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76.『旧き友』の終末

最終話です。










 ミシェラとリンジーは、港湾都市グランド・ノーランからジェンナの城を経由し、王都まで戻ってきた。ジェンナのところでリンジーの新しい杖を受け取り、一日休んでからミシェラの転移魔法で戻ってきたのである。

 ミシェラはそうでもないが、リンジーは杖がなければ魔術師としての力が数段劣ることになる。そういう意味で、杖と言うのは重要なのだ。


「ただいまー」


 ミシェラが帰宅を告げると、ニコールが駆け出てきた。

「お帰りなさい。思ったより早かったですね」

 何しろ、ミシェラとリンジーが出かけてから三日しかたっていない。陰謀っぽいのはあったが。

「まあ、内戦中よりはマシだったよ」

 と言うのがミシェラの感想だ。リンジーも苦笑を浮かべているので、同意見なのだろう。相手の数は多かったし、人の目も多かったが数百年生きた魔法使いを相手取るよりはマシだ。

「基準が微妙ですけど……まあ、お二人とも無事で何よりです」

 ニコッとニコールは笑った。リビングに入ると、フィオナが喜んで駆け寄ってきた。

「お帰り!」

「ただいま」

 フィオナはミシェラに駆け寄れば抱き上げてくれると思っている。九歳になり、自分でも「お姉さんよ!」などと言っているが、やはり年上ばかりで甘えてしまうのだろう。クラリッサもそうだが、フィオナもミシェラが庇護者だとわかっているのだろう。


「いい子にして待ってたよ」

「そう。偉いね」

「ミシェラ、フィーに甘すぎ」


 帰ってきて早々そんなことを言ってきたのはクラリッサだ。そんなクラリッサの頭をリンジーが撫でる。それから留守居役をねぎらった。

「エルドレッドとフレデリックも、留守を任せてしまってすまなかった。ジェインとエイミーはどうした?」

 そう言えば、あの二人の姿がない。エルドレッドが答えた。

「エイミーが熱を出したから、ジェインはそちらについている」

 相変わらず公爵令嬢らしからぬ面倒見の良さである。ミシェラはフィオナをおろし、「診てくるわ」と会談の方へ向かった。しかし、部屋を出る前にもう一度リビングに顔を出した。

