その5:清楚でハイスペックな寮長には秘密がある(2/4)
マニュアル片手に不器用丸出してハーブティーを淹れているあたしを、軍曹は粘り強く待ってくれました。
「ミルクと砂糖はいりますか?」
「いらん」
分かりました。はい、どうぞ」
「うむ」
あたしが差し出したペパーミントティーの薫りを十分に楽しんだ軍曹が口を付けました。
なんだか、緊張してしまいます。この寮で、いや、きっとうちの高校、下手したら全国の女子高生の中で一番料理のうまい軍曹が、あたしが初めて淹れた紅茶を飲んでいるのです。
誉め言葉は期待していませんが、せめて軍曹の口に合ってほしいです。
軍曹がカップをソーサーに置き、口を開きました。
「――上手いな。初めてにしては」
軍曹の口が少し綻びました。軍曹の言葉には少しとげがあるはずなのに、体の芯まで伝わる温かさがありました。
「あ、ありがとうございます!」
なんだか照れ臭くなってしまい、思わず視線をそらしてしまいました。
「料理はな、素直で正直なのだ」
軍曹は再びカップを持ち上げて、口に運びます。
「素直、ですか?」
「ああ、料理には作り手の心が宿る。たったカップ1杯の紅茶にもだ。貴様も美術部員なら多少は分かるだろう? 作品の持つ力を」
「まあ、言いたい事は何となく分かります」
あたしはまだ美術部に入部して日が浅いので自分で作った作品と呼べるものはまだありませんが、今までいろんな絵や彫刻を見てきました。そして、そこには作者の伝えたい思いが詰まっていることも感じていました。
きっと、軍曹はそのことを言いたいのでしょう。
「特に料理はな、愛がないと作れんのだ」
「愛、ですか?」
疑問符を浮かべる顔を見せるあたしに、軍曹は瞳を閉じて持論を展開します。
「ああ、料理は、どんな作品よりも儚く消える。作った直後にはもう胃の中だ。だからこそ、愛が強いのだ。人は食わねば死ぬ。しかし生きるだけなら点滴でもサプリでも何でもよいから栄養を補給すればよい。それでも、たった刹那の至福のひと時、しかも他人の幸福のために千の知識と万の技術を総動員して料理という作品を作り上げる。愛を無くしてそれができるはずもなかろう」
軍曹が再びカップに口を付けます。軍曹の言葉を完全に理解するには少し時間がかかりそうな気もしますが、少なくとも軍曹の料理に対する強い思い、それこそ愛と呼べるものがそこにあるような気がしました。
「貴様、美術部の梶原ひなたという2年兵を知っているか?」
軍曹は唐突に話を変えてきました。
梶原先輩といえば、よく部活でクッキーやらシュークリームやらチョコレートやらを作ってくれる笑顔の素敵なスイーツ好きの副部長のことです。
「はい、うちの副部長です。よく手作りのお菓子をもらいます。ちょくちょく料理部にも顔を出しているみたいですね」
「あいつを美術部副部長に推薦したのは私なのだ」
「そうなんですか!? 意外です」
「あいつは工芸菓子の確たる才能を秘めている。私も昔は工芸菓子に興じていたが、彼女の才能を伸ばすには力不足と感じてな。無理を言って美術部に移ってもらったのだ」
「そうだったんですね」
いつも一緒にいた美術部の先輩の秘密と部活以外のつながりを知ると少し不思議な気分になります。普通の美術部員とかけ離れた行動をする副部長の別の一面が見えた気がしました。
「でも、どうして急にそんなこと教えてくれたんですか?」
軍曹の真意をすくい取り損ねたあたしは、何気なく尋ねました。
「なに、今しがた工芸菓子の夢を見ていてな、少し思い出しただけだ」
何でしょう、この心の隅っこに感じるほのかな罪悪感は。すごく謝りたいです。
あたしがどぎまぎしているのをよそに、軍曹はくいっと最後の1滴まで飲み干しました。
「馳走になった。本日の宴、猪俣生徒会副会長閣下には休んでいろと言われたが、貴様の愛で戦う力を得た。貴様らに私の愛を食らわせてやろう」
そういうと軍曹はいつもの厳しい表情を作って立ち上がり、颯爽と部屋を後にしてしまいました。
軍曹――一ノ瀬先輩が軍人かぶれなのは、もしかしたら愛国心が強く、お国のために戦う姿を自分に重ねていたからなのかもしれません。
ただ1つ、疑問があります。
あたしって、軍曹に嫌われてなかったっけ? まあ、今のあたしは嫌われていないみたいだったので、細かいことは気にしないようにします。次の料理当番、きちんとできればいいのですが。
副部長の梶原先輩に興味のある人は、
前作『栗山あずきの独り言~うちの美術部がエログロでヤバいです~』の
『その2:副部長が大のスイーツ好き』をぜひ見てください!