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第27話 時の賢者

「此度の事件、勇者千春の功績は多大なものだったと聞いている。大儀であった」


 ダイブン国王は目の前で首を垂れる千春たちをねぎらった。


 千春たちは疲れて帰ってきたのもつかの間、今回の実地試験中に起こったディズと巨大魔物熊の元ヴィクトリア王の一件について呼ばれて謁見の間にいた。千春たちだけではなく、あの時その場にいたアストンパーティも一緒である。


 千春がちらりと玉座の方を盗み見るとダイブン国王の隣にリアムスが控えていた。

どうやらリアムスはダイブン国王の御付きだったようで、今回の一件を報告したのもリアムスだったようだ。


「聞けば王国の存在を脅かしかねない強大な力を持つ敵だったようだな。よくぞその脅威を退けてくれた」


「……いえ、一人犠牲者が出てしまいました」


「それも聞いておる。確かにその女生徒のことは残念であった。しかし、今はこうして帰ってきてくれたそなた達を祝おうではないか」


 千春はあの光景を嫌でも思い出す。ディズに捕まった女生徒が煙のようになって吸い込まれていくあの光景。おぞましいとしか言いようがない。


「さて、褒美は後で持たせるとして……勇者千春に聞きたいことがある」


「なんでしょう?」


「聞いたことろによるとそのディズとかいう人ならざる者がこう話したらしいではないか。『そして最大の目的は勇者千春、あなたをこの世界から排除することです』と。どうやらそのディズとやらは勇者を目の敵にしているようだが何か心当たりはあるか?」


 そう、確かにディズは千春をこの世界から排除することが目的だと言っていた。そして今はその時ではないとも。千春自身思い返してみるがディズとは完全に初対面だったので心当たりなどあろうはずもなかった。


「いや、分からないですね。初見でしたし。何故俺を狙うのか分かる人がいたら教えてほしいくらいですよ」


「……ふむ、やはりそうか。であれば、そのディズとかいう輩は魔王の幹部と言う可能性があるな」


「いや、その線は薄いじゃろうな」


 その時どこからともなく声が響いた。驚くべきことにその声を千春は聞いたことがあった。


「その声はドラゴン師匠!?無事だったのかな?どこにいるの?」


 ドラゴン師匠がディズに消されてしまったと思っていたマリンはびっくりしつつもドラゴン師匠の姿を探す。


「ここじゃよ、ここ」


 声はすれども姿は見えず。皆声の主を探してきょろきょろしている。そのうち、アシュリーが千春の肩を指さして「ああ!ち、千春」と驚きの声を上げた。


 なんとそこには小人になったドラゴン師匠が乗っていたのだ。


「え、ええー-!!ドラゴン師匠ちっちゃ!」


 マリンが一番驚いていたが無理もない。


「ドラゴン師匠、まさかあのディズとか言うやつに体を小さく……」


「違うわい、これは奴の攻撃をかわす為にわざと小さくなったんじゃ。よっと」


 そう言うとドラゴン師匠は千春の肩から飛び降りると同時にポンっと煙につつまれた。どうやら、ディズによって消されたと思っていたドラゴン師匠はしれっと体を小さくして千春の服の中に隠れていたらしい。そしてその煙が無くなると元のサイズに戻ったドラゴン師匠が現れる。


「ふう、なんとか奴に気づかれずにすんだわい。まあわしが作ったこれのおかげじゃがの」


 そう言ってドラゴン師匠は赤と黄色のハンマーを取り出した。それは千春たちにとってとても見覚えがあるものであった。


「それって……『ちびっ〇ハンマー』!?」


 そう、それは秘境メヤ村に行くときに使った体を小さくする道具『ちびっ〇ハンマー』であった。


「なんじゃ知っとるのかお前たち。ははーん、さてはメヤ村に縁があると見た」


 そうこう話しているとがたっという音とも立ち上がった人物がいた。ダイブン国王である。ダイブン国王は驚きを隠せないと言った感じでドラゴン師匠を見つめている。普段冷静沈着なダイブン国王にしては珍しい反応であった。


「その声、その出で立ち、まさか『時の賢者マリン』殿では?」


「ふむ、バレてはしょうがないの。いかにも、時の賢者マリンとはわしの事じゃ」


 実にあっさりとドラゴン師匠は言い放った。


「「えええー―――――!!!」」


そしてその時千春は思い出していた。あのとき秘境メヤ村で村長が言っていたことを。


『百年ほど前、時の賢者マリン様によってこの「ちびっ〇ハンマー」がもたらされたことにより、体を一時的に大きくも小さくも出来るようになったわけじゃ。』


「まさか、伝説の一角に出会えるとは」


「伝説?」


 千春以外の全員が言葉にならないほど驚いている中、千春は首を傾げる。


「千春にはかなり前にお話ししたと思いますが、この世界には伝説級の強さを誇るパーティが2組あって、その一つが例の『白鱗』です。そしてもう一つが時の賢者マリンが所属する勇者パーティ『虚無』です。実質魔王に対抗できるのはこの2パーティだけだと言われています」


