その5:清楚でハイスペックな寮長には秘密がある(1/4)
人は誰しも程度の差こそあれ、二面性を持つものです。
学校で笑っている自分と、自室でくつろいでいる時の自分は、確かに同じ自分のはずなのに、冷静に見つめなおすとまるで別人みたいに見えてしまうことがあります。
表と裏、というよりは公と私というべきかもしれません。
学校の中でも、クラスメイトとしゃべる時、部活動に興じている時、先生に質問する時など、同じ公でも少しずつ違いますし、またプライベートの中でもアクティブな時もあればインドアな気分の時もあります。
それを考えると、多面性という言葉のほうがより正確かもしれません。
そのような人間の多面性に触れた時、往々にして大きく感情が揺さぶられます。
いつもは当たりが強い不良が道端で捨て犬を拾ったり、普段は優しい優等生が裏では毒を吐くいじめの首謀者だったり、という例は少し極端だとは思いますが、そういった多面性のギャップが大きければ大きいほど、強い衝撃を受けますし、その人の本性を見た気分になってしまいます。
しかし、あたしはそんな単純な話じゃないように思えてならないのです。
一蓮托生ともいうべきわびさび赤銅寮での生活も少しずつ板についてきたゴールデンウィーク最終日、寮生のみんながどこか浮ついた気分でそわそわしていることに気づきました。
気になって寮の掲示板を見ると、どうやら今日は寮生の親睦を深めるための新入生歓迎バーベキューが中庭で行われるみたいです。
それを知って、あたしもわくわく半分、ドキドキ半分、すなわちわくわくドキドキでいっぱいになりました。
こういうイベント、最近は割と煙たがる人が多くてなかなか開催すらままならないという話をよく聞くのですが、あたしは割と楽しめる方です。
なんてったって、お肉が食べられますから! しかもタダで!
あたしの寮での行動範囲も意外と限られていて、何かと籠女ちゃんや弥生ちゃんに絡まれることが多いし、あまり他の人と関わる機会もないのでそういう楽しみもあります。
鼻歌交じりに廊下を歩き、交流スペースに入ると、座椅子に腰かけてすやすやと眠る小さな女の子を見つけました。フリルのついたピンクのワンピースがロリータライクを一層際立たせていて、見ているこっちがきゅんきゅんしてきます。
誰かの妹さんが遊びに来たのでしょうか?
そのかわいい寝顔をぜひとも拝んでみたくなり、のぞき込んでみました。
ふっくらとしてやわらかそうなほっぺに小さな鼻と口、そして左目に海賊みたいな眼帯。眼帯?
「軍曹っ!?」
思わず大声をあげてしまいました。軍曹を見かける時はいつもコック服だったので、全然気がつきませんでした。
「――んん、もう、食べられないよぉ」
軍曹が少し身じろぎして甘えた声で寝言を言います。すごくかわいいです! でもなんか普段とギャップがありすぎて逆に怖いです。というか、寝言がベタすぎます。
普段は怖くて厳しい軍曹も、こうして見ると愛でたくなります。いつもこんな顔をしてくれればいいのに、と素直に思います。
「――バナナ。おっきいバナナ」
軍曹の次の寝言が零れ落ちます。――これもまたベタです。決して卑猥な夢でないことを願います。
「――おっきいバナナ、おいしい。咲綾、おっきいバナナ大好き」
あたしも、デザートのフルーツは大きい方がいいです。決して卑猥な意味ではありません。
料理人は、夢の中でも食材の吟味に余念がないのです。決して卑猥な意味ではありません。
「――咲綾、やっぱり、バナナはおっきくて太くて、硬いのがいいの」
あたしは信じています。軍曹の夢がR18に引っかからないと信じています。しかし、ここまでくるとかなり黒に近いグレーです。見た目小学生が言っていいセリフではありません。
「――練乳いっぱい。白くてべたべたな練乳いっぱい。おいしくて、咲綾大好き」
そうですよね。白くない練乳とか、べたべたしない練乳とか、この世にありませんもんね。みんな練乳は甘くて好きですもんね。
でもさすがに、限界なきがします。あたしは軍曹のこと信じていますが、ここまでくると周りの人が誤解します。間違いなく誤解します。
大切なことなので何度でも言います。決して卑猥な意味ではありませんし、軍曹は卑猥な夢なんて見ていません。
でも、胸がドキドキしちゃうのは何ででしょう? 顔が熱くなってくるのは何ででしょう?
「――イルカさん」
「へっ?」
軍曹の次の寝言に、あたしは素っ頓狂な声を上げてしまいました。
「――バナナのイルカさん。おっきくて太くて硬い方が作りやすいの。練乳の波に乗って泳ぐの。咲綾が考えたパフェだよ。咲綾、甘いの大好き」
「申し訳ありませんでしたぁっ!」
あたしは勢いよく軍曹に土下座しました。いやいやいや、あたしは信じていましたよ、軍曹のこと。さっきから言ってたじゃないですか。決して卑猥な意味ではありませんッて。
「――ん、なんだ、栗山1年兵か」
寝ぼけた顔と声で軍曹が言いました。
「す、すいません! 起こしてしまいましたか?」
「ん、構わん。それよりどうした? 顔が真っ赤だぞ?」
「いえいえ、これは決してアレではなくてですね!」
「それより、あそこにペパーミントの茶葉がある。すまんが、茶を入れてくれないだろうか?」
あたふたするあたしをよそに、軍曹は寝ぼけ眼をこすりながら戸棚を指さします。
共用の長しとポットの横の戸棚を開けてみると、意外や意外、緑茶の茶葉だけでなく、ほうじ茶や煎茶といった日本茶、紅茶やハーブティー各種、中国茶、果てはコーヒー豆まであります。
しかもティーセットやきゅうすと湯飲み、コーヒーメーカーなどのお茶をいれる道具一式だけでなく、日本茶の淹れ方、紅茶の淹れ方、コーヒーの淹れ方と書かれたクリアファイルまであります。
「全然知りませんでした。これ、勝手に飲んでいいんですか?」
「ああ、構わん。滝川3年兵の私物だからな」
「いやいやいや、だめじゃないですか!」
「私が構わんと言っているのだ。早くしろ」
この人、こんなガキ大将みたいな性格でしたっけ? ただ眠気が覚めて怒号が飛ぶ前に準備しないと大変なことになるので、深く考えずペパーミントティーを用意することにしました。
それにしても、いつも寮の当番で一緒になる滝川先輩にこんな趣味があったなんて意外でした。今度またおすすめのお茶とか教えてもらおうと思います。