プロローグ。
三つの根が幹を支えている一本の巨大な大樹、ユグドラシル。このユグドラシルの上や根の近くには特殊な者たちが住んでいた。
ここに住んでいる者たちは、世界ではユグドラシルの民と呼ばれ、世界の未曽有の危機を救ったり魔導具の発展を行ってきたのはほぼすべてユグドラシルの民であった。
それほどまでに世界よりも何世代も文明レベルを先に進め、世界の終焉を防いでいる彼らの中に、ある一人の赤髪に深紅の瞳を持っている覇気のない顔をした男、トール・ミッドガルドがいた。
トールは目の前で話している者がいるにもかかわらず、その者ではなく後方にある青い空を見てボーっとしていた。
「――というわけじゃ」
「えっ、何がというわけ?」
彼の前でしばらく話していた左目を閉じて白く長いあごひげに、ローブを身に纏っているが姿勢がキッチリとしているご老人、オーディンがトールの言葉を聞いて血相を変えた。
「さっきまで話していたじゃろ!」
「ごめん、先生。聞いてなかった」
「ならさっきまで何をしていたんじゃよ!」
「何か話が長いなぁって思って空を見てた」
「そんなことするくらいじゃったら話を聞いておったら良いじゃろうが!」
「それは無理」
「どうしてじゃ?」
「だって頭使いたくないし」
「少しくらいは使え!」
トールの言葉にオーディンは再びカミナリを落とした。しかし、それを聞いてもトールは他人ごとのような態度をしている。
「分かったよ、今からちゃんと聞くから。それでどんな話なの?」
「はぁぁぁぁぁ、お主はもう少し加減を覚えたらどうじゃ? 頭を使わないと言ったら本当にバカみたいに頭を使わなくなるじゃろ。それをどうにかせい」
オーディンは長いため息を吐いてトールの悪癖を指摘するが、またしても他人ごとのような表情をしている。
「それは後々改善していくよ」
「いや、お主はこれからそれをやらざるを得ない」
懐から一枚の紙を取り出したオーディンはそれをトールに渡した。トールは怪訝そうな顔をしてそれを受け取ってその中身を確認する。
『お久しぶりでございます、オーディン殿。お元気でしょうか?
私は元気とは言えませんが、何とか元気にしております。
今までに起きたことや、世間話などお茶をしながら話したいところではありますが、緊急事態につきお許しください。
私には目に入れても痛くない三人の子供がいます。どの子も私の命より大切な子供です。
その三番目の子供で次女のシヴが何者かに呪いをかけられて目を覚まさなくなったのです。
国で優れた魔導士や解呪師の手でもシヴの呪いを解くことができませんでした。
そこで、どうかオーディン殿のお力をお借りしたいと思っております。魔導の心得を世界で誰よりも知っておられるユグドラシルのオーディン殿しか、この呪いを解けないと思っております。
厚かましくは思っておりますが、解呪の他にシヴの護衛も受けてもらいたいのです。
第一王子と第一王女はどちらも王位を継承する気はなく、必然的に第二王女のシヴが王位を継承することになります。
そのため、その命を狙うものが後を絶ちません。私自身が守る範囲にも限りがあります。
本当に図々しいとは思いますが、私の願いを聞いてはくれませんか?
お受けになった暁には、それ相応の対価は払います。
何卒宜しくお願い致します』
手紙を読み終えたトールは怪訝な顔から不思議そうな顔をしたが、一瞬で嫌な顔になった。
「どうやら理解したようじゃな」
「絶対に嫌!」
してやったりと言わんばかりの笑みのオーディンにトールは完全な拒絶を示した。そしてトールは手紙をオーディンに返した。
「これは決定事項じゃ。里のみなも理解を示しておる」
「僕は絶対に行くつもりはないよ。僕はこの里から一歩も出ない」
「そうはいかんのじゃ。ユグドラシルの民はいずれ世界を、人々を見なければならない。もうトールも十五になるのじゃから見てきてもいい年ごろじゃよ」
「……それとこれとは別の話だと思うけど」
「違わんよ。ワシたちが何を守っているのか、守っている人々が何を思っているのか、それを確認することこそがワシらのためになる。お主が相反する二つの感情を抱え込んでいるのは分かっておるが、その感情を整理するためにも世界を見て回ることは大切なのじゃ」
オーディンの言葉にトールは黙り込んだ。トールも自身の感情に思うところがあり、オーディンが言うことに反論できなかった。
そしてしばらく考え込んだトールは口を開いた。
「分かったよ……、行けば良いんでしょ? この王さまのところに」
「そうじゃ。すでにフランク国王にはトールが行くことが書かれた手紙は送ってある」
「まぁ、そうだと思った。……もう行ってくるよ。フランク王国だよね」
「うむ。里のみなにはワシから伝えておくから行ってくるのじゃ。あとこれは王都で使うための金貨であるから、好きなように使うように。お主には必要ないとは思うが、気を付けていくのじゃよ」
「その言葉は僕に必要ないよ。じゃあ行ってくる」
そう会話を終えたトールは百枚の金貨が入った袋をオーディンから受け取りその場から一瞬で消え去った。その場に残されたオーディンは大きなため息を吐いて先ほどとは打って変わった心配そうな表情をしていた。
「うーむ、やはりトールには少し早かったかのぉ」
オーディンは長いひげをなでながら未だに心配そうな顔をしている。
トールの実力を心配しているのではなく、むしろトールの実力はこのユグドラシルで魔導の神と言われているオーディンと同等かそれ以上だとオーディン自身が思っている。
「トールには一通り常識を教えているが、……あの子が上手くやって行けるのか心配じゃのぉ」
トール、というよりユグドラシルの民は幼い頃から無駄なく学を収めているため十五には何も学ばなくていいようになっている。
オーディンがここで言っていることはすべてが無駄な心配と言える。単なる師匠バカであった。
「これならソールを一緒に連れて行った方が良かったか。いやだが、あの子に限ってそんなことがあるわけがないと思うが……」
師匠として、孫みたいな存在として、オーディンの心配は尽きないのであった。
どうも山椒です。初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
時間に余裕ができたため、自分が書いている小説の方を書こうと思ったのですが、驚きました、書けない! 続きが書けないッ!
ということで腕が鈍らないように学園ファンタジー物を書くことにしました。
三千字前後で書いて行こうと思いますが、物足りないと思う方、いると思います。
できるだけ一日で書ける量を保ちたいので、毎日投稿出来たらなと思います。それができなくても二日に一回は絶対にします! それができなければ、まぁ、評価されていたら下げといてください。