「エル、フレドリック、私からも礼を言うよ。ありがと。このお礼はまた今度」

「なら、俺の結婚に文句を言う連中を黙らせてくれ」

「いや、それはあんたが悪いと思うわ」

 エルドレッドの無理な相談に、ミシェラは冷静に言った。結婚前に関係を持つ男女は多いが、妊娠させるのはアウトだと思う。


 ミシェラは二階に上がると、以前からエイミーが使っていた寝室に入った。エイミーとはユージェニーとチェスをしていた。

「……元気だね」

「あ、ミシェラお帰り」

「お帰り~」

 エイミーとユージェニーが暢気にあいさつをした。ミシェラは苦笑して「ただいま」と言い、椅子を引き寄せて二人の対局を観戦した。意外なことに、ユージェニーが勝った。

「ジェイン、才能あるね」

「王太子殿下に鍛えられてるもんね」

 エイミーがからかうように言うと、ユージェニーはもじもじと顔を赤らめた。可愛い、とミシェラとエイミーが相好を崩す。

「ミ、ミシェラも強い?」

「いや、ジムの方が強いよ」

「でもミシェラ、今生きている中では最高の軍師なんだろ」

「誰が言ったんだ、それ。戦術家であることとチェスの名人であることは別だよ。今のチェスの国際チャンピオンは音楽家だ」

 ミシェラの噂が独り歩きしている。彼女は生きながらして伝説になったのだ……とは誰が言っていたのだろうか。ぶん殴ってやりたい。

「へー。なんか意外」

「うん」

 エイミーとユージェニーが相槌を打ったところで、ミシェラは言った。


「ところで、私はエイミーが熱を出したと聞いてきたんだけどね。ちょっと診せて」

「うう……はい」

 エイミーがおとなしく診察を受ける。少し微熱があるが、妊娠初期であることを考えればこんなものだろう。

「大丈夫だとは思うけど、もうしばらく寝てな。体調がいい時を見計らってアーミテイジ公爵邸に送っていく」

「……わかった」

 もぞもぞとエイミーがベッドに横たわりシーツをかぶる。ミシェラは彼女の頭をよしよしとなでた。

「ミシェラってお母様みたいだよねぇ」

「よく言われるんだよね、何故か」

 お眠り、とエイミーの体をたたくと、彼女は目を閉じた。彼女が寝入ったのを確認してから、ユージェニーと階下に降りた。すると、人が増えていた。


「ねえ。何で増えてるの。いらっしゃいナイジェル!」


 投げやり気味に声をかけると、いつの間にか増えていた客人ナイジェルがミシェラに目を向けた。

「初めて会った時から思っていたが、お前、『旧き友ウィタ・アミカス』の割には容姿がパッとしないな」

「……ねえ、こいつ殴っていい?」

 本当に殴り掛かりそうなミシェラを、リンジーが羽交い絞めにした。なんか前にもこんなことがあった気がする。

「落ち着こうかミシェラ。ナイジェルも、女性に言う言葉じゃない」

 仲裁役リンジー。大変である。特に、ミシェラを押さえるのが。ナイジェルはそんな二人を眺めて鼻で笑った。

「女性? この野蛮な小娘が?」

「……ねえ、放して。二重の意味で殴りたい」


「ああ、もう。絶対に合わないとは思ったが、本当に相性が悪いとは……!」


 リンジーが戸惑い気味の声を上げるのも珍しい。他のメンツは離れたところから『旧き友』たちの低レベルな争いを見守っている。賢明な判断だ。巻き込まれるほど馬鹿らしいことは無い。

 ミシェラとナイジェルの気が合わないのはともかく、ナイジェルはハイアット城に居住するつもりのようで、おかげでレイラインの要点を押さえることができる。彼がいなくなる前に、城の管理をどうするか考えなければならないが。


 留守番を頼んだ人たちがいなくなると、急にさみしくなる。フィオナなどはさみしいのかリンジーに引っ付いて離れない。クラリッサはニコールと昼食の準備中。ミシェラはサイラスと診療所に出ていた。自分より背の高い弟子をじっと見つめる。

「……なんですか」

 じろじろと見られ、ついにサイラスは尋ねた。ミシェラは「ん」と声を上げる。

「いや、お前を弟子にとってからもう一年が経つんだなと思って。そろそろ独立する?」

「……僕としてはもう少し師匠マスターに教わりたいですけど」

「そうか」

 ミシェラはサイラスを追い出すようなことはしなかった。ここには人が集まってくるが、必要となれば自ら去っていく。そんな場所だ。

 いつかはみんな、ミシェラの前から去っていく。かつてエレインやリンジーが言ったように、ミシェラは『旧き友』の最後の一人かもしれない。


『そうか……逝ったか』


 エレインの訃報を聞き、ナイジェルはさすがに寂しそうにそうつぶやいた。

『少しずつ、だが、確実にいなくなっていくな……』

 同類が、と言うことか。確かに、昔はもっと多かったと聞く。


 ミシェラが最後の一人だとしたら、彼女は全員を見送らなければならなくなる。それはさみしい。ため息をつく師を、サイラスが首をかしげて眺めていた。

 カラン、と診療所に患者が入ってきた。ここ一年ですっかり慣れたサイラスが「こんにちは」と声をかけ

る。


 かつて、ミシェラは言った。殺すよりも助ける方が素敵だと思った、と。だからミシェラは、たとえ時代に置いて行かれるとわかっていても、今日もその手を差し伸べる。








――――――――









 ヴヴッ、とポケットの中の携帯端末が着信を知らせた。琥珀色の髪に眼鏡をかけた二十歳そこそこに見える女性は端末を取り出して届いたメールを眺める。その口元が弧を描いた。

「あの子も厄介ごとに首を突っ込むね……」

 助けを求める文章に、彼女は苦笑する。いったい誰に似たのだろうか。やっぱり自分だろうか。彼女は端末をポケットに戻すと、歩き出す。雑踏の中に消えるように見せて……本当に姿をくらました。


 科学が魔法に取って代わる時代になっても、彼女はまだ生きていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

『旧き友』の終末、完結です。

相変わらず設定が甘いわ回収し損ねたフラグがあるわ、と言った感じですが、完結とします。

ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました!


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