序章1/7
トールがユグドラシルから出発して一時間ほどでフランク王国が見える範囲にたどり着いた。
馬車や魔導具、魔法の手段を取ったとしても、ユグドラシルからフランク王国まで一ヶ月以上はかかるが、これでもトールは本気を出さずに一時間ほどでたどり着いてしまう。
「うーん……、思ったよりしょぼい」
トールの視線の先には高い壁が国を囲んで存在しており、壁の中の中央に一際目立つ城があった。それを見てトールはしょぼいと言ったのだ。
期待外れだと言った顔を一瞬だけ覗かせながらもすぐに元の表情に戻ったトールは、王都に向かう人が多くなっている中で王都に続く整備された道を歩いている。
王都に近づくにつれて馬車や行商人や冒険者、騎士など様々な人がおり、トールはその人の波に乗りながら王都に近づいて行く。
王女を解呪するだけなら城まで直接飛んで行けば良いと思ったトールであったが、護衛のこともあり失礼に当たると分かっているため正面から向かっている。
王都に入るための門の前には長い行列が二つ続いており、門では二人の門番が検問をしていた。トールはその片方の列に並び、自身の番が来るのを待った。
この間トールはこれからどうするとか、何をすべきかとか、何も考えていなかった。ただ無であることに全力を注いでいた。
「次、冒険者証や何か身分証明できるものは持っているか?」
数十分後にトールの番となった。順番が一人前になってからトールは心構えはしていた。さすがに何も考えずにいては王都に入ることができないようだ。
「いえ、持っていません」
「それなら王都に来た理由と通行料に銅貨三枚をもらう」
鉄の鎧を着ている門番からの言葉にトールは袋から一枚の硬貨を取り出して門番に出しながら質問に答える。
「ここには、まぁ、護衛みたいな仕事をしに来ました」
「へぇ、どこかの令嬢の護衛か?」
「そんな感じです」
「って、一枚しかな――」
トールから渡された硬貨を見て門番は固まってしまった。何せ、銅貨千枚分の価値がある金貨を渡されているのだからである。
「こ、これは金貨だぞ⁉ 銅貨三枚なのに金貨を出されてもお釣りは出ないぞ!」
「あっ、じゃあ余計な分はもらっといて大丈夫です。いらないんで」
「えぇっ⁉ もらっといてって、えぇっ……?」
門番は困惑するしかなかった。一般市民は暮らしていれば良くて銀貨しか触らず金貨を触れたことなど一回しかないくらいであったのに、この目の前の男はお釣り、銅貨九十七枚分をくれると言っているのだ。
「ほ、本当に良いのか?」
「はい、まだまだあるので。それに僕の里では使いませんからここで使わないとどうせ捨てることになるので」
「それなら俺がもらうぞ!」
「はい。そうしてください。それで、僕は通って良いんですか?」
「あぁ、身分証がなくても適当な理由と金があれば通れるようになっているから、通って良いぞ」
「ありがとうございます」
門番が断る理由もなく横にずれた。そこをトールはお礼を言いながら通り過ぎていく。
王都の壁は分厚く、王都に入るまで少しの時間を要する厚さであった。トールはその門を通り抜けて王都へと入った。
そこは多くの人々が行き交い賑わいを見せている場所であった。今までユグドラシルの中だけで暮らしていたトールはその光景に少しだけ威圧感を覚えたが、すぐに解消されて王都の中を歩き始める。
王都の中には魔法が組み込まれている道具、魔導具が人々の暮らしに溶け込んでいた。街灯はもちろんのこと、王都は魔導具の結界が張られている。その他にも様々な魔導具が王都にて活躍していた。
「どうやら……、外も魔導具を基盤に生活が成り立っているようだね。……まぁ、文明レベルは低すぎるけど」
しかし、ユグドラシルから来ているトールにとってはそれらすべてが稚拙に見えている。トールからしてみれば無駄が多すぎ、意味の分からない構造になっているのが見えているがための発言だった。
ユグドラシルと比べるのは良くないと思ったトールは、目的の場所である中央の城へと歩を進める。
☆
「立ち去れ、そのようなことは聞いていない」
