入学。⑧
トールとグンテルの決闘が決まったことは、瞬く間に学園中に知れ渡った。その経緯やトールがシヴのことを操っていたなど、ありもしない事実も一緒に知れ渡っていた。
それは学園だけではなく、シャルルの耳にも届いていたことでシャルルはオリヴィエと一緒にその日の夜急いでトールが暮らしている民家に訪れた。
「トールくん! グンテルと決闘をするというのは本当かい⁉」
「本当ですよ」
市販されている紅茶を飲んで魔法の研究をしていたトールはシャルルの質問に頷いた。そして研究資料を魔法で異次元に収納してシャルルとオリヴィエに紅茶を出した。シャルルとオリヴィエは出された紅茶の前に座り、シャルルはトールに再度質問した。
「どうしてそんなことになったのかな?」
「どうしてって、ジークフリートって人が僕に突っかかってきたからですよ」
「その経緯を教えてくれませんか?」
「良いですよ。今日の放課後に――」
オリヴィエに問われて、トールは今日起こったグンテルのことを話した。グンテルのことをトールが話していくうちにシャルルとオリヴィエの表情は暗いものとなっていった。
「――という感じです。これで満足ですか?」
「えぇ、満足です。それにしても、グンテルくんが……」
トールの話を聞いたオリヴィエは考え込むようにして、シャルルは大きなため息を吐いた。
「でも、あの人がシヴ・フランクを守ってくれるのなら僕はもう守らなくても良いですか? ジークフリートさんがあんなにも自信満々に言っているんですから、僕は不要だと思いますよ。それに学園中で僕の悪い噂が広まっているのなら護衛はやりづらいですから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! シヴの護衛はキミにしか頼めないんだ。グンテルくんは確かに強いが、こういう時に自分の思い通りにする節がある。そんな男にシヴを任せることができない」
「でもジークフリートさんとシヴ・フランクは婚約者だと聞きましたよ? そっちに任せてしまえばシヴ・フランクも安心でしょう」
「あれは彼が勝手に言っていることなんだよ。俺は確かにシヴが同意すれば婚約者にすると言ったが、シヴが同意するとは考えられない」
「どうしてですか?」
トールのその疑問に、シャルルとオリヴィエは虚を突かれた顔をした。二日間だけであったが、はたから見れば、シヴはトールに好意を持っていることは明らかだった。それを監視を任せていたオリヴィエの娘に聞いた時、トールを上手くこの国に引き留められるのではないかと考えた。
だが、トールは魔法や戦闘技能において人の域を超えているが、恋愛ごとに関して言えば全くの素人だと言ってもよかった。そして女性からの好意が分からないでいたため、シヴに好意を持たれているということが分からないのだ。
「それは本気で言っているのかな?」
「本気って、真意が見えませんが……」
「……いや、分からないのなら俺たちから言うことではないね」
「はぁ……そうですか」
シャルルの言っていることが本当に分からないトールに、シャルルはこの騒動が終わればシヴにそれを伝えておかないといけないと思った。
「とにかくだ、トールくんはグンテルとの決闘はどうするつもりなんだ?」
「勝つつもりですよ?」
「おそらくトールくんは大勇者の息子であるグンテルとの戦いでも余裕で勝ててしまうのだろうね」
「それはそうですよ。そもそも大勇者って何ですか?」
「……ユグドラシルの民なのに、大勇者を知らないのか?」
「ユグドラシルと大勇者がどうして繋がっているんですか?」
シャルルはトールの質問に驚いた表情をした。基本的にトールはこの国のことや人間のことを知らない。知っていることは礼儀作法などの生きていく中で困らないことであって、有名人などは全くユグドラシルでも情報が入ってこない。
「大勇者は、十八年前に起こった魔物の大量侵攻を食い止めたジークフリートの偉業を讃えてつけられた称号です」
「それがユグドラシルとどんな関係があるんですか?」
「その大勇者、アルミニウス・ジークフリートがユグドラシルの出身です」
