り掛けシヴの額に手を乗せたトール。トールはぐっすりと眠れる魔法と身体の調子を整える魔法をかけると、シヴは安心して眠りについた。
「トールくん! シヴは……」
瘴気が消えたことによりシャルルは急いで部屋に入ってきた。そしてトールの目の前でぐっすりと寝ているシヴを見て、ゆっくりとシヴに近づいて行く。
空気を察したトールはシヴから少し離れたところに移動して入口の方を見ると、茶髪の男性が部屋の入口付近でトールのことを見ていた。男と見つめ合う趣味がないトールはシャルルとシヴの方に視線を戻した。
「……さわれる。今まで瘴気で触れなかったシヴの手に、さわれる」
シャルルは眠っているシヴの手を両手でふれて肩を震わせている。
「もう、さわれないかと思っていたのに……」
感激して涙を流し始めたシャルルはシヴの手を自身の顔に近づけて静かに泣いている。それを見ているトールは思うところがないわけではないが、自身がやったことと結果があまりにも不相応で困惑していた。
この場から去った方が良いと感じたトールは部屋の出入り口に向かうが、そこには茶髪の男性が立ちはだかっていた。
序章まではすべて投稿が始まる前から予約投稿をしています。とりあえずは序章までは一日一話投稿はできていますかね。