その2:隣室の同級生がいたずら好き(1/1)
人は程度の差こそありますが、いたずらが好きです。
なぜ人はいたずらをするのかということを突き詰めて考えてみると、その人の本性が現れる瞬間を見たいという心理に行きつくような気がします。
意表を突かれたり、予想外のことが起こると、人はとっさの反応を見せます。そして、それは同じシチュエーションでも人によって全く違うリアクションを見せます。
そういう人間の多面性を特殊な環境で観察したい、ということでしょう。
つまり、いたずらとはその人のことを知りたいというある種のコミュニケーションなのです。
しかし、注意が必要です。
なぜなら、いたずらにはそれを仕掛ける人の心理も如実に表れているからです。コミュニケーションに一方通行がないように、あなたのいたずらにはあなたの心のうちの本性が現れているのです。
だからこそ、いたずらをする時は注意が必要です。
なんだかんだ言っても住めば都で、1か月近くもたつとわびさびの部屋での生活も慣れてくるものです。
ここ、赤銅寮での共同生活は、まるで大家族が1つの大屋敷で暮らすようなものです。料理や共同スペースの掃除、寮の修理や中庭の手入れなどは当番制ですが、当番の班は結構人数がいますし、先輩も優しくて丁寧に教えてくれる人が多いので、何とかやっていけます。
それに、困ったことがあれば、寮長の鷹野原先輩に尋ねれば、だいたいのことは解決します。寮の仕事に加えて、風紀委員の副委員長としての仕事も多いはずなのに、鷹野原先輩は嫌な顔1つせず、文句1つ言わず笑顔で応対してくれます。
そのハイスペックさに度肝を抜いたあたしに、鷹野原先輩は「私はただの管理人ですよ。大したことは何もしていません。それでも、少しでも皆さんの安全で楽しい女学院生活の支えになれば、うれしいです」と柔らかな笑顔を見せた時は心の底から尊敬したものです。謙虚にもほどがあります。人間として究極完全体です。
そんな鷹野原先輩が管理する赤銅寮での生活に、どうして不満があるでしょうか? ――いや、やっぱり部屋に鍵はほしいです。それと、四畳半の相部屋はやっぱり物理的にも精神的にも窮屈なので、もう少し広い部屋か個室がほしいです。
ゴールデンウィークに入ったばかりの、ある日の昼下がりのことでした。
「おおロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」
大きな身振り手振りを交えながら、籠女ちゃんが絶妙な足さばきで四畳半の間を縫い歩きます。籠女ちゃんは演劇部でも注目の新人らしいです。
予想の範疇というか、予想外というか、やっぱり籠女ちゃんは一癖も二癖もある女の子でした。四六時中こんな調子です。
しかし、あたしが入部した美術部の過激な洗礼のおかげもあって、最近では籠女ちゃんの言動も気にならなくなってきました。
「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて、久しく留まりたる試しなし。すなわち、私たちもそういう関係なのです」
また籠女ちゃん独特の新解釈が入りました。方丈記です。おそらく、この世の真理というものは時代も国も超えるのでしょう。
「ダメよ!私たちの写真をインスタに上げないで! 私の心も炎上しちゃう! 電波に乗せた想いは、眠らない夜を超え、永遠に永遠に電脳世界で燃え続けるの!」
今風のアレンジにしては、ずいぶんと下世話な話に落ち着きそうです。久しく留まりたる試しはなかったような気がするのですが。
こたつを中心に部屋を回る籠女ちゃんに合わせて移動しながら、あたしはスケッチブック片手に次のコンクールに出品する絵のモチーフを考えていました。
その時、隣の部屋から声が聞こえました。
「ねえねえヤヨいん、今度は何をするの?」
「ふっふっふ、この仮面と衣装を使ってあずき君ちを襲撃して、おやつというおやつを強奪するのだ!」
「おお、ヤヨいんもワルだね~!」
「ふっふっふ、これは今世紀最大の完全犯罪なのだよ、沙奈絵君!」
隣の部屋の完全犯罪計画が丸聞こえです。彼女にとって今世紀最大の失敗です。あと、完全犯罪の意味が揺らいでしまいます。あとで意味を調べておこうと思います。
隣の部屋は、あたしたちと同じく1年生である弥生ちゃんと沙奈絵ちゃんの部屋です。
不敵な笑みを気取って完全犯罪を暴露しているいたずら好きなのが弥生ちゃんです。対して、弥生ちゃんの言葉に妙に感心しているちょっとバカな女の子が沙奈絵ちゃんです。いや、周りの人がバカばっかりなのでバカの定義も見直さないといけません。
「おおジュリエット! 色は匂えど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならん。有為の奥山今日超えて、浅き夢見じ酔いもせず。検索エンジンが私たちの愛を薄い画面にさらそうと、私は負けぬ! 私のジュリエットへの想いは消えぬ!」
どうやら今度の劇は、諸行無常とインターネットの世界が織りなす矛盾がテーマらしいです。
籠女ちゃんが左回りから右回りに切り替わります。あたしもぶつからないように合わせて歩きます。まるでイライラ棒です。
その時、襖をこんこんと誰かがノックしました。
多分、弥生ちゃんです。
「はい」
あたしは籠女ちゃんをよそに、襖を開けました。
そこには、カボチャの仮面をかぶり、猫耳カチューシャを付け、銀色のおかもちを携えた赤いセーラー服の生徒が立っていました。
多分、弥生ちゃんです。
「トリック・オア・トリート!」
カボチャの妖精さんが叫びながらおかもちを掲げました。
意味が分かりません。
今はゴールデンウィークです。半年早いです。いや、日数的には半年遅いというべきでしょうか。
「トリック・オア・トリート!」
あたしがリアクションに困って固まっていると、聞こえなかったと勘違いしたのか、弥生ちゃんはもう1度同じセリフを叫びました。
しばらく、沈黙が続きました。
「ねえねえヤヨいん、アズにゃんに英語は難しいんじゃないかな?」
隣に立っている沙奈絵ちゃんが長いツインテールをいじりながら弥生ちゃんの裾を引っ張っています。なんだかバカな沙奈絵ちゃんにバカにされたみたいです。
「なるほど沙奈絵君、君はなかなか鋭いようだね」
弥生ちゃん、あなたはなかなか鈍感みたいです。
「しかし沙奈絵君、『トリック・オア・トリート』を日本語に訳すと、何と言えばいいのだろうか?」
「うーん、手品か整髪料か、とか?」
「なるほど、それではあずき君、手品か整髪料か、選びたまえ!」
再度、弥生ちゃんがおかもちを振り上げました。
一周回って、意味不明です。
なんだか、かわいそうに見えてきたので、美術部の副部長にもらったクッキーをあげました。