72.汽車
一つ問題が片付き、情報を入手したミシェラとリンジーの行動は迅速だった。
現在、所在の割れている『旧き友』は三人。『創造者』ジェンナ、『風使い』アーリン、そして眠ったままの『悪夢』ナイジェルである。ミシェラならナイジェルを狙う。
「ナイジェルはハイアット城で眠っているはずだが……」
「私も移送しようか迷ったんだけど……そこまでするほどじゃないかと思って」
甘かった。アーリンかジェンナの城に移しておくべきだった。一番ハイアット城に近いのはアーリンか。
「今、アーリンにハイアット城へ向かってもらっている。何事もなければいいが……」
リンジーが顔をしかめる。しばらくして、彼の魔法通信機にアーリンから通信が入った。
「やられた。すでにナイジェルが連れ去られたあとだった」
「……彼、自分が攫われても起きないんだ」
ミシェラは少し呆れた。棺の中で眠っている整った顔を思いだし、顔をしかめる。リンジーも苦笑した。
「まあ、ルーシで目覚めればそこで大暴れしてくれそうな気もするが、どうする。アーリンによると、ここより北部の港へ向かっているらしいが」
ルーシ帝国へ行くのなら、むしろ順当だ。キャラックから大陸に出て、ルーシ帝国へ行こうと思うと、敵国ペルシス帝国を通過することになる。
「一定の速度で向かっているそうだから馬車か汽車だろうな」
リンジーが言った。ミシェラは頬を引きつらせる。
「なら汽車だろうね。馬車で一定の速度を保つのは難しいものだ。自動車の可能性もあるけど、どちらにしても、私は避けるね」
「ちなみに、何故?」
「そちらの方が捕まる可能性が高いからだよ。馬車でも自動車でも、単独で動くことになるだろ。こっそり棺を積み込んでたら目立つ。それより、多少人の目があっても荷物として汽車に積み込んだ方がいい。追手が来た時も乗客を人質にとれる」
「確かに、馬車や自動車でこそこそしていたら『怪しい』となるな。汽車でもそれは同じだが……」
追手……この場合はミシェラとリンジーになりそうだが、二人が来たら乗客を盾にすることができる。これもリンジーは納得したようだ。
「……仕方がない。仲間を助けに行くか」
「仲間も何も、私、顔も見たことないんだけど」
リンジーが結論を出したが、ミシェラが顔をしかめる。まあ、明らかに怪しい棺があればそれがナイジェルだろうとは思うが、ミシェラは彼に会ったことどころか顔すら見たことがない。半世紀以上、彼が眠ったままだからだ。
「……まあいいか。どの汽車に乗ってるんだろう」
『旧き友』同士は見ると何となくわかるというし、たぶん大丈夫だろう。それよりも今汽車はどのあたりを走っているのだろうか。ミシェラは書店で時刻表を買ってきた。王都ロンディニウムから北部の港湾都市グランド・ノーランへ向かう路線は限られている。時刻表をたどり、アーリンにナイジェルの現在地を確認してもらう。残念ながら、リンジーも索敵系の魔法はあまり得意ではないらしい。大丈夫だろうか、このコンビ。
「この鉄道なら、もうすぐバージェス・レイク駅に到着するね。今からチケットは手に入ると思う?」
「……とりあえず行ってみる?」
と言うわけで、バージェス・レイク駅に行ってみることにした。もちろん、ミシェラの転移魔法である。普段から多用している彼女だが、できれば今日はこれ以上使いたくない。
「ねえ。私もう転移魔法使わないからね」
「わかった。お前が導いてくれるのなら、私がやろう」
「それは怖いから嫌」
そんな会話をしながら、湖の側にあるバージェス・レイク駅で二人分のグランド・ノーラン駅までのチケットを買う。一等客室しか空いていなかったので少し高くついたが、後で国王に請求しよう。
旅行者らしく旅行かばんなどを持っていて、一見新婚旅行にも見えるだろう。どうしても、ミシェラが二十歳を越えて見えないことがネックになるが。
しばらく待つと、汽車が入ってきた。リンジーが目を細める。ミシェラは彼に囁いた。
「居そう?」
「……うん。それっぽい気配はする気がするが……」
頼りなかった。まあ、自分の目で探したほうが確かか。
見つからなかったらリチャードに出国する船を止めてもらおう。もし密貿易船に乗っていたら止めようがないけど。
賭けだ。この汽車に乗っていれば、まだ取り返す機会がある。もし乗っていなければ……その時はあきらめるしかないだろうか。リンジーが言うところの『ナイジェルの大暴れ』に期待しよう。
チケットを見せて汽車に乗り込む。客室に入り、荷物を置くと一度作戦会議のためにベッドにもなるソファに座った。動き出した車内でもう一度気配を探る。今度はミシェラも参加したが。
「……いる?」
「……おそらく。一番魔力が強いのは、最後尾から三つ目の貨物車だ」
ミシェラにはわからなかったが、リンジーは何となく感じ取られたらしい。ただの魔法道具を運んでいる可能性もあるが、この汽車内で飛びぬけた魔力を持つのがミシェラとリンジーだ。そして、それ以外ならナイジェルだろう。たぶん。
ひとまず行ってみることにした。本当に新婚よろしく手をつないだりなんかして、他の乗客にも、途中乗車してきた若い見た目の男女は新婚旅行中の夫婦にしか見えなかっただろう。
汽車の後部に向かって歩いて行く。行軍で何度か汽車に乗ったが、その時よりも揺れが少ない気がする。技術の進歩だろうか。
当然だが、貨物車には鍵がかかっていた。顔を見合わせたところで、車掌に声をかけられた。
「お客様。その先は貨物車となっております。展望車をご利用でしたら、ひとつ前の車両に戻っていただき、一度外に出ていただく必要がありますが……」
「ああ、そうだったんですね、すみません」
リンジーがとっさに言った。ミシェラは彼にしがみつくように腕に抱き着いた。あざとい気もしたが、十代後半に見えるのならこんなものだろう。たぶん。実はユージェニーを参考にしている。
声をかけられてしまったので、展望車に向かった。ソファに座って作戦会議である。
「さっきから作戦会議しかしてない気がする」
「そうかもしれないが……どうする。中を改めたいが……」
鍵を開けることは、たぶんできる。車掌やほかの客に見とがめられなければ、だが。
「外から入る? たぶん私、できるよ」
ミシェラの身体能力なら、おそらく造作もなくできるだろう。
「最終手段だな。どちらにせよ、一度食事をしに行こう」
汽車に乗ったのは夕刻。展望車に来たときは夕日がきれいだったが、すでに太陽は沈みかけている。確かにおなかがすいてくる時間ではあった。
ひとまずナイジェルのことは忘れて、せいぜい無邪気に見えるようにミシェラは言った。
「私、汽車で食事なんて初めて」
「今度客船にでも乗ってみる?」
ちなみにミシェラは船にもほとんど乗ったことがない。王女であったころも、彼女はお留守番が多く、軍艦にも乗ったことがない。
興味をひかれたミシェラに、リンジーは苦笑気味だ。微笑ましく見えるだろうが、中身は三十三歳のおばさんであるので、リンジーの苦笑も尤もだ。
せいぜい新婚夫婦のふりをした二人はそのまま客室で眠りについたが、起きた時にはひと騒動起こっていた。特等客室を使っていたお金持ち夫婦の持ち物が盗難にあったのである。
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