入学。②
シヴがトールとコソコソと話している間に四十代の少し太った男性の先生が話し始めた。
「まずご入学おめでとうございます、魔導学園へようこそ。私は一年一組の担当となった二ルソンです。魔法基礎学と植物学を担当しています。これから一年の間よろしくお願いします」
二ルソンの動きは綺麗な作法で生徒たちに頭を軽く下げた。その動きは誰が見ても貴族のそれで、二ルソンが貴族の出自であることを誰もが理解した。
「それでは学園の説明について始めたいと思います。質問はその都度聞きますのでその時に質問をなさってください」
そう言った二ルソンは詠唱をせずに風の魔法を使用して生徒一人一人に学園について書かれた資料を配って行く。すべての生徒に配り終えると二ルソンは説明を始める。
「この学園の基本理念は魔法を堅実に、自由に学ぶことです。元々ある魔法を堅実に学ぶことも大切なことですが、時には自身に見合った形で自由に学ぶことも大切です。それを魔法を学ぶ上で頭に入れておいてください」
説明しながら二ルソンはシヴとコソコソと会話をしているトールに目を向ける。二ルソンは貴族であるが魔法を深く追求し、神道教会に所属しながら神道教会に反した研究を行っている。そのため今までにない魔法を使用したトールに非常に興味を持ち、期待していた。
「トールさまはどんな魔法が得意でいらっしゃるのですか?」
「雷魔法かな。得意と言うよりかは適性があると言った方が正しいけど」
「雷魔法ですか……。私にもいつか使えるようになるでしょうか? 私は魔力量が王族史上最高と言われていますが、魔法は全く使えないのです……」
「それは見てみないと分からないかな」
「それでは後で見ていただけませんか?」
「時間があればね」
「ぜひともよろしくお願いします」
シヴとトールは二ルソンの話など全く聞かずに会話していた。正確に言えばトールは二ルソンの話を聞こうとしているが、いつもは真面目なシヴが珍しく全く話を聞こうとせずにトールに話しかけているのだ。
「それでは配った資料を開いてください。これから授業日程と授業の概要について説明していきます。一年生の間は選択授業はそこまで多くはありませんが、選択授業がありますので自身が受けたい授業の概要を聞いて、よく考えて選択してください」
クラスで唯一会話をしているトールとシヴに何も言わずに二ルソンは説明を始めていく。二ルソンの説明を聞いている一年一組の生徒たちはあんなにも嬉しそうにトールに話しかけているシヴに何も言えなかった。
そんな中、トールはシヴに話しかけられて適当に話していく。トールから見てシヴはシャルルと同じくすさまじく魂が美しい善良な人間だと分かっているため、悪意など微塵もないことが分かっていた。それを加味して適当に話しながら二ルソンの話を聞くことにしていた。
☆
二ルソンの大体の学園の説明が終わり、休憩時間となった。休憩時間が終われば学園の案内を行って今日の日程は終了となる。
「トールさまはどのような選択授業をお受けになるのですか?」
「うーん……、そうだね。まだすべては決めてないけど、とりあえず魔導具については学ぼうかと思っているよ」
「本当ですか⁉ 私も同じです!」
「そうなの? それなら一緒に受けようか」
「はい、是非とも一緒に受けたいです!」
二ルソンの説明が終わった後でもシヴとトールは喋り続けていた。それを見たクラスメイトたちは陰口を言っているが、二人は気にしなかった。
シヴはトールのことを色々と知りたいと思っており、トールはシヴと仲良くなればなるほどシヴを護衛しやすくなると考えているため、ずっと話している形になっていた。
しかし、王族と平民が仲良く話している光景を快く思わない人はクラスの大半だった。この学園の一年で、貴族の数は約五百名に対して平民の数は六名で、平民にとってはとても過ごしにくく、ほとんどの貴族が平民のことを下に見ていた。
過去には平民の女子生徒を男の貴族たちが手を出す、いじめをして自殺に追い込んだ、魔法決闘の末に殺してしまったこともあるほどに貴族の平民に対しての目は異常だった。家畜か何かかと思っているのかと、ある一人の平民の生徒が言ったくらいだ。
「王女のくせに、平民と仲良くして。貴族として恥ずかしくないのかしら?」
