藤沢は理香子が好きなのです。
混んでるのね………この時間、当たり前だけど、ため息をついて理香子は人混みに溢れるプラットフォームにいる。ああ、そうだった、と隣に立つ俺もげんなりしながら相づちをうった。
「何時のにすりゃ良かったな、座れるし、空いてるし………」
「そうね、早く登校してはならない、という校則は無いもの、今日の反省を今後に活かさなくてはね。で、藤沢部活は?朝練無いの?」
ぼやく俺に、幼なじみの理香子が聞いてくる、小学生の時はお互い、君、ちゃん付けで、名前呼びしてたけど、中学生になり周りが気になり出してからは、俺はそのまま名前呼び捨て、理香子は、名字呼び捨てになっている。
「無い、大会終わったし、とりあえず無い、お前の特進の補習ってのは?」
「今日は、無い。先生に予定入ったらしくて、とりあえず今日は無し」
ふーん、そうなんだ、と話をしていると電車の到着メロディーが流れた。ざわざわとした喧騒の中、俺達は人の流れに合わせて到着した車両に乗り込む。学校がある街迄十五分の拘束時間。何時もなら空いてる時間帯なので、俺は睡眠、理香子は予習の時間に充てている。
発車のメロディー、エアの音共にドアが閉まる。つり革が苦手な彼女は、ドア横に立つ、座れない時の指定席。そして俺の指定席は、彼女の前になるのは、お約束なのだった。
「今日、睡眠不足だな、授業中寝たらどうしよう」
「朝その分時間取れてるでしょう、睡眠不足にはならない、テストの準備だけどやってるの?」
「うきゃ!お母さんみたいな事言うなよ、ハイハイしてないわ、スンマセンね、ご心配おかけして」
「心配はしてません。慌てる藤沢見るのが楽しいから、教えてー!と毎回どうしてあーなるのかしら」
幼なじみの気安さで、つけつけと話してくる。そんな理香子に、ヘイヘイ、うっせーなと返しながら、俺は周りを少し目を向けた。同じクラスの奴等………居るけど人が多いから俺達に気がついて無いか………、幾分ホッとする。
「どうした、藤沢、美人でもいた?そういや知ってる?私達付き合ってるらしいわよ」
そんな俺の気持ちを見透かす様な、理香子の言葉が俺の脳天を貫いた。
「は!はいー?つ、付き合ってるって?何でそんな事になってるの!」
「そりゃ藤沢が、私の事呼び捨てだし、こっちも藤沢だし、かなりの高確率で別クラスにも関わらず、一緒に登校してるし、端から見ればそうなるみたい、え?不服なの?」
サラリととんでもない事を言い出した………ふ、不服、なわけ………無い!むしろ有り難い!有り難いのだが………何かモヤモヤするなぁ、うん。とりあえず否定をしておかねば。
「不服じ、や、や、無いけど………理香子、は、どうなんだよ」
「え?何とも無いけど、言いたい人が言ってるだけだし……他に何があるの?」
フフンと、何だか試されてる様な笑いと共に、答えてくる。ウーン、長年の付き合いなのだが………こいつの事俺は好きなんだけど、分からん、元々女子の考える事はわからんのだが、理香子に至っては、頭脳のちがいか、さっぱり分からん思考回路。
次の駅に停まる、降りる人間と乗り込む人間、動きが波の様に向かって来る。ブシュ、ドアが閉まり、大きく揺れた。ガタン、それに合わせて傾く俺達、小柄な理香子に人が迫る、おわっ!俺はつり革から手を離す。
そして勢いがついたままに、彼女が立つ背後の壁に手をついた。おヒョ!こ、これは。いわゆるおいしい展開の、壁ドン世界か?
