アシュリー様に絡まれました。
「ご機嫌よう、アシュリー様」
今度は間違いなくとびっきりの営業スマイルと、いつまでたってもなれることのない淑女の言葉でもってご挨拶したのだが、アシュリー様はやっぱりゴミを見るような目で私を一瞥するだけで挨拶は返してくれない。
それは別にいいのだが、何故か私の前に立ちはだかるのが困る。
……よけているのに。
『おうおうおうおう喧嘩売る気かワレぇ……一向に育ってない分際で!!』
毛玉様……それはブーメランだ。
「貴女のような下賤の売女が殿下と食事をするのが堪えられないの。何をされるかわかったモノじゃないわ」
下賤に“売女”がプラスされた。
聖獣の成長と違って無駄な進化だ。
確かに最近やりすぎ感のある毛玉様が何をするかわかったモノじゃない。
しかし断るという選択肢など存在しない。
「そう言われましても「アシュリー様」」
グレン様は私を庇うように一歩前に出た。
「彼女を愚弄するのはやめていただきたい」
「あら、グレン様……貴方まで篭絡されているだなんて。恐ろしい子」
扇子で口元を隠し、侮蔑した目をグレン様にまで向けそう言った。
流石にこれは流すことができない。
「篭絡とか……やめてください。グレン様は任務に忠実な方なだけです。お話があるのでしたら、どうぞ私に」
私は廊下を抜けたところにある小さなホールに、アシュリー様を目線で促した。
「クローディアさん……」
「えぇと……すぐ済みますので少し離れたところで待っていていただけますか?」
心配そうなグレン様にいきり立っている毛玉様を託す。
正直アシュリー様より毛玉様の動向の方が心配だ。
「決して毛玉様をこちらにやらないように」とグレン様に強くお願いする。
「どうぞ、アシュリー様」
別段こちらには話したい事もない為、アシュリー様のお言葉待ちだ。
アシュリー様はそれも含めて気に食わなかったようだが、多分何をやっても同じことだと思うので仕方ない。
「率直に言わせていただくと、貴女は殿下に相応しくないわ。ご辞退なさい」
「…………」
相応しくない、とな。
当たり前すぎて考えたこともない為、どう答えたらいいのかもよくわからない。
「えぇと……どうすれば辞退できるんですかね?辞退する方法があるなら是非教えていただきたいのですが。できれば後宮に閉じ込められる以外の方法で」
とりあえずこちらも率直な意見を返してみたのだが、残念なことに挑発だと取られたらしかった。
「そんなの決まっているでしょう?貴女が殿下にしている様な事をもっと誑かし易い殿方になさればいいのよ……下賤なその身の丈に合った、ね」
誑かすとは心外だ。
……正直殿下には、営業スマイルでいい感じになるように気を配りながらの相槌と、殿下に聞かれたことを当たり障りなく話している位しかしていないのだが。
毛玉様も最初はちょっかいを出したが、「不敬で私が死んだら強制的に50年待ちですよ!」と私が必死で脅してからは媚を売るだけになった。
それに警備はもちろん、侍従もそれなりのお家の方で揃えられてしまったから、私には全ての方が身の丈に合わない。
別に平民を下賤だとも思っていないけれど、階級以外の“身の丈”の基準がよくわからない。
ここにいる男性はイケメン独身男性ばかりだ。
更に言うならばキラキラしい方々以外に接触する機会があまりにない。
そこら中にイケメン独身男性がいるのは確かだが、スケジュールに組み込まれてない方とお話できる時間の余裕など、私にはほぼないのだ。
何か返さなきゃな〜と思いつつも、正論で諭したら多分プライドが許さないだろうし、迂闊に自分の気持ちを話して既に失敗している。
「アシュリー様のご意見はよくわかりました。申し訳ございません。ですがそれはなかなかに難しく、当方と致しましては出来かねることをご理解いただきたく」
こういう時は“とにかく謝る”一択。
ただし、“できないことはできない”と主張し曲げてはいけない。
それでも話が通じなければ出禁……あっ、違った。
「正直なところ殿下に特別な事をしているわけでもございません」
乙女の役割(職務)で現在殿下と接しなければならない以上、営業の品質を下げることは不敬になりかねない。
「殿下に媚を売ることが特別でない、と?」
「先程アシュリー様にご挨拶した時とそう変わらないと思いますが……媚を売っているように見えるのでしたら残念です」
どうやら話は通じないようだ。
しかしできればアシュリー様とも上手くやっていきたい。
このままだと溝が深くなる一方だ。
もういい加減話を切り上げないと、殿下をお待たせしてしまう。
焦る私の脳に、妙案が閃いた。
「よろしかったらアシュリー様もお昼をご一緒なさったらいかがでしょうか。別に私、殿下と特別親しいわけでもありませんが、“私の淑女教育の一環”とか納得がいく感じの理由があれば問題がないような気がします」
殿下と同じところで食事をするというだけで、メニューが殊更贅沢なモノになるわけでもなかった。
場所が変わるだけなので、多分平気だろう。
妙案だと思ったのに、アシュリー様は真っ赤になり、全身で怒りを表すように身体を震わせた。
隠した口元から漏れる、今までより低い声も震えている。
「貴女……私を誰だと思っているの?」
接客は奥が深い。
私は急ぐあまり、しくじってしまった。
(ヤバい!プライドを傷付けた!!)
慌てて無理矢理話を変えようと試みる。
「あの……っアシュリー様の仰る通り、ここにいらっしゃる方は皆様私には敷居が高いのですが……なんとか早目に恋をして殿下と接触しなくて済むように努力させていただく所存です!!」
「…………」
アシュリー様は気持ちを落ち着ける為か、ひとつ大きく溜息をついてから私に質問をした。
「貴女……殿下のことは……いえ、どなたか気になる方は?」
「それは、毛玉様を見ていただければ一目瞭然かと……」
毛玉様、安定の殆どうさぎの見た目。
まるで変化している気配は感じられない。
「そもそも恋ってどうすればできるんでしょうか……」
「……私にそれを聞くの?」
呆れた様にアシュリー様は言ったが、その声は今までと比べて大分優しい感じだった。
少しだけ誤解が解けたようだ。
誠意をもって話せば通じるもんだ。言語万歳。平和万歳。
しかしそんな平和は長くは続かなかった。
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