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入学。⑦

 金髪の男性はトールの方を睨みつけながらトールとシヴの方に歩み寄ってきた。そしてシヴの方に近づいてシヴの肩を自身の方に抱き寄せてシヴをトールから距離を無理やり取らせた。


「お前、この子が王女だって分かっているのか?」

「それが分からないと思っているんですか?」


 年上のようであったため一応敬語は使っているトールであるが、その心情はいきなり訳も分からず怒りの感情を向けられてすごく面倒くさい気分だった。トールはこれが面倒ごとじゃないわけがないと思っている。


「それならどうしてあんなにも密着していたんだ? 立場というものを弁えろ」

「別に僕がしたことじゃないですからね」

「言い訳をするのか? どうせお前が彼女に言い寄っていただけだろう」

「……メンド」


 少し会話しただけでもトールは目の前のシヴを抱き寄せている男と関わらないのが吉だと思った。だが金髪の彼が誰かを知らないことにはシヴの元から離れられないと思い、トールはシヴに視線をやった。それに気が付いたシヴは少し目を伏せて答えた。


「この方は、十二勇将が一人、アルミニウス・ジークフリートさまのご子息で、グンテル・ジークフリートさまです」

「十二勇将……」


 それを聞いたトールは十二勇将という言葉は全く分からなかったがアルミニウス・ジークフリートという名前だけはどこかで聞いたことがあると思ったが、今はどうでもいいと投げた。


「おい、アルミニウスってあの大勇者だよな」

「あぁ、あいつは大勇者の息子だ。大勇者の息子という名に恥じずに強い」

「大勇者の息子って、どこかに行っていたって聞いたぞ」

「あぁ、確かフランク王国にいるSランクモンスターを討伐しに行ったって聞いたな」

「きゃああああぁっ! グンテルさまぁ!」


 グンテルが登場して周りの視線はトールたちに向けられることになった。


「そしてシヴの婚約者だ」


 付け加えるようにグンテルがシヴの婚約者と発言したことでこちらを見ていた野次馬たちのざわめきが大きくなり始めた。


「グンテルさま、そんな事実はないはずです」

「昨日帰ってきたから俺が無理言って国王さまに聞いてもらったんだ。これまでは守り切れなかったけど、この旅で強くなってきたんだ。だからこれでシヴを守れる」


 面倒なことだからトールは思考を停止しかけていたが、シヴを目の前の男が守るのなら自身の役目はないのではないかと思った。それはそれで三年間を世界中を見て回ることに時間を費やすことができると思っていた。


「それで、お前はどんな手を使ってシヴを操っていたんだ?」

「言っていることが分かりませんが?」

「シヴが俺以外の男に心を開くわけがない。魔法を使ったに決まっているだろ」


 グンテルのその言葉に周りのざわめきは人々を呼ぶくらいになっていた。こいつと関わると面倒だということが証明されたとトールは思った。


「やっぱりそうなのか」

「そりゃそうだろ。王族が平民に近づくわけがないだろ」

「でも王族に魔法をかけるってすごい魔法を使ったことじゃない?」

「何かいい魔導具でも使ったんじゃないの?」

「もしかしたら平民じゃなくてどこかの王位継承権を狙った貴族の仕業だったりして」


 トールたち三人をよそに話は留まるところを知らなかった。それはグンテルの思惑通りと言わざるを得なかった。


「さぁ、卑怯で愚か者。すべて白状しろ」

「……そんな事実はないですよ。めんどくさい」

「何だその態度は! 心当たりがなければ慌てるはずだぞ!」

「そんなものは人それぞれでしょ。それともあなたは人のすべてを分かっているとでも?」

「今そんなことを言っていないだろ犯罪者が! 誰か王国兵士を呼んで来い!」


 グンテルはトールが一方的に悪いと言っており、トールが気に喰わないと思っていた周りの生徒たちはそれに便乗し始める始末だった。


 どうなっても良いと思っているトールに対して、トールを社会的に追い詰めているグンテルは徹底的にトールを貶めるつもりでいた。なぜグンテルがこんなことを思っているのか、それは昨晩のシャルルとの会話にあった。


