剣への中二な愛情 またはいかにして若き冒険者はゴブリンの巣穴で剣を天井に引っ掛けるに至ったか
2018/11/11 加筆修正
某小鬼殺しなアニメが始まって、ライトな文学界隈では有名だったかの名作が一躍日の目を浴びるようになってきた。
さてはてアニメ冒頭から無慈悲な世界観を叩きつけるような展開になるわけだが、ここで犠牲になる新人の冒険者パーティ。その大戦犯である剣士君の失敗についてリアルな視点から語ろうと思う。
彼は仲間たちとともにゴブリンの跋扈する巣穴に潜るわけだが、表題のごとき致命的な失敗をやらかしてまう。さて敵の拠点に入ったにも関わらずベラベラ雑談しているとか、あからさまに油断しているというのは言うまでもないのだが。
リーダーの剣士君はタイトルのごとき失敗を2度もやらかす。視聴者の一部からは「なぜ洞窟に【ロングソード】をもっていく」という意見もでたわけだが、実はこの失敗をやらかす気持ちは痛いほどわかる。むしろ、筆者もやらかした口である。
まあ、タイトルがすべてを語っている感があるが「長い剣はカッコいい」のだ。
作中世界の設定では新人冒険者というやつは大抵が故郷の村から10代半ばほどで出てきた少年少女であり、もちろん殆どが剣で切りあいどころか道場で木刀を振ったこともないようなド素人の中のド素人である。
チャンバラごっこの延長でゴブリンを追い払った経験があるくらいの連中が大抵だろう。
それでも剣や冒険への憧れは人一倍。あまつさえこれから冒険者で一山当てようと夢見て旅立ってきた連中である。実用性とはいかなるものかなど想像もつかないのだから、カッコいいと思った方向に行ってしまう。
いやいや俺は短い剣のスッキリした感じは好きだし、なにより取り回しの良さという機能美をこよなく愛するセンスの持ち主だという方も中にはいるだろう。
で、まあそういう方は装備判定ダイスロール固定値大成功ってな具合で、長生きして鋼鉄とか銀に出世して果ては超勇者なんて呼ばれるようになる可能性が高い。
ちなみに筆者は10年ほど西洋剣術をやっているのだが、長い剣への誘惑を振り払えたのはごくごく最近の話である。
では長い剣が使えないかというと決してそんなことはない。何より長いということは間合いが広いというわけであるから、相手が短い武器しか持ってなければ一方的に攻撃できる。
さてここで矛盾した事を言うと実はこの若き冒険者の持っていた「ロングソード」は決して長くはない。
リアルな話をするとロングソードとは両手で持つ剣全般の呼び名で「刃の長い片手剣」を意味するのは後世のTRPG等で片手剣を差別化せねばならないがゆえにできた造語である(一応諸説あるようだが本エッセイではこの説を定義とする)。
「背中に背負った剣を抜けた」
「鞘の長さが彼の右肩から尻の少し下くらいまでだった」
「柄はおおむね握りこぶし三つ分」
この3つの事実を鑑みて青年剣士の身長が170㎝と仮定すると刀身長85㎝ 柄長26㎝といったところだろう。全長で111㎝ いわゆる騎士の剣またはバスタードソードと言われる片手でも両手でも使用可能な汎用性の高い剣である。むしろ両手で使う分にはかなり取り回しが良い。
基本的に両手に重量が分散する両手剣は、たとえ重量が1.5倍以上であっても片手で振り回さなければならない片手剣+盾(剣に振り回されることもさる事ながら盾は重い。極端に小型のものを除けば軽量の盾でも2㎏から3㎏がある)よりもかなり楽だったりする。
とこれだけ言うと悪い選択ではないように思えるが、これはあくまで「適正な訓練を積み」かつ「完全な防具をそろえていた」場合である。
適正な訓練を積んでいれば、武器は基本的には前に押し出すように振るので、上に振り上げるという動作はあまりしない。それが両手持ちできる剣ならなおさら、わざわざ片手で上に振り上げるなどしない。
そもそも剣に限らずいわゆる打ち物と言われる両手武器が流行るのは防御を盾や武器ではなく甲冑に依存することが出来るようになってからである。
つまり小鬼殺しさん並みにしっかり防備を固めているならまだしも、胸甲一枚だと一体多数のうえ一発くらうとかすり傷でも致命傷になりかねない状況ではかなり厳しいだろう。
つまり剣術の経験がないという事が装備の選定まで含めて恐ろしく致命的なのがあの世界というわけである。
なにせ剣術の経験がある場合、そもそも最初の装備に剣を選ばない。
何故かというと剣は高いのである。 ※下は中世から近世イングランドの例
剣(恐らく片手剣またはバスタードソード) 2シリング12ペンス=108000円
ハルバート 16~20ペンス=48000~60000円
