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8.ミシェラ・フランセス・シャロン









 ミシェラは、突然訪れた同居人となる四人と共に、王都の街に買い物に出ていた。何かと入用のものがあるのである。単純に食材もないし。


「ねえねえ。私、ミンスパイが食べたい。ミシェラが作ったやつ」

「あ、なら、私はスコーンが食べたいな」


 ユージェニーとエイミーが甘えるようにミシェラに言った。ユージェニーと手をつないでいるミシェラは「わかったわ」と苦笑する。頼られると、悪い気はしない。


「アフターヌーンティーでもしましょうか。私も今日は往診がないし」


 やった、と喜ぶ十代の少女二人に、ミシェラは頬を緩ませる。

「若い女の子の元気な姿はいいわよね。可愛い」

「……お前、発言がおばさんというかおっさんじみてるぞ」

 エルドレッドに突っ込まれるまでもなく、変態じみた発言だと言う自覚はある。激しく余計なお世話だ。


 ユージェニーは親の愛情を知らずに育った子だ。エイミーも、幼いうちに両親と引き離されざるを得なかった。母親にしてはまだ若いが、大人の女性であるミシェラに母親の影を求めるのは仕方のない話だろう。

 エイミーがニコールをうまく巻き込み、エルドレッドは娘たちの買い物に巻き込まれる叔父さん、くらいの立ち位置だろうか。悟りを開いたような目でミシェラたちを眺めている。それでも、帰ろうなどと言いださない辺りはさすがだ。


「ここはエルドレッドが荷物を持つべきだね」


 と、エイミーはエルドレッドにレディファーストの精神を要求したが、ミシェラは冷静に現実を突きつけた。

「いいえ。エルが持つくらいなら私が持つわ。あれにこれだけの荷物を持てるはずがないでしょう」

「……自分は持てるってか。この馬鹿力女」

「残念ながら、私は腕力で持っているわけではありません。っていうか、なんでそんなに口が悪いの、お前って」

 ミシェラも大概なのだが、文字通りいいところのお坊ちゃんであるはずのエルドレッドは、どうしてこんなに口が悪くなったのだろうか。


 王都ロンディニウムを貫くリーガン川の側を歩いていた時だ。急に人だかりが見えた。

「何だろう」

「……さすがにわからんな」

 長身のエルドレッドでも見えないほど人が集まっているらしい。人見知りのユージェニーがぴとりとミシェラにくっつく。頭を撫でてやろうかと思ったが、片手が荷物でふさがっていた。

 そのまま通り過ぎようかと思ったが、人がおぼれた、との声が聞こえてきて、ミシェラはため息をついた。ユージェニーに荷物を預ける。

「ごめんね。預かって。ちょっと行ってくる」

「うん」

 ユージェニーは素直に荷物を預かると、ミシェラを見送った。


「ちょっとすみません」


 ミシェラは野次馬をかき分け、列の前の方に出る。少し高くなっている騎士を滑り降り、ミシェラは倒れている人の側に寄った。

「離れて。私は医師よ」

「……お嬢さんが?」

 いつもの反応である。ミシェラはどう多めに見積もっても二十歳を越えているように見えないので仕方がない。

 言い合いは無益なので、ミシェラはひとまず発言者を無視しておぼれたと思われる人の側にひざまずいた。さすがに今は診療鞄を持っていない。常に持ち歩くべきだろうか。


 まずは口を開かせて気道を確保する。呼吸はないが、心臓は動いている。と言うことは、まず、水を吐き出させなければならない。

「四つん這いにさせて。早く!」

 ミシェラが鋭く言うと、水難者を囲んでいた男たちがびくっとして言われたとおりに動いた。ミシェラはその肩甲骨の間辺りをたたいた。

「よし、吐き出せ」

 もちろん、この動作だけで水を吐きだすわけがなく、魔法を使った。ミシェラの魔法力は、非常に医療に適しているのである。やがて水難者の男性はげほげほと水を吐きだした。呼吸も戻ってくる。

