入学。⑤
襲撃者が返り、トールはシヴにかけていた魔法を解除してシヴの方を見た。シヴは魔法をかける前と変わらずに紙に書いている魔法陣を食いつくように見ている。
「どう? 覚えれたかな?」
「……たぶん、覚えれたと思います」
「それならやってみようか」
「えっ? もうできるのですか?」
「そこは僕が補助するから大丈夫だよ」
シヴに話しかけたトールはシヴの反応を見てシヴが何も気が付いていないことを確認した。そして良い感じの時間だと思ったトールはシヴに次のステップに移行することにした。
「それじゃあ手のひらを上にして出して」
「こうですか?」
トールの言葉にシヴは素直に手を出した。トールはシヴの手の甲に自身の手を添えた。だがシヴはその添えているトールの手を逆にして握り、両手でトールの手を包み込んだ。
「……トールさまの手、大きくてあったかいです」
「どうして包み込んでいるのかな?」
「えっ? こうするのではないのですか?」
「そうじゃないよ。とにかく今は両手で包み込まなくていいから」
「後なら良いのですか?」
「それがしたいなら後でしても良いよ」
「約束ですからね!」
シヴは嬉しそうにトールの手を放して手のひらを上にしてくれた。そしてトールはシヴの手に手を添えて話を進め始めた。
「それで、私はどうすれば良いのですか?」
「シヴにはさっき覚えた魔法陣を思い浮かべてもらうよ」
「さっき言っていた魔法陣を思い出す作業ですね」
「そうだよ。ただ思い出すだけじゃなくて、しっかりと細部まで思い出すことを意識してほしいかな」
「……これを見るのではいけないのですか」
シヴが示したのはさっきまで見ていたトールが書いた魔法陣だった。その質問にトールは紙をシヴから見えない位置に置きながら答える。
「それだと見ている部分しか意識することができないんだよ。器用に全体を細部まで見ることができて頭の中でそれを構築できるのなら良いけれど、人によってはできない人がいるし、それが癖になれば戦い方が限られてくるようになる。だから最初は思い出すことから始めた方が良いんだよ」
「なるほど、……それでは、始めます」
「うん、いつでもいいからね」
トールの説明に納得したシヴは目を閉じて頭の中で魔法陣を浮かべていく。そしてシヴと感覚を接続したトールはシヴが思い浮かべている魔法陣をトールがシヴの魔力を使ってシヴの手のひらに構築していく。
「シヴ、目を開けて」
「えっ? ……へ?」
目を閉じていたシヴにトールが声をかけてシヴが目を開けると、シヴの手のひらに魔法陣が構築されており、そこから氷の結晶が形成された。その光景にシヴは間抜けな声をあげた。
「こ、これって、わ、私がやったのですか?」
「そうだよ。ちゃんとシヴが魔法陣を構築して、シヴの魔力を使って魔法が発動したんだよ」
「……これが、魔法……」
シヴは氷の結晶を見て自分がやったということに信じられないという顔をして、それを見ている内にシヴの目には涙が現れた。
「……こんなにも、簡単にできるのですね」
「今回は僕が補助したけど、やり方さえ分かれば誰でも使えるようになるのが魔法だからね。だからこの国の魔法が稚拙だと思わざるを得ないんだ」
「……ふふっ、無能だと言われているのがバカみたいですね」
「そうだよ」
シヴは溜めていた涙がこぼれ落ち、すすり泣き始めた。そしてトールの方に体を預けるように寄せたシヴに対して、トールは何も言わずに待つことにした。
数分ほどで落ち着いて目を赤くしたシヴは、少し恥ずかしそうにして微妙に間があるくらいにトールから距離を取った。
「お見苦しいところをお見せしました……」
「別に気にしていないから大丈夫だよ」
「そう言ってくれるとありがたいです」
こういう場面に遭遇したことがないトールは少しだけ戸惑ったが、何とか落ち着いてくれて安心した。そしてシヴが落ち着いた時を見計らい、トールはシヴに問いかけた。
「それよりも今日はどうする? もっと魔法の特訓をしたい?」
