14話:VSダンジョンマスター
俺はアストラエを抱えると、食堂の隅にあった長椅子へとそっと寝かせた。いつの間にか入ってきたあの鳥がまるでアストラエを守るようにその側へと止まる。
彼女の心境を考えると胸が痛い。だけど……今はとりあえず寝かせておいてあげようと思う。
「――【ヒール】」
フランが頼んでもいないのに、何やら魔法っぽいのをアストラエへとかけた。それは淡い緑色の優しい光で、アストラエの身体を包んでいく。
光が消えると、アストラエから規則正しい寝息が聞こえはじめた。
「内臓が傷付いてそうだったから。それだけよ!」
いや、何も言っていませんよ? というか、フランってなんか魔王っぽくないんだよなあ……今のも回復魔法っぽいし。
「ほら、さっさとダンジョンマスター倒しにいくわよ!! ダンジョンマスターを倒すまでがダンジョン攻略!」
なぜか照れているのか、フランが大声でそう言って食堂から出て行く。
「へいへい。ほら、危ないから背中に」
「……うん」
俺はフランを背中に乗せて来た道を戻り、行っていない方の通路を進んだ。
その先には扉があったが開かれている。
扉の奥には広い空間があり、その中心に台座のような物が置いてあった。
その上に半透明の球体が浮いている。野球のボールぐらいの大きさかな?
「あれがダンジョンコアよ」
フランがそう言って、そのボールみたいな奴を指差した。
「いやあ……参ったよ。まさか部下を全員ぶっ殺されるとはね。しかも魔力回収も一部阻害された上に、オークナイトも殺された。こりゃあお手上げだわ。魔力ももう底を尽きた」
その台座の前の地面に直に座っているのは、一人のやさぐれた男だ。
掘りの深い顔に、無数の傷。雰囲気からして強者の雰囲気だ。
「お前が山賊共の首領か」
「おうさ。俺の名はカイル。ここのダンジョンマスター? だったっけか。それでもある。いやいや、まさか喋るガーゴイルとその背に乗るちびっ子にここまでしてやられるとはな。ったく、俺も老いぼれたもんだ」
「誰がちびっ子よ!!」
フランが抗議の声を上げるが、まあ見てくれだけで言えばどう見てもちびっ子だし仕方ないね。
「さてと……正直言うと、あんたらに勝てる気はしないんだわ。降参してもいいか?」
カイルがそう言って両手を挙げた。
「――ガル、殺しなさい。ダンジョンマスターを殺さないと、ダンジョンは解放されない。あいつが生きている限り、ここはあいつのダンジョンで在り続ける」
「あちゃあ、知ってたか。いやあ、俺って戦いとかは苦手なんだよね」
そう言って、カイルが立ち上がった。腰には短剣を差しているが、それ以外に武器らしき物は無い。
正直言うと、無抵抗の奴を殺すのはちょっとなあ……と思っていると。
「仕方ねえ。じゃあ、やるとすっか――【ランドクリエイション】」
男が台座の上に浮かぶ半透明の球体――ダンジョンコアを手に取った瞬間。
「ガル!!」
「っ!!」
俺は足下が揺れるのを感じてバックステップ。目の前に岩が槍のように突き出る。
「上!」
俺はさらにサイドステップ。天井から今度は尖ったつららが落ちてくる。
「魔力尽きてたって嘘かよ!!」
【破砕音波】でつららを割りつつ俺は飛翔。下を見れば俺の立っていた位置には岩が突き出ていた。
「飛べるのはズルぃなあ。なら――【力場操作】」
カイルの言葉と同時に、俺の身体が急に重くなってしまう。やっべ、飛んでいられない。何とか地面に着地するも、身体が割れそうなほどの衝撃が身体に掛かる。なんだこれ!?
「ガル! さっさとあいつをやらないとマズイわ!」
そうは言うけど、身体が重い! バフ掛かっててこれとかやばくないか?
俺はとにかく棒立ちはまずいと思って、地面を蹴る。背後で岩が突き出る音が響く。
「おいおいおい、どんだけ負荷を掛けていると思ってるんだ? なんで動けるんだよ!!」
焦るカイルの顔が迫る。
「くそっ!!」
カイルの周囲に、俺を遮るように岩の壁が出現。
「――【破砕音波】!」
壁があっけなく崩れ、その向こう側にカイルのしかめっ面が見えた。
「参ったね……こりゃあ……規格外だわ」
そう呟いたカイルの胸を、俺の石剣が貫いた。
「……かはっ」
血を吐くカイルへとフランが手を向けた。
「せめて痛みなく眠りなさい――【ブレイズブレイド】」
カイルの首へと炎剣が薙ぎ払われる。
カイルの胴体がそのまま地面へと倒れ、そして魔力となって消えた。すると、あの身体が重くなる負荷が嘘のようになくなった。
「……フラン、魔法が使えたのか」
さっきの炎剣、フランの魔法だよな?
「なんかこのダンジョンに入ってから魔力がちょっと回復したのよ。だから使えただけ」
「そうなのか」
「……多分、あんたのおかげよ」
フランがそう言うと俺の背中から降りて、地面に落ちているダンジョンコアを拾った。
「ほら、胸、見せてみて」
「胸?」
俺の前へと立つフランが、その小さな手を俺の胸へと翳す。すると、俺の肌――いや石肌? の表面がまるで水面のように揺れて、中から、黒い水晶のような球体が出てきた。
「これが……魔王城のダンジョンコア?」
「そうよ。そしてあんたの魂でもある」
フランはそう言って持っていたダンジョンコアを俺のコアへと触れさせる。すると、光と共にダンジョンコアが俺のコアの方へと吸収された。
おお! なんか力が溢れてくるような感触! 俺のコアも一回りだけ大きくなったような感じだ。フランはそれをそっと俺の胸の中に戻した。
「おお? おおおお!! すげええ!!」
その途端、俺は自分の感覚が一気に広がっていくのを感じた。
具体的にいうと、この洞窟がある岩の周辺全てがまるで我が事のように分かる。
「ダンジョンコアを取り入れたんだから、当然ここもあんたのダンジョンになったってことよ」
「えっと、つまり……」
まだ理解しきれていない俺へと、フランがその見た目の幼さに反して、何とも言えない妖艶な笑みを浮かべ、 ウインクをした。
「たった今から、この岩窟全部が――魔王城よ」
カイルさんは中々に強かったですね。惜しむらくは本人の戦闘能力が人間の域から出ていなかったこと、オークナイト召還の為に魔力を使いすぎたこと、ぐらいです。