「えぇ……」
城の近くまで来たトールは城へと続く道の前にいた二人の屈強な兵士のうちの一人に話しかけたが、取り扱ってはくれない態度を取られてしまった。
「王さまに聞いてもらえれば分かるはずです。ユグドラシルから来たって」
「何度言われても通さない。そのようなことを聞いていれば覚えているはずだ」
「……話が違うよ、先生」
取り扱ってはくれそうにない雰囲気を醸し出している会話している兵士と、最初からこちらに目を合わせようともしてくれない兵士に、トールはここにはいないオーディンに誰にも聞こえない声で愚痴った。
「何より、ユグドラシルは貴様のような者が出身だと言えるようなところではない。今すぐに撤回しろ」
「撤回しろと言われましても、それが事実ですから」
「そんな戯言を信じろと?」
ユグドラシルの名は世界を救った、世界の発展に貢献してきた人物の出身として良くも悪くも知られているため、その名で騙った人が出てきていた。
そのためユグドラシルの名を出してまず信用されることはなかった。それをトールはユグドラシルの中でしか暮らしていなかったため分かっていなかった。
「でも、どうしてユグドラシルの者が僕みたいな人じゃないって言いきれるんですか?」
「貴様のような人は腐るほど見てきている。逆に聞くが、貴様がユグドラシルの民という証拠はあるのか?」
「出しても良いですけど、それがユグドラシルの者である証拠ということがあなたに分かるんですか? それができなければ話になりませんよ?」
「それは貴様がすることだ。俺がすることではない」
「だからそれを分かる人を出して来ればいいじゃないですかね? あなたがしていることはここで脳死して突っ立っているだけの木偶の坊ですよ?」
「口には気を付けろ詐欺師の分際で!」
兵士がトールの言葉にキレ、持っていた槍を構えてトールに突き付けた。それに合わせて隣にいる兵士も槍をトールに突き付ける。
それを見たトールはため息を吐かざるを得なかった。すべての人間がすべてこうではないと分かっているため特に何も思わないが、ここでの役割は果たせないと考えていた。
ここで帰ってもオーディンには何も言われないだろうと考えたトールは兵士たちに背を向けて来た道を引き返していく。
「分かりました。では自分はここで失礼します」
「とっととユグドラシルの帰るが良い、詐欺師」
兵士はトールのことを見て嘲笑の笑みを浮かべているが、それを我関せずにトールは前を向いて歩き始めた。
「ハァ、話が違うよ、先生」
またしてもユグドラシルにいるオーディンにそう愚痴りながら、城から離れようとしたその時、城の方からトールに向けて声が発せられた。
「そこのキミ、待ってくれ!」
その声にトールが振り返り、美しい金髪を持った顔が整っている三十代くらいのカッコいいというより美しいと言った方が良い男性が走ってトールの元に来ていた。トールは足を止めて男性が来るのを待った。
「ふぅ、キミがオーディン殿の一番優秀なお弟子さんで間違いないかな?」
「先生はそう言っていますね」
「それなら良かった。まさか手紙よりも早く来るとは思わなかったよ」
「あぁ、なるほど……」
トールは金髪の男性の言葉に、本当にユグドラシルの件が聞かされていないことが分かった。そしてこの男性が誰なのか、トールには見当がついていた。
「あなたがオーディン先生に手紙を送ってきた主ですか?」
「そうだよ。俺はこの国で王をさせてもらっている、シャルル・フランクだ」
シャルルのことを一秒にも満たない時間見たトールは、この人が善良な王であることを見抜いた。そして礼儀としてトールも自己紹介を行った。
「僕はユグドラシルから来ました、トール・ミッドガルドです」
「トールくんか。早速で悪いんだけど、娘を見てほしいんだ」
「はい、そのために来ましたから」
トールは駆け足で城に向かうシャルルの後を追い、城へと入った。
思ったんですけど、一日一話よりも、一日二話の方が良いんですかね?
ふと思ったこと何で、思うところがあれば感想でください。