『シヴとの婚約、ありがとうございます』

『許可したわけじゃないよ。シヴがキミとの婚約を認めればの話だ』

『それよりも、あのシヴのそばにいる平民は誰なのですか? あれは国王さまが知っていることなのですか?』

『知っているも何も、彼は俺が呼んでシヴの護衛をしてもらっているんだよ』

『国王さまがですか⁉ それなら私がいるので今すぐに護衛の任を解いてください!』

『それはできない。彼以上にシヴの護衛を任せられる人はいないからね』

『私だと不十分と言いたいのですか?』

『そう言っているんだ。それとも、シヴを守れなかったキミが守れると言いたいのかな?』

『ッ! ……ですから、シヴを守れるような強さを持って戻ってきました!』

『それがシヴを守れる絶対の強さだと言えるのか?』

『絶対だと言えます!』

『キミが絶対だと言うのなら、彼はキミよりも絶対だ。それくらいに彼には絶対的な力があるんだよ』


 シャルルの圧倒的なまでのトールへの信頼、そして遠目から見たトールへのシヴの感情を見てドロドロな感情がグンテルの中で渦巻いていた。


 だからこそトールをここで徹底的に評判を落としてシャルルの信頼をなくしシヴに二度と近づかないようにしようと考えていた。しかし目の前の男は何も考えていないような顔をしていて、それがこちらをバカにしているような顔に見えてしまっていた。


「グンテルさま! ありもしないことを言うのはやめてください!」


 この状況をまずいと思ったシヴは大きな声でグンテルに異議申し立てするが、グンテルはシヴの唇に優しく指を置いて諭すように答えた。


「シヴは操られていたんだから仕方がないよ。今すぐにでも神道教会に行って洗脳を解いてもらおう」

「そんな事実はありません! トールさまは私の命の恩人なのですよ⁉ 立場や言動を弁えるのはあなたの方です!」

「そんなことを言ってしまうなんて、やはり洗脳されているようだ。度し難いほどの悪人だな、お前は」


 グンテルはシヴの言葉を全く聞かずに周りのトールへの印象を悪くしていた。そして野次馬たちは大勇者の息子であるグンテルの言葉を信じ、トールの印象が地に落ちていた。


「平民がこの学園に来ることすらおかしいんだよ」

「そうだ。平民何て魔法を使えないクズのくせに」

「それに王女さまを操っていたなんて極刑に値するぞ」

「あいつのことを一目見てから悪人だと思っていたんだよなぁ」

「可哀そうに、シヴさま。でもグンテルさまが来たからもう安心ね」

「グンテルさまは何たって大勇者の息子だものね」


 周りから聞こえる自身の根も葉もない言葉を聞いてもトールは特に何も思わなかった。物事の本質を見極めず、騒いでいるだけの家畜だと認識していた。


 ユグドラシルの中で暮らしていたトールは、人間の悪意など話でしか聞いたことがなかった。ユグドラシルの民すべてが自分が思うままに生きており、他人に一切迷惑をかけていなかった。それ故にこうして悪意に晒されることはトールにとって初めての経験だったが、所詮はそれだけであった。


「一つお前に提案してやろう」

「何をですか?」


 そんな時、グンテルがトールに向けて言葉を発した。面倒なことだと分かっているトールであるが一応聞いてやることにした。


「俺と決闘をして、俺に勝てばこの場のことは無罪放免にしてやろう」

「無罪も何も、有罪になっていないでしょうが。あなたがそれを決める権利があるのですか?」

「そんなこと周りに聞いてみれば分かるだろ。なぁ、みんな」


 グンテルが野次馬たちにそう声をかけると一堂に同じことを言い始めた。


「お前なんか裁判にかけられなくても分かるくらいに死刑だよ!」

「今すぐにでも処刑されろ!」

「グンテルさまに口答えするな平民の分際で!」

「お前みたいな人でなしは今すぐに消えろ!」


 トールが悪いことをしていないのにもかかわらず、一人の男のくだらない感情のせいで罪人に仕立て上げられていた。トールは周りの光景を見て、少しだけユグドラシルにいる全人類を皆殺しにする破壊派の民の気持ちが分かった気がした。


 こんなものがいても世界には毒で、いない方がマシだと思える人間がこんなにもいる種族は他に見ないと思っていた。しかし、それは一瞬のことですぐに思考を切り替える。


「勝てば無罪だ。お前みたいなやつがこの学園に入れたことも疑問だからそれを実力で確認しないといけないな」


 グンテルとしてはこのトールと戦い、シャルルに自身の方が強いと証明したいがための言葉だった。この場の収束が付かないと思ったトールは引き受けることにした。


 しかし、この場にいる全員の記憶を改ざんすることは容易であるがそれは行わないようにしているためその選択肢は最初からない。


「分かりましたよ、受けましょう」

「お前はそう言うしかないよな。それじゃあ決闘は三日後の放課後だ。逃げるんじゃないぞ?」

「逃げる必要がないので、心配いりませんよ」

「お前のその余裕の表情がいつまで続くかな?」


 こうしてトールとグンテルの決闘が公衆の面前で決定した。

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