「大丈夫そうね。このまま病院に行った方がいいわ」

「……たんだ」

「ん?」

 仕事は終わりとばかりに立ち上がろうとしていたミシェラは草の上に膝をついた。回復した男は叫ぶ。


「川の中に、怪物がいたんだ……!」


 そいつが俺を水の中に引きずり込んだ、と男は訴える。ミシェラは顔をしかめた。

「何馬鹿なこと言ってんだよ。ほら、病院行こうぜ」

 別の男がおぼれた男を連れて行く。ミシェラは礼を言われ、大したことはしていない、と首を左右に振った。本当に、大したことはしていないのだ。

 ミシェラはリーガン川を眺めたが、すぐに視線をそらして岸を上る。気になるのであれば、もっと人が少ないときに調べに来た方がいいだろう。


「あ、ミシェラ!」


 戻ってきたミシェラに、ユージェニーが喜んで近づく。エルドレッドが「あと二分遅かったら置いて行っていた」と言う。

「置いて行ってよかったのに」

「……」

 ミシェラが答えるとエルドレッドは微妙な表情をした。本気で置いて行くつもりはなかったのだろう。

「おぼれたっていう男の人は?」

 エイミーに問われ、ミシェラは「大丈夫よ」と答える。

「そのまま病院にいったわ。私では今、診察できないからね」

 ひとまず蘇生しただけだ。あまり水を飲んでいないようでよかったが、気になるのが「怪物がいた」という発言だ。リーガン川の中に何かいる、と言うことなのだろうか。

「川に落ちたんでしょうか」

 ニコールが首をかしげている。田舎を出たことがなかった彼女は、リーガン川の水の色に驚いていた。ちなみに、これでもきれいな方である。

「みたいだね。もしかしたら、飛び込んだのかもしれないけれど」

 そこは、ミシェラたちが関与するところではない。しかし、うかない表情のニコールに、ミシェラは「どうかした?」と尋ねる。


「いえ……あの川、ちょっと違和感があって」

「違和感?」

「あの、うまくいえないんですけど。気のせいかもしれませんし」


 注目を浴びたニコールがあわてて手を振った。三十代魔術師二人は、歩みを止めると少しの間川の中を探る。

「……何かいるのか?」

「わからないわね。さっきのおぼれた男、彼も川の中に何かいた、と言っていたけれど」

 ミシェラの検索範囲にも引っかからない。

「これだけ範囲が広ければ、見つけるのは難しいな」

「上流から順に探すくらいしかできないものね。おびき出したほうが賢明だわ」

 エルドレッドもミシェラも、現状での対応をあきらめた。それに、買い物の途中であるし。


 ほかにも必要なものを買いそろえ、家に戻る。大きめの家を見上げて、ミシェラは結界を張り直す必要性があることにも気が付いた。

 ミシェラが全員分のミルクティーを入れていると、パタパタとニコールが走ってきた。ミシェラを見つけて叫ぶ。

「ミシェラさん! 荷物、片づけた覚えがないのに片付いてます!」

「ん? ああ……そうね。この家にはブラウニーがいるから」

「ブ、ブラウニー?」

 ニコールが混乱したように首をかしげる。

「あの、チョコレートのお菓子のことですか?」

「違うよ。家事妖精のこと。領地の城にいるのはシルキーだけど、この家にはいるのはブラウニーだね。まあ、そもそも似たようなものだけど」

「……」

 ニコールが困惑した表情をしたので、ミシェラは「お茶にしましょう。みんなを呼んできてくれる?」と微笑んだ。ニコールが釈然としない表情のままみんなを集めに行った。その間に、ミシェラはアフターヌーンティーの準備をする。


 スコーンやクッキー、サンドイッチ、チョコレートクラシック。ブラウニーも混ぜておけばよかっただろうか。

「それで、ブラウニーとは?」

「お菓子?」

 ニコール、まだあきらめていなかったのか。そして、先ほどのニコールと同じことを言ったのはユージェニーだ。そんな彼女はチョコレートクラシックに手を付けている。


「さっきも言ったけど、家事妖精のことよ。大体腰くらいまでの大きさで、茶色い姿をしているから『ブラウニー』。住人がいない間に家事をやってくれたりするんだけど、片付いていると散らかしたりもする。……あれ、これはシルキーだったかな」


 放している間にミシェラも混乱してきた。

「まあ、部屋を片付けてくれたりするけど、人に見られるのを嫌がるんだ。お礼は、お礼とわからないようにさりげなく置いておくのよ。あからさまにすると、ブラウニーが馬鹿にされたと怒って出て行ってしまうの」

「そ、そうなんですか……」

 スコーンを手に取ったニコールは困惑気味に言った。ミシェラは微笑む。

「心配することはないわ。あなたたちに害を与えるようなものは、入ってこられないから。私がこの家にいる限りはね」

「どういうことですか?」

「そういう力があるのよ」

 我ながら適当だなあ、と思いながらミシェラははぐらかした。やはりニコールは納得できないようだが、慣れてもらわなければならない。

「ミシェラ、このスコーンおいしい」

 エイミーが唐突に言った。そう言えば、彼女がスコーンを食べたいと言ったのだったか。

「それはよかったけど、食べ過ぎないようにね。夕食が入らなくなるわよ」

 少し呆れてミシェラは言った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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