「そうよ。あんな蛮族と仲良く話すなんて、さすがは無能姫ね」
「ふふっ、そう聞けばお似合いな気がするわね」
「平民と無能姫。外見が良いだけのお姫さまには当然の末路だわ」
クラスの女子生徒の集団がひそひそと話している内容をトールは聞きとれていた。同じようにシヴもそれを聞いており、話している最中に表情を暗くした。笑顔を浮かべているが、無理をして笑顔を作っているように見える。
「どうしたの?」
「えっ? あ、いえ、何でもないです!」
トールの問いかけにシヴは無理をして笑顔を浮かべていた。これほど分かりやすいものはないとトールは思いながら、シヴに少し小さな声で話しかける。
「もしかして、さっき言っていた魔法が使えないことと彼女たちが言っていることが関係しているのかな?」
「……さすがトールさま、お見通しですね。私は王族に生まれながら一切の魔法を使うことができません。魔法至上主義であるこの国では、魔法を使えないことは王族であっても重大な欠点。そこから私は陰で無能姫と呼ばれるようになりました」
シヴはトールに小さな声で事の顛末を話した。それを聞いたトールは笑い飛ばしそうになってしまったが、抑えて真面目な表情を保っている。
「さすがのトールさまでも、魔法を一切使えない人が魔法を使えるようになるのは無理ですよね……?」
「……ぷっ」
微かな希望にすがりついている表情でトールを見ているシヴであったが、抑えきれなくなったトールは口を隠して少しだけ笑いをこぼしてしまった。それを見たシヴは絶望の表情を浮かべたところで、トールは弁解する。
「まるで、子供だね」
「ど、どういうことですの?」
「何でもないよ、こっちの話だから。それよりも、シヴは本当に魔法を使えないと思っているの?」
「……はい。幼い頃からいくら使おうとしても、使うことができませんでした」
「確か、詠唱することで魔法を唱えることができるんだったっけ?」
「えっ? は、はい? 普通はそうですけど……?」
シヴはトールが言っているフランク王国では当たり前のことを聞いてきているため、戸惑ったように返事をした。一方のトールはちょくちょく様子を見に来ていたオリヴィエからこの国の魔法体系を聞いていたため、シヴが魔法を使えない原因について予想はできていた。
「うん、シヴは魔法を使えるよ」
「ほ、本当ですの⁉」
「本当ほんとー。だから気落ちすることはないよ。魔法は神などに与えられた神秘などではなく、理論づけられた技術。覚えれば誰でも使えることができるよ。神だの祈りだの、大事なことはどれだけ理論を理解することにある。だから今は無能だの何だの言わせておけばいいよ」
本当はシヴに魔法を教えるつもりはなかった。それでもこれほどの才能を腐らせておくには勿体ないと思ったトールだったが、奇しくもシャルルの思い通りとなった。
「本当に私が魔法を使えるようになるのですか⁉」
「何度も聞いても答えは変わらないよ。とりあえず今は学園のことを頭に入れようね」
「はいっ!」
トールの話を聞いたシヴは満面の笑みで元気な返事をした。そんな時、先ほどとは違う男子生徒がシヴの元に来た。
「あの女どもは俺がガツンと言っておきましたので安心してください!」
男子生徒の言葉に、トールとシヴは何を言っているのか分からないという表情をした。トールとシヴが話していたため、この男子生徒がシヴに媚びを売ろうと注意したところを見てなかったのだ。
「……これは、何ですか?」
「さぁ、僕も分からないね。とりあえず笑顔でありがとうございますと言っておけばいいんじゃないのかな」
「そうですね。……そうですか、ありがとうございます」
トールとシヴがこっそりと話して適当にあしらうことにしたが、その男子生徒はシヴのその笑顔に心を奪われながらも帰って行った。
シヴは無能姫と呼ばれているが、王族であり婚約者がまだおらず王位継承権があるため狙っている貴族は多い。その地位や美貌や男を悩殺できる体を我が物にしようと近づいてくる男が、さっきの男子生徒のような者だが、すでにトールと共にいることで、これから先近づくことは不可能となったことは数日で知れ渡ることになる。
違う方を書いていたらこっちのストックがどんどんとなくなっていくぅ。