 千春はアシュリーに小声で説明を受ける。千春は思い返してみる。そういえば初めてギルドに行ってアオイ達に会った時にアシュリーがそんなことを言っていたような気がする。


「え、うそ、なんでドラゴン師匠が時の賢者マリンだなんて……」


 タヌキ娘マリンは自分と同じ名前の伝説級の賢者が自分の師匠で飲んだくれのエロジジイだったという事実が受け入れられないようで若干混乱していた。


「しかし、確か勇者パーティ『虚無』はユウの国で魔王討伐をしていたはずでは?」


 リアムスが疑問を投げかける。千春が良くそんなこと知ってるなと思っているとドラゴン師匠は「うむ」と一つ頷き、


「それがの、実は勇者にわし嫌われてしまったようで一方的にパーティ外されてしまったのじゃなこれが」


「え、それって……」


「うむ、パーティを追放されたということじゃ。まいったのう」


 むしろすがすがしいくらい全然困った様子ではないドラゴン師匠はふぉふぉと笑う。


「「えええええー――――――――!!」」


 もう、今日は何回驚けばいいのか分からない。


「え、いや、むしろ『虚無』は時の賢者マリンがいるからこその伝説級のパーティだったはずでは?マリン様が抜けて大丈夫なのですか?」


 リアムスが驚きすぎて手が震えている。


「んなことわしに言われても知らん。ある日いきなり勇者クライスの奴がお前はもういらんと追い出されたのじゃ。まったく今までどれだけ助けてやったと思っているのやら、恩知らずな奴じゃ」


 ドラゴン師匠もとい時の賢者マリンはプリプリと怒っている。しかし、周りの人間は皆呆気に取られて開いた口がふさがらない状態であった。


「……それはそうと時の賢者マリン殿。先程のディズが魔王の側近ではないという話はどういうことなのだ?」


 ダイブン国王は話を戻した。千春はそこでああ、そういえばそういう話だったなと思い返す。


「ん?別に確証はないぞ。ただ、あのディズとかいう奴明らかに実力が桁違いじゃった。わしが本気でやっても負けたじゃろう」


「なんと……時の賢者マリン様をもってしても敗れると?」


 ドラゴン師匠は飄々と言ってのけるが、その場にいた全員は戦慄を覚えた。伝説級に強い時の賢者マリンが歯が立たないのであれば一体誰なら太刀打ちできるというのか。


「あと、名前以外、レベルもステータスも全て不明じゃったしのう。今まであんな敵に出会ったことはない。不気味な奴じゃ。今はまだ動く気はないようじゃが、その時に備える必要はあるかもしれんの」


「確かに、国力を増強する時期かもしれぬ。して、時の賢者マリン殿。貴殿の腕を見込んで頼みたいことがあるのだが」


「あー、言いたいことは大体わかる。兵士の魔法指南でもしてほしいのじゃろう?違うか?」


「……さすが、その通りだ。勿論礼ははずませてもらう。如何か?」


「うーん、そうじゃのう。ぶっちゃけ面倒くさいしのう」


 ドラゴン師匠は腕組みして悩んだ。ダイブン国王の頼みでも面倒くさいで片付けるあたりさすが時の賢者と言うべきか、怖いもの知らずと言うか。しばらく悩んだドラゴン師匠は突然悪戯を思いついた子供のように顔を輝かせた。


「そうじゃ、一つ賭けをせんかダイブン国王。わしが負けたら指南役を引き受けよう」


「それは別に構わぬが、何の勝負をするのだ?」


「もうすぐダイブン国で一番の祭りがあるじゃろう。その祭り一番の見せ場、その年の一番の魔法使いを決める大会『グランマスターズ』。その今年の優勝者を当てた方が勝ちと言うのはどうじゃ?」


 千春はその大会のことを初めて聞いた。どうやら千春以外の面々は知っているようである。


「なるほど、しかし優勝者を当てると言うことはマリン殿が出られるというわけではないのだな?」


「もちろんじゃ。それじゃ賭けにならんじゃろう」


「それもそうであるな。して、マリン殿が賭けに勝った場合の報酬は何なのだ?」


 ドラゴン師匠はうーんと少し考えてから


「ダイブン国王にわしからの質問に一つ正直に答えてもらう。これでどうじゃ?」


 ダイブン国王もその場にいた全員が呆気にとられた。


「……そんなことで良いのか?こちらは一向にかまわぬが。して、マリン殿は誰が優勝すると踏んでいるのだ?そこまで言うからには目星をつけているのであろう?」


 ダイブン国王がそう告げるとドラゴン師匠はニカリと笑って踵を返し千春たちの方へ歩き出した。そしてある人物の前でぴたりと止まる。


「わしが賭けるのはこいつじゃ」


 そう言うとタヌキ娘マリンの頭をポンポンと叩いた。


「……へ?」


 あまりに予想外のことに一同騒然となる。指名されたマリンは徐々にことの重大さに気づいて目をまん丸にして叫んだ。


「ええええええええええー―――――――――――――!!」


 それは今日一番大きなえええー-!!であった。

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