ジャベリン(パイク)10~14ペンス=30000~42000 円
ビル(柄付き)12ペンス=36000円
1シリング=12ペニー、1ポンド=240ペニー、1ペニー=3000円、1シリング=3万6000円
となっており剣がどれだけ高額かわかる。
とは言え、かの世界では一年目の冒険者見習いがハードレザー一式に剣盾兜に短剣までそろえられるのだから、武器や鎧の相場が現実ほど高くないのかもしれない。まあ、そこを鑑みたところで、剣が安いならそのほかの武器はもっと安いという理屈になるわけだが。
身も蓋もないことを言えば槍を使え槍をという話になる。だが槍は破損の可能性もゼロではないし、何より弓や槍など完全両手もちの武器を持ってなおサブとして携帯できるのが剣や片手武器の利点である。
剣のようなものが使いたければもっとお安くメッサーやフォールション(カットラスのような剣鉈を大型化した片刃の直刀)
剣にこだわらなければ斧やこん棒、フレイルという手もある。むしろ農村出身なら確実に使い慣れてるのでベストはフレイルだったりする(フレイルは予備として持つには少し不便だが)。
フレイルはヌンチャクの片側が長いものを思い浮かべていただければいい。突きはできないのだが打撃部と柄が鎖又は紐によって連結されているという構造上殴った時の反動が手に帰ってきづらい。そして同じ理由で普通の棒に比べて破損もしにくいのである。
あと少々の防御なら乗り越えて攻撃できるし相手がフルプレートでも撲殺できるというのも利点か。しかも値段も安いと来るのでファンタジーの夢を壊す武器その1だったりする。
そして防具をそろえるほどの予算がないのであれば、せめて盾を持つべきだった。古代においてネコ科の大型肉食獣と相対する文明の多くで使われていたように盾というのは相手との距離を保ちかつ攻撃を潰すことのできる防具兼武器である。原作主人公が縦横に使っているところから見てもわかるだろう。そして甲冑がそろえられない状態であれば、なおさら盾の有無は防御力において大きなアドヴァンテージとなる。
なんて話をすると「当たらなければ~」などと賢しらなことを言う者もいるがよけられる状況ばかりとは限らないし、どのみち圧倒的な体力差がないとそれで戦い続けるのはかなり厳しい。
「受けられる」「出足を邪魔して潰せる」という選択肢の有無はそれだけ大きいのである。
んで、そんな話をするならば、実は武道家ちゃんの装備も意外と問題で、フルプレートを着る必要はないが、籠手と脛当は割と必須だったりする。
籠手に関しては盾と同じで選択肢が俄然多くなるし。脛あても足を怪我したら話にならないので必須である。
かつ体重の軽い彼女は特に拳は硬くて重いほうが良いし、保護しなければすぐに指か手の骨が折れる。むしろ剣だけ買って満足した剣士君のために胸甲を買ってやったのではないかと思えるほどである。
「私は身軽なほうが良いから」とか言って太平楽な剣士君にかいがいしく世話を焼く様が目に浮かんでくるのは何故だろう。
つまり両手剣など買っている場合はではなかったのだ。それでもかっこよさの呪縛から解き放たれない人はせめて戦場を選びましょう。間違ってもいきなりものすごい閉所に行ってはいけません。というか剣が買いたければネズミ退治なり下水掃除なりでお金を稼ぐべし。
実を言えば剣士君の軽装にバスタードソードというチョイスはあの徒党の人数でしかも前衛が二人とも軽装という予算状態で無ければそう悪いものでもなかったりする。
機動性も攻撃力もある程度確保でき、汎用性が高いのである程度どんな相手にも対応できる。
だからせめて村の警備だったり防衛だったりしたら大分話も変わってきたのだが、なんと選んだ場所は思いっきり機動性の減る閉所で相手はこちらより小柄で低重心つまり機動性でまけてしかも多勢に無勢。極めつけに油断しまくりとくれば、やはりダイスファンブルしてると致命的ということか。
まあ軽い盾と短めな剣のスタイルの場合同程度の汎用性でさらに防御まで確保できるので、
剣術経験の有無やセンスはある意味固定値なのかもしれない。
本当は新人冒険者がおそらくゴブリンの装備の供給源になっている話とか、ある意味ゴブリンの巣穴は通過儀礼であるとかそういう話もしたかったんですが、その辺はまたの機会ということで。解説というかほとんど感想になってしまいましたが、ご意見ご感想お待ちしております。
この原作は恐ろしくよくできておりまして、作者さんの別の作品で西洋剣術ものがあるのでかなり調べられているだけあってとても素晴らしいと思います。私は大好きです。まだ見ていない方はぜひ見てみてください