18話:交渉
「さてと……まずは村民を代表してお礼を申し上げたいと思います。本当に……本当にありがとうございました」
ティアルの村長――ノクラの家にて。応接間にアストラエが座ると、ノクラが開口一番、深々と頭を下げた。
「我々は彼ら【砂塵衆】には大変苦労していました。ただですら少ない食料や水を定期的に取られてしまい、若い娘がいると連れ去ろうとするので若い子達は皆、村から退避させました]
「なるほど……老人や大人の姿しかないと思っていました」
「そしてこの村を守るという名目で、領主から派遣された兵士達も奴らを見て見ぬ振りするだけ」
賄賂かなんか貰っていたんだろうな。ところで領主って?
と俺が小声でアストラエに聞くと、彼女は無言で頷き、口を開いた。
「領主と言いますと……確かこの辺りを治めているのはベレンズ辺境伯でしたね」
「はい。この村の事を、おそらくハイランド鉱が無限に湧き出る泉か何かと勘違いしていらっしゃる」
そう言って、ノクラがため息をついた。申し訳ないが、俺からするとちょっと話が面白くなってきた。
「ハイランド鉱は確か希少な鉱石でしたね。武器や建材など、幅広い用途があるとか」
「よくご存じですね。この辺りの地下から採れる物で、元々この村もそれを採掘する者達が寄り合って出来た村なのです。なので村の地下には、今も縦横無尽に坑道が張り巡らされているのです」
「なるほど。今でも採掘も?」
「この村にはそれ以外の産業がありませんから。ですが今は若者はいないですし、年寄り連中でなんとか日々暮らしていける分だけを採掘して、領主に買い取ってもらっていますが……かつての取引額とは比べ物にならないぐらい安い価格でしか買ってくれないのです」
んー、中々にあくどい領主だな。つうかそんなに有用な金属が採れるんだったらここに金を投じて採掘都市にでもすれば良いのに。
「前領主は、この村を発展させると息巻いて村を囲う壁と門を作ってくださったのですが……息子の代に変わってからは一転、金が勿体ないと言われまして。モンスターから村を守る為に雇われた傭兵達も、金が支払われないと分かると怒り狂いました」
「……そして山賊になったと。こんな流刑地の内部になぜ山賊がアジトを構えているのか不思議でした」
「その通りです。彼らは、今でも領主と交渉をしたいと思っていたそうですが……おそらく芳しい結果は得られなかったのでしょう。私達を脅して食料と水と金品を毎月要求するようになりまして。何度も領主にこの件については手紙も送りましたし、私自ら領主の下に行ったのです。ですが、見事に門前払いでして」
山賊達のせいで、ハイランド鉱の採掘量が減ったはずなのに気にしてないのが解せない。多分、めんどくさくなったんだろうなあ。
「なるほど。彼らについては私と私の仲間達が討伐したので安心してください」
「はい。その短剣とペンダントは、あのカイルという男の物。あの男が貴女にそれを素直に渡すわけがありません」
「私が彼と組んでいるかもしれませんよ?」
「聖女様が? まさか」
「追放された身ですからね。生き残る為には何でもしますよ」
「仮にそうであっても、このような形でここを訪れることはないでしょう。そもそもこの村は彼らが支配していると言っても過言ではありません。そんな場所でそのような嘘を付いて、何の意味が?」
ノクラの言葉は正しい。中々に鋭いな。
「ですね。信じていただけて幸いです」
さてと。大体この村の現状も理解できた。そして、思ったよりも美味しい情報が色々と手に入った。いい加減な領主の話。希少な鉱石が地下で採れるという話。そして何より、アストラエがこの村のいわば救世主のような存在なりえる可能性があること。
ならば、まずは……そのハイランド鉱とやらを手に入れたいところだ。当然、略奪も無し。領主とやらに安く買い叩かれるぐらいなら、有効活用した方がマシだろう。
となると、やることは一つだ。俺はそれをソッとアストラエへと伝えた。
「どうされました?」
急に驚いたような表情を浮かべたアストラエを見てノクラが首をかしげた。
「あ、いえ。大丈夫です。コホン……ノクラさん、提案があります」
「はい。何でしょうか?」
「独立、しませんか?」
「はあ!?」
そこで初めて、俺はノクラの素の表情を見られた気がする。
「村の生命線とも呼べる採掘にも無頓着、山賊達も放置。派遣されている兵士達も無能。この村にとって、その領主の下にいる〝めりっと〟が見えません」
「めりっと?」
俺が慌ててアストラエへ説明する。
「ええっと……利点、という意味です」
「なるほど。確かにそれはそうですね。搾取される一方です。ただ、勝手に独立などしてしまえば、この村が危険に晒される可能性が……仮にもリールディア王国の貴族であるベレンズ辺境伯が独立を見過ごすとは思えません」
ノクラはそう言うが、俺はアストラエにこう伝えるように言った。
「いえ……ここはもう、とうの昔に見放された場所ですよ。きっと表立って動かなければ、気付かれないでしょう。兵士達は、懐柔してこちら側についてもらいましょう。それが無理なら、追い出すしかありませんね」
「あ、いや。そんな簡単に言いますけど……そもそも我々は彼らがいないと自衛すらも出来ないんですよ」
そう、きっとそういう結論に行き着く。だからこそ、交渉が出来るのだ。
アストラエは俺が言った言葉を一語一句違わずにこう言った。
「ええ。ですから、ノクラさん。自衛する為の武力は――私達が提供します。その代わりにハイランド鉱石や坑道についての権利をいただけませんか?」
この土地は辺境の中の辺境なのですね。ハイランド鉱石については、また作品内にて。