空間が出来上がる。どうするのだ、俺は、うつむく理香子、腕一本で何だか二人の世界みたいなのが、出来ちゃっている。トクンと、心臓が動く、冷たくて、それでいて熱い熱に、つかまれた感覚。
ガタン、と大きく揺れる、おっとお………、と俺は踏ん張り手に力をこめる。小柄な理香子の上半身が、俺に前後に揺れてバランスをとった。より一層近くなる距離。
あ、小さいんだ、うん、小さい………理香子は……リアルに彼女を感じてしまう。視線に困る。反らす?でも見ていたい。伏せてる目、長いまつ毛、鼻筋、頬。そして唇に、視線が移動していく。とめられない。揺れにリズムを合わせながら、彼女が動く、俺をすくうように見上げる瞳。
「フフン、顔がデレてるよ、藤沢………何を考えているのかな、藤沢……当ててやろうか」
イタズラっぽく理香子が笑う。ドキンとした。え、何を言い出す、コイツ………おい、わかるのか?特進クラス、学年トップになると、わかるのか?ハイー?
「べへべ、べつに、デレてんか……な、何わかるんだよ」
俺はドキドキしながら、ごくんと息を呑む。まさかの展開なのだろうか?も、もしや理香子も俺のことす、す、す………期待しながら待つ俺を、面白そうに見つめて来て………彼女らしい一言。
「なんて、分かるわけ無いでしょう、人間なのだから……行動するなり、言わなきゃ通じません」
「ハイ?は、お?おお?」
「もう、藤沢って変わらないねー、小さい時からずーと一緒、アハハハ」
可笑しそうに笑う理香子。ハハ……ハハ……何故かしらん?遊ばれてる様な、ちょっと負けた感有るよな、悔しい様な、でもやっぱり好きだ………が、ない混ぜにぐるぐる混ざって、俺を青春の迷路というか、渦に巻き込んで行く。
何?泣きそうになってるのよ、次降りるんだからね、と覗き込む理香子に、俺は、な、泣くなんて!そんな事無い!ときっぱりと言った。クスクスと笑う彼女、うん、可愛い、ダメダメ、泣きそうになってきたぞ!おかしい!どうした俺!
密かに叱咤激励を心に入れる。む、無の境地!と脳裏を満たす。頑張るのだ!俺………、電車のスピードが落ちる、降りる人の動きが始まる。ドアを眺める理香子、ふと俺を見て………
「フフ、人間てね、良くも悪くも縁があり、長年の付きあいってのがあるわよね、慈しみ惹かれる同士でも離れる、この一方で、憎しみいがみ合う同士でも、共に生きて行かなければならない………面白いわ、うん、とても興味深い………そう、藤沢飽きないから………行動にも、思考回路にも興味ある。これからもよろしくね」
フフ、と笑いながら訳の分からん事を言った。理香子のこういった突然の何か分からん発言は、何時もの事なのだが………はい?興味ある、興味ある、興味あるー?どういう意味だ?す、すすき?好き?いや!飽きないから、興味ある?よろしくつて!それってどういう意味だ?
ガタンと大きく揺れて停車し、ドアが開いた。ゾロゾロと流れに乗り降りる理香子、流されるままに降りる俺。き!聞かなければ、聞かなければ!と少し離れた彼女を追うと………
「理香子!おっはよー、ねー、数学の公式なんだけどー」
「あー、課題の、あれってこの前の、当てはめたら出なかった?文書トリックで問題作ってるわよねーふふふん、私達生徒をなめてかかってたわね。あんなトリックに引っかからないわ!それより、リーディング………」
彼女は同じ特進クラスの友人と、訳の分からん会話を繰り広げていた。はい、朝から数学の、公式ですか………リーディングですか………わかりません。でも、でも………興味ある、よろしくって、何?ほお!ぐえっ!
「おう!おっはよ!みーたーぞー!鈴木に告ったか!やっと!」
流れ行く通勤通学の人、その中で立ち尽くしていると、背後から悪友達が次々に、俺にかまってくる。う……見られてたのかよ、え?そんな良い雰囲気だったっけ?
「ない、ナイナイ!無いー!言ってないー!訳の分からん事、う、は?き、興味深いとは?興味深いとはぁぁぁ!どういう意味なんだぁぁ?」
俺は……、バレてるだろうけど、もう!理香子が好きなんだー!ずっと、ずっとおぉー!お、お前はー?興味ある無し、じゃなくて、バカでも猿でもわかるように、教えてくれ。頼む理香子………聞かれるままに、興味云々を話した俺、友人達は………優しく肩をポンポンしてくれた。
「まぁ、アレだわ、頑張れ」
お、わ、り。