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入学。⑥

 トールたちが入学してから一日が経ち、今日から本格的に授業が行われることになった。始まる授業は共通授業で選択授業はまだ始まらないが、明日までに授業を選択しなければならない。


「今日から授業が始まりますね」

「そうだね。期待はしていないけど」

「どうしてですか?」

「稚拙な魔法を使っている文化の国で学べるところなんてあると思う?」

「私はこれでもこの国の王女ですのに、よくそんなこと言えますね……」

「気に障った?」

「いいえ! 全く気に障っていませんから大丈夫ですよ」


 トールとシヴは昨日と変わらずに密着して座って話している。クラスにいる女子たちはそれを見て無能姫と平民でお似合いと同じようなことを話している。対してのクラスの男子は、半数くらいの男子生徒が授業が始まる時間になっても来ていなかった。


「それにしても、このクラスって男子がこんなにいなかったっけ?」

「どうなんでしょうか? 昨日よりも少ないような気がしますが……」


 それはトールとシヴも気が付いているようだった。教室にいない男子生徒たちは昨日のシヴに押し寄せてきた男子たちで、ほとんどの男子生徒が自業自得で怪我をしたため療養をしている最中であった。


 トールがそれを聞けばどうしてそれくらいの傷をすぐに治せないのかと疑問に思うところだ。しかしこの国では怪我を魔法で治せるものが少なく、学園にも回復魔法を使える者がいない。


「何か用事があるのかもしれませんね。そんなことよりもトールさまはどの選択授業をお受けになるのかお決めになりましたか?」

「昨日の夜に見ていたけど、魔導具以外に気になるものはないかな」

「そ、それなら私と一緒の授業を選択しませんか? トールさまが受けたい授業がないと仰るのなら私と一緒の授業を受けてくださった方が、……その、心細く、ありませんから……」


 シヴは最初は普通にトールを誘っていたが、次第に恥ずかしくなったのか上目遣いをして声が小さくなっていった。しかしトールはそのすべてを気にせずに返事をした。


「うん、シヴと一緒の授業を受けようかな」

「ほ、本当ですか⁉」

「そっちの方が良いからね」

「そ、そうですか……私の方が良いのですか」

「えっ、うん……?」


 トールとしてはシヴと一緒にいた方が護衛をするのも良いと言っていたつもりなのだが、シヴは自身と一緒にいる時間の方が良いと聞こえて恥ずかしそうにした。どうして恥ずかしそうにしているのかトールは分からなかったが、聞きはしなかった。


 ☆


 一日の授業がすべて終わり、トールはため息を吐くしかなかった。退屈、これが授業を受けているトールの感想であった。


 隣にいたシヴは知識を蓄えようと楽しそうに授業を聞いていたが、古代人の授業を聞いているようでトールはシヴのように楽しそうに授業を聞くことができなかった。


 この国の人々は上昇意識が高いのか、クラスメイトたちはシヴのように真剣に授業を聞いていたなと不思議そうにトールは見ていた。トール自身、興味のある知識も興味のない知識も等しくユグドラシルで教育を受けさせられた経験があるため、トールはある意味この国の生徒たちは異常ですごいと思った。


「どうしたんですか? そんなため息を吐いて」

「いや、何でもないよ。少しだけ考え事をしていたんだ」

「どんな考え事ですか?」

「内緒」

「そんなことを言わずに教えてくださいよ。もっとトールさまのことを教えてください」


 トールとシヴは教室から出ながら話しているが、その光景を見た者はどう見てもイチャイチャとしているカップルにしか見えなかった。


「そのうちね」

「そのうちじゃなくて今知りたいです。ダメですか?」

「それは今日の魔法の出来次第かな」

「出来次第でトールさまが考えていることをすべて教えてくれますか?」

「すべては無理かな」


 トールの方からは何もしていないが、シヴが歩いていても密着して好き好きアピールをしており、それをトールが嫌がっていないためカップルに見えてしまっている。


「あっ、トールさま。これ見てください」

「うん?」


 廊下を歩いているとシヴがトールに声をかけながら止まり、掲示板を指さした。シヴの指で示されている方をトールが見る。


「……学年別序列決定戦?」


 掲示板に張り出されている紙の題名にそう書かれており、日時や受付場所などが書かれている。トールはそれを見て何のことだか分からなかった。


「トールさまはご存じありませんか?」

「うん、知らないね」

「もしかしてトールさまはフランク王国や魔導学園について全く知らないのですか?」

「……あー、うん、知らないね」


 シヴのその言葉にトールは最初は思考が停止するくらいの衝撃を受けたが、何とか持ち直して答えた。トールはシャルルがシヴに自身のことをユグドラシルの出身であると言っているのかと思ったが、この質問で自身ユグドラシルの出身だということを知らないと理解した。


 確かにシヴからユグドラシルについて聞かれることがなかったが、それは単純に知らなかったから聞かれなかったのだと分かった。どういう意図なのか、トールには全く見当がつかないが自身がユグドラシルの出身だと言いふらすつもりはないためこのまま行くことにした。


「この学年別序列決定戦は、各学年で魔法や武術をもって学年最初の順位を決めるものです。この順位がこれから一年間の基礎の順位となり、共通授業が免除になることもあります」

「ふーん。それは強制なの?」

「いいえ、強制ではありません。ですがほとんどの生徒たちが参加することになります」

「何か利点があるということかな?」

「はい、その通りです。この決定戦は学外から様々な人たちが見に来られます。ここで活躍すればその人たちの目に留まり、お声を受けることがあるそうです。そうでなくても参加しなければ貴族として腰抜けと言われるから参加しろと家から言われる人もいるそうです」

「なるほどね……」


 学外から来るということはフランク王国全土で注目されているから、彼女からあんな問いかけを受けたのだとトールは思った。実際にその通りで、フランク王国では知らない人がいないと言われるほどに大規模に知られているお祭りのような感じであった。


「トールさまはこれに参加するのですか?」

「どうだろうね。あまり参加する旨味を感じないかな」

「トールさまくらいのお人が参加しないなんて勿体ないですよ。参加しましょう」

「うーん、どうかなぁ……」


 シヴに言われてもトールが参加することはまずあり得なかった。トールはお声を受けることに一切興味がなく、平民でここに入ったのもシヴの護衛であるため、参加する労力に見合った報酬はないと考えたからだ。


「どうしてもですか?」

「どうしてもだよ」


 シヴが上目遣いで聞いてトールにそれは通じずにトールは出ないことを決めた。トールの返事にシヴは悲しそうな顔をしながらも、トールが決めたことだと思考を切り替えた。


「学年が上がったらその序列は白紙になるのかな?」

「はい、一度元に戻って最初からになりますが、大体は一年の時と同じ順位になります」

「一年という短い期間だったら、そうなるよね。二年生や三年生も一年生と同じ時期にするみたいだね」

「そうです。決定戦は予選と本選があって、一年生の予選の次に二年生の予選、その次に三年生の予選の後に一年生の勝ち残り戦があります」

「一気に一年生の予選と本選をやらないんだね」

「その辺りがどういう意図なのか私にもよくわかりませんが、これまではずっとこれでやって来たみたいです」

「そうなんだ……」


 シヴに色々なことを聞いているが、トールは出ることを全く考えていない。それどころかシャルルとオリヴィエに何か言われるかもしれないと思いその回避方法を考えていた。


「うん? シヴは出るの?」


 ふとトールはほとんどの生徒が参加すると聞いてシヴがどうなのか聞いてみた。聞かれたシヴは少し困った顔をしながら頷いて答えた。


「はい、出ます。さすがに王族が出ないわけにはいかないので」

「でも今のままだったらシヴは勝てないよね?」

「それでも出ないといけないのです。それが王族ですから」

「負けると分かっていても?」

「負けると分かっていても、です。それに無能姫と言われてきたのですからもう何と言われても慣れっこです」


 諦めた笑みを浮かべているシヴにトールは落胆の感情しか溢れてこなかった。ユグドラシルでは考えられないほどの、弱くて無知な人間をトールは今までに見たことなかった。


 だからこそ、いつもの覇気のない顔をやめて少しだけしっかりとした顔をしてトールはシヴを見た。その表情にシヴはいつもなら目を合わせていたところを目をそらした。


「それは――」

「シヴに何をしているんだ!」


 トールがシヴに何かを言おうとしたその瞬間、違う方向から来た声に遮られた。トールとシヴがそちらを見ると、金色の髪の顔が整った男子生徒がそこにいた。

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