その3:先輩はストイックでコミュ障(1/2)
コミュ障、すなわちコミュニケーション障害と聞いたら、あなたはどんな人を思い浮かべますか?
単にコミュニケーションが苦手な人、自分の気持ちをうまく伝えられない人、自分や状況が悪くなることを恐れ何も言えなくなってしまう人。
そういう人はきちんと練習すればきちんとコミュニケーションが取れるようになりますし、何の問題もなく社会に入っていけます。
人と関わるのがめんどくさい人、すぐに連絡を忘れてしまう人、難しい言葉ばかり並べて何を言っているのかよくわからない人。
そういう人はそもそもコミュ障ではなく、独特なコミュニケーションスタイルを持っているだけです。それが理解できれば大きな問題にはなりません。
簡単に人を傷つけるようなことをいう人、相手の気持ちに寄り添わないで攻撃する人、自分独特の価値観で相手を支配しようとする人。
そういった人は自分の弱さを隠しているだけかもしれません。その弱さを受け入れてあげればきっと心を開いてくれるはずです。
そう考えると、コミュ障って何でしょう? と思うのです。
ゴールデンウィークの合間の平日、美術部の活動が終わり、同じ部活の同級生である沙梨衣ちゃんと一緒に帰っている時のことです。
「沙梨衣ちゃんは今度の絵画コンクール、どんな絵をかくの?」
「生命の雫を使った光と闇の極彩色黙示録。あずきは?」
ああ、そういえばこの子もコミュ障だったっけ? いつも言っていることがよく分からないので気づきませんでした。
「あたしはね、風景画にしようと思うんだ。この前、部室棟の屋上から見える風景がきれいだな~と思って」
「でもあそこ、フェンスが高くて飛び降りるにはなかなか骨」
「いやいやいや! 飛び降りないよ! そんな気全然ないから!」
「まさか、ラブコメ展開を狙って、クラスのイケメン男子とのお昼ご飯デートの練習を?」
「うち女子校だよ! そんなシチュエーション来ないよ!」
「恋愛相談ならいつでも乗る」
「う、うん。その時が来たらね」
沙梨衣ちゃんには、あたしが失恋して絶望のあまり部室棟の屋上から飛び降りようとしたけどそれができなくて、次の恋のために屋上でのおひるごはんデートを妄想している残念な女の子に見えているらしいです。
ただ、心配してくれているみたいなので、本当は優しい子だと思います。もっとも、すべて彼女の勘違いですが。妄想っ子は彼女の方です。断じて。
「じゃあ私、帰るから」
「知ってるよ。あたしだって現在進行形で帰っているところだし。じゃあまた学校でね!」
「ナンパのつもり? 学校デートとかマニアックね」
「いやいやいや! どう考えてもデートの誘いじゃないでしょっ!」
「まあ、あずきのそういうところ、嫌いじゃないけど」
「ちょっとやめてよ! なんで顔赤くするの!?」
「じゃあ、また学校で」
「えっ!? あたし誘われてるっ!?」
橋のたもとのところで、いつものように、なんだかよく分からない別れの挨拶をして、沙梨衣ちゃんとは別れました。
橋を渡って川沿いを下り、少ししたところに赤銅寮があります。行く川の流れは絶えずして、なんて随筆がぴったりな寮です。わびさびです。
しかし、今日は少し違います。川のせせらぎがいつもより騒がしいです。
ふと川の方を見ると、誰かが川の流れに逆らって上流に向かって泳いでいます。
時期的には、泳ぐにはまだ寒い季節です。そうでなくても、寮のすぐ近くにある川になんて普通泳ぎません。
しかもそれが知り合いだったら普通ドン引きですよね?
はい、予想通り知り合いでした。
川から上がってきた長身の彼女はあたしと同じ寮生で、よく寮の当番で一緒になる蝶舞先輩でした。
蝶舞先輩は水泳部のエースで、180センチ超のすらっとした無駄な脂肪がない体躯と伸びやかでしなやかな手足が特徴的です。ものすごく絵になります。いつも仏頂面ですが、そこがまたキュートです。
しかも、2年生のカラーでもある緑色のスクール水着を着ています。関係ないけど、スクール水着って、学校の外で着るとすごく恥ずかしいですよね。あれ、なんででしょうね? あと、緑色のスクール水着って珍しいですよね。うちの高校、いろんなものを学年ごとに色分けしているんですけど、色分けするのが好きにもほどがありますよね。緑色のスクール水着なんて、うちの高校の2年生にしか需要ないですよね。
蝶舞先輩は川原にぽつんと置かれているスポーツバッグの隣に腰かけると、スポーツドリンクを取り出して飲み始めました。小休止みたいです。
手足の長い女性が、片膝を立てて座る姿って、どこか色っぽいですよね。あの長い手足を余らせている感じがたまらないですよね。先に言っておきますが、あたしは美術的な観点で言っているのであって、そういう性癖があったり、先輩に恋していたりとかは全くありません。断じて。
普通の人なら確実にスルーしたい状況ですが、いつも寮の当番でお世話になっているし、蝶舞先輩は後輩の意見も素直に聞いてくれる先輩ですし、何よりどこか放っておけない雰囲気があるので、あたしは声をかけることにしました。
沙梨衣ちゃんや『光と闇の極彩色黙示録』に興味のある人は、
前作『栗山あずきの独り言~うちの美術部がエログロでヤバいです~』の
『その4:同級生が無慈悲』をぜひ見てください!