「はい! もっと魔法の特訓をしたいです!」
「じゃあもう一度やってみようか。この方法は僕がある程度補助することで魔法陣を引き出す感覚に慣れる必要があるから、何度もやろう」
「お願いします!」
元気になったシヴはトールに良い返事をして、トールとシヴの特訓が始まった。またトールがシヴの手に自身の手を添えてシヴは目を閉じた。
「うん、二回目でもしっかりと魔法陣が意識できているね」
「……やった」
二回目は一回目よりも早く魔法陣を頭の中で構築できていた。そして手のひらには氷の結晶が魔法陣から出てきた。トールが補助しているとは言え、ここまでスムーズに魔法陣を引き出せるとはトールは思ってもみなかった。
「どんどんやっていこうか。今日の目標は最低でも魔力を半分まで使い切ることだからね」
「それって、どれくらいなのですか? 私の魔力はそれなりに多いみたいですが……」
「うーん、そうだね。魔力がまだ慣らされていない状態でも、ざっと千回くらいで半分かな」
「せ、千回もですか? 私はそんなに魔力があるのですね」
トールが示した回数にシヴは漠然とした感想しか出なかった。普通の人と比べるのなら、千回で魔力の半分を使い切ることはとても多いと言える。
「千回もすればシヴだったら感覚はつかめると思うよ。それにシヴは今までに魔力を使っていなかったようだから魔力の流れが淀んでいるんだ。古い魔力を使い切ることをまず最優先にしないといけないね」
「……よく分かりませんが、とりあえず千回すれば良いんですね?」
「そう言うことだね。頑張ろうか」
「魔法を使えるようになるのなら、千回でも頑張って見せます」
「その意気だよ。それに魔法を使えば使うほど、魔法の楽しさにハマっていくから、その楽しさもついでに教えてあげるね」
意気揚々としていたシヴであったが、この日トールとシヴは辺りが真っ暗になるまで魔法の特訓をした。五百を超えたあたりからシヴは死にそうな顔になっていたが、トールの励ましで何とか目標の千回にたどり着くことができた。
☆
トールとシヴが暗くなるまで魔法の特訓をしている間、ある一人の女子生徒がその光景をずっと見守っていた。
「……彼が、お父さまが言っていたユグドラシルの……」
魔導学園の制服で腰に剣を携え、長い茶髪に柔らかい雰囲気の女性が建物の屋上から二人のことを見ていた。
「……ふふふっ、強いわね、彼」
シヴが魔法陣が書かれている紙とにらめっこをしている時に襲撃者をトールが撃退していたところを彼女は見ていた。
元々、王女であるシヴの護衛の任についているため、襲撃者が来た時は密かに手伝うつもりであったがトールが予想以上の強さであったため今回は見守るだけに終わった。
「お父さまは本当に彼がユグドラシルの人じゃないって疑っているのかしら……?」
彼女が言うお父さまとは、フランク王国の宰相をしているオリヴィエ・リフィアでオリヴィエの命によってシヴの護衛と同時にトールの監視も行っていた。
「彼が私を殺そうとしていたら、絶対に勝てないわね」
しかし遠目から見てもトールの強さは異常で、自身が勝てないということを彼女は察していた。何よりこの強さで敵ならば、もう手遅れと言っても良いほどにシヴはトールにべったりとしていることを一日で分かっている。
つまるところ、トールが味方として考えなければすでにこの国の未来はないということになると彼女は考えている。尤も、最初からトールのことを疑っていない茶髪の彼女は敵になるとは思っていなかった。
「守ってね、私たちのお姫さまを」
彼女は二人で帰ろうとしているトールを見てそう言ったところ、聞こえてはいないが遠くからでもトールと彼女の目が合った。
「ッ……! 得体の知れないということは、こういうことなのね」
彼女とトールと目が合った時、まるでずっと見ていたことを知っていたと言われている視線であった。それを見た彼女は、少しだけ身体を震わせながら月夜の下で笑みを浮かべた。