「……そうなんですね」
オリヴィエから説明されても、トールは全くアルミニウスのことが分からなかった。しかし頭の片隅にアルミニウスの名前があり、どうしてアルミニウスの名前があるのかが思い出せなかった。
「ユグドラシルにいたのが十八年以上前だから、トールくんはアルミニウスを知らないのかな?」
「たぶんそうだと思います」
「それでもアルミニウスの名前が出るとかないのか? 大侵攻を食い止めた大勇者だって」
「……うーん、たぶん知っている人はいると思いますけど、そんなに大したことじゃなかったんじゃないんですか? ユグドラシル以外でユグドラシルの民が手に負えなくなることなんてないので」
「その物言いは少し外の世界を知らなすぎじゃないのか? アルミニウスがいなければ世界は滅んでいたと思うぞ?」
「そうですか? まぁそこはどうでも良いですけど」
シャルルに反論しようとしたトールであったが、説明が面倒だったため胸に秘めた。もしもユグドラシルに出現する霜の巨人たちが世界にもいたとすれば、それこそラグナロクはすぐに訪れているとトールは思ったが、世界を見て回っていない自身が言うことではないと思った。
「その大勇者さまの息子なんですから、もう護衛を任せても良いんじゃないんですか? もう色々と面倒くさくてシヴの護衛をやりたくないんですが?」
トールからしてみれば、シヴを狙う刺客ではなく身内から被害を受けていた。そんなところにいたいと思う人はいない。
「それは無責任と言うものではありませんか? 一度引き受けたのですから最後までやり切るべきです」
「そうは言っても、そっちの人間がこんな状況にしているんですよ? 最後までやり切れと言うのならキッチリと身内の管理くらいしてください」
「……そこは何も言えませんね」
一度は反論したオリヴィエであったがトールの言葉で大人しくなった。トールとしてはシヴの護衛や、シヴに魔法を教えることは苦ではないが、そのためにグンテルが付いてくることは許せなかった。
「決闘はやります。そして勝ちます。僕は生まれてから負けたことがないので負けるつもりはありません。ですが、その後にそちらがグンテル・ジークフリートの対処と学園の評判をどうにかできなければ僕はシヴの護衛を今後一切せずにこの国を出ます」
「……ありもしないことを言われ、その噂が立っているトールくんにとっては妥当な判断だね。分かった、グンテルはこちらで対処しておく」
「噂についても私が何とかしましょう」
トールの条件にシャルルとオリヴィエは同意した。正直トールはそれに同意しなくても良いと思っていた。そこまでシヴに思い入れがないため、シヴがどうなっても良いと思っているからだ。
「それにしても、まさかグンテルがこんなことをするとは思わなかったぞ……」
「えぇ。少しは考えているものかと思ってしましたが、まさかあそこまで自分勝手に動くとは思いませんでした」
シャルルとオリヴィエが疲れた表情をしていることで、トールはグンテルと関わっていることを可哀そうに思えてきた。
「どうでもいいことなんですが、シヴ・フランクとグンテル・ジークフリートは幼い頃からの知り合いなのですか?」
「そうだね。そもそも俺とアルミニウスが大侵攻の際に一緒に戦った仲で、シヴとグンテルの年が近いこともあって一緒に遊んでいた。あの頃はオリヴィエの子供のエイルの三人で良く遊んでいたな」
「そうですね。あの頃は何も起こっていませんでしたから」
トールがそう聞くと二人は昔を懐かしむ顔をしていたが、その会話の中で何かが起こったであろうことをトールは察知できたが聞かないでおくことにした。
「トールくんには悪いが、決闘が終わるまでの間は学園の悪評を我慢しておいてほしい。終わった後は絶対にこちらで何とかする」
「別に我慢はしませんよ。最初から気にしていませんから」
「そうか? 気にしないわけがないと思うが……」
「そこら辺に飛んでいる虫が気になりますか? 僕は気になりませんね」
「ま、まぁ、トールくんがそう言うのなら良いんだ」
トールはシャルルとオリヴィエと約束し、翌